第四十五話 ふっかけられた喧嘩②

顔面をひしゃげながら地面をバウンドしていく姿は何ともコメディーだ。骨と地面が当たって鳴る痛々しい音がなければの話だが。


騒がしかった外野がしんと静まる。


誰もがこの出来事を読み込めていないようで、少し待っても遅れて煩くなる、なんてことにはならなかった。


当の本人もその様で、若干の血が出てるから相当痛いはずなのだが、呻くことなくただ呆然と俺を見るだけ。茫然自失ってやつかな?


「ふぅ」


深呼吸をする。


身体の表面がとても寒く感じる。体内は熱く、吸って吐く動作だけで冷気によって自分の肺の場所を感じる。だが心臓は驚くほど静かに脈を打つ。体力が全くない俺がこれだけ動いて脈が速くなってないってことはあれになれたってこと。


ゴブリンとの戦いで感じた全能感。この感覚の違和感。必死過ぎて分からなかったが、ようやくこれが俺の使える魔法だってことに気付いた。思いついちゃったし、地球あっちじゃ恥ずかしくて言えないがここなら厨二それが当たり前なので、こっそり考えていたこの魔法の名前を呼んでみる。


「“ブースト”。」



一匹が無言で立ち上がった。顔は変わらず呆然としたままだったが、その呟きには力が籠もっていた。


..........!」



魔法が使えない雑魚、自分より弱い人間族かくした。そう罵って愉悦を感じていたであろう豪災は地べたに顔をつけさせられたという事実を受け入れない。


ほら、全身が真っ赤になってやがる。純白の体毛が台無しだな。


立ち上がり、溢れんばかりの怒りで体を震わせる豪災はけたたましく吠えた。


豪雷の鉄槌ライトニング・ボルト豪雷の鉄槌ライトニング・ボルト豪雷の鉄槌ライトニング・ボルトォォォォ!」


怒りに身を任せて魔法を放ってくる豪災。次から次へと雷を装填しては放ち、装填しては放ちを繰り返している。空中、地面の二方向から拡散された雷がやって来る。さながら地獄絵図といったところか。


だが、相当怒っているのか知らないが魔法があらぬ方向へと向かっている。右に左に、時には真上に雷が拡散していく。そして、次第に雷の範囲が狭まっていき、距離減衰も目に見えて酷くなっていく。


隙間が大きすぎる攻撃など、未だに逃げ回っている俺にとっては脅威にならない。雷の拡散範囲を見て、そこに向かって逃げる。それだけで避けられるのだ。


それが尚のこと気に食わなかったのか、更に大声で魔法を放つ豪災。もう何を言ってるのか分からない程言葉にならない詠唱を叫び続けているが、魔法の勢いはどんどん弱くなっていく。最初はバリバリと激しかった雷も、今では静電気並みの小さな音になっていき、遂には魔法そのものが発動しなくなっていた。


「はっ、はっ、どうしてだよぉ.....」


叫び続けて枯れた喉からか細くそんな言葉が放たれる。戦闘において感情のまま動くなんてのはご法度だろうに。


「どうしてもこうしてもないだろ。」


最初の威勢の強かった姿からの変わりように、豪災へ冷ややかな目を向けながら俺は答える。


「お前が身の丈に合わねぇ魔法をバンバン使ったからだよ。」


豪災は、立ち上がる体力が無いのか顔を下に向けながら固まる。その体は心なしか震えていた。


審判へ目を向ける。


ビクゥッ、と一瞬だけ震えて、目を逸らした。豪災派の狼だから気まずいのだろう。いや、ダメだろ目を逸らしたら。審判なんだから、私情を持ち込むな。


「審判、判決を―」

「認めるわけねぇだろぉぉぉぉ!」


すぐ後ろから怒号が放たれる。


背中にゾワリとした嫌な感覚を覚える。不味い、すぐ飛び退かねぇと何かをくらう.......!


「“常闇の砲弾ダーク・ボール”!」


「ぐっ!?」


反射で迫ってきた黒いモヤモヤとした球を拳で弾いた。


球はどこかに飛んでいき、重力に従って落ちる。すると、黒い球は不可解な音を立てながら地面へと沈んでいき、消えた。遠いから若干見えないが、その部分の地面だけなくなっているように見える。いや、溶けたのか?


「あ、あれはっ!?」


「.............」


誰かが驚愕していた。審判ではないことは確かだが、そんなことはどうでもいい。今問題なのはアイツがまだ攻撃手段をまだ持っていることだ。今はまだ断定できないが、黒い弾あれに当たると不味そうだ。


そして、この一瞬のうちに体制を立て直した豪災は俺から瞬時に距離を取り、怒りの形相でこちらを睨みつけてくる。弱々しかったさっきまでの雰囲気がまるでなかったようにふるまう。


「許さねぇぞぉ!くそ野郎ぉぉぉ!」


いや、お前にくそ野郎なんていわれる筋合いなんて無いんだが?


「喰らいやがれ!常闇の砲弾ダーク・ボールッ!」


さっきの明らかに当たったらまずい攻撃が豪災のもとから放たれる。大きさはそれほど大きくなく、軌道を見たら避けることはたやすいだろう。あくまでの話だ。


「うおおおおおお!それは反則だろっ!」


弾速が早すぎるんだよ!野球のバッターの気分だ。しかも相手はデッドボールで退場させる気満々だ。質が悪いったらありゃしない。もっと真心持って投げようぜ?


