第二十九話 教室

藍華に無理してないかとしつこく問われ続けて幾星霜、ようやく不安なことがなくなったのか安心した表情になっていた。水仙さんに連れていかれた時のことを今も引きずっているのだろう。


ダイジョウブ、俺も違う意味で目をつけられたから、死なばもろともだ。


「.....ここまで聞けば心配はいらないだろう。それではこれから講習を始めるから、私の担当する教室に来てもらう。ついてきてくれ。」


「担当する.....教室ですか。」