ガンダで弾を避けるが、ダメだ。避けれるほど遅くない!足りない脳みそをフル回転させ最速でハリウッドダイブを決める。高等部すれすれに嫌な音が一瞬聞こえたので顔を上げてみれば、見た方向の先で重々音をなアしながら解けていく地面が。


あっぶねぇぇぇぇ!


「おい、豪災!これは試験だぞ!相手を殺す気か!?」


「うるせぇ!外野は黙ってろ!」


どこからか慌てたような声がしたが豪災は見事にその発言を無視して弾を放つ。ダメだ、今の豪災は外野の中止の声だけじゃ止まらねぇ。もう一発打撃を叩き込めればいいが、


「“常闇の砲弾ダーク・ボール”!“常闇の砲弾ダーク・ボール”!」


黒い弾がそれを許さない。間髪入れず、毎回避けられるか怪しいほどの速度で放たれる魔法をバンバン打ってくるもんだから近寄る隙がない。魔法で強化してるとはいえ動体視力のほうは一般人のまま。あの時のようなスローな世界にはならない。これは誤算だった。だからこそ今は結構マズい状況なのだが、一向に好転する気配はない。


「“常闇の砲弾ダーク・ボール”......“轟雷の鉄槌ライトニング・ボルト”!」


まっじか、お前!


「それはマズいだろ!グッ」


もう一度ハリウッドダイブをして弾は避けることができたが、雷魔法を使ってくる可能性を完全に省いていた。予想外の一撃など戦闘初心者の俺が避けられるはずもなく、だが、全身に送った避けるという電気信号がクリティカルヒット致命を避けた。しかし、


「くぅっ」


喰らった右腕から感じる火傷に近いヒリヒリとした痛みが思考を邪魔する。戦闘中の集中力が痛みによって割かれる。目から涙が出て視界も悪くなる。右腕を見れば爛れるまでには至っていないが、真っ赤になっていた。


「迅!」


藍華さんの叫び声が聞こえた。心配させてすみません。でも、まだやれます。


右手に感じる痛みと違和感は多分取れそうにない。握ろうとしては見ているが指がうまいこと動かず握れない。痛い。


「“轟雷の鉄槌ライトニング・ボルト”!“常闇の砲弾ダーク・ボール”!」


害悪コンボは依然健全で、近距離遠距離どちらも隙のない攻撃が俺を近づけさせない。このままじゃジリ貧だ。かといって短期決戦に持ち込めるとも思えないし.......ん?


迫りくる弾の数は一つ。拡散する雷。だが、おかしい。最初の時、豪災のライトニング・ボルトは三方向から放たれていた。途中あいつが荒れていた時も明後日の方向に飛んでいたが、どれも各々別方向に飛んで、でも、今は範囲が狭くて.....そうか。


そうか!


「そうか、そうだったのか!はっはっは!」


はっはっはっ!笑えてくるぜ。確かにそうだったら納得できる!そうだったら今のこの状況にも説明がついちまう。


「はっ、とうとう頭がおかしくなったのか?どうだ?今なら出ていくだけで許してやるぜ?俺は優しいからなぁ?」


粘ついたいかにも悪役らしい笑みを浮かべる豪災だが、今はどうとも思わない。よくもそんなんで威張れるな。


「優しいだぁ?降参しろだぁ?笑わせてくれるなよ。」


「あ?」


「お前は本当にそんなに威張れるのかって話だよ。」


「は?今この状況を理解してねぇのかよ。どう考えても不利なのはお前だろ?片腕使えねぇじゃねぇかよ。虚勢はってんじゃねぇよ!」


「確かにこの状況は不利だ。それは俺でも分かる。」


「だろ?なら―」

「だが!それはお前の企みがばれなければの話だ。」


「!?」


明らかに雰囲気が変わった。先ほどまでの笑顔が抜け落ち、中途半端な表情になった。俺の先ほどの発言に優越感を覚えた笑みと、心のどこかでこの発言に引っかかる部分を感じて本人も気づかないような不安からくる驚きと、多分半々だな。


いやはや、ただ読むってだけじゃ本当にダメだな。ちゃんと理解しながら授業を受けないと、今の俺みたいになっちまう。まぁ、お相手も同じタイプだったからこそ、あんな間抜けなことをしたんだろうが。


「.......なんの話だよ。お前、本当に頭がおかしくなったのか?」


「いや?俺の頭はいたって正常だぜ?なんなら、いつもよりも冴えわたっている。だからこそあの違和感に着目できたんだ。」


「違和感?」


「ああ。違和感だよ。お前はそこまで考えが至らなかったのか?それだけはやってはいけないことがあることに。」


「?何のことだよ?」


本人は本当に気づいていないようだ。ここまでくると可哀そうに思えてくるな。


なら、そろそろ気づかせてあげよう。


「なぁ、お前。」


「さっきから、何なんだよ?」




「お前、ズルしてるな?」



豪災の笑みが、完全に消えた。

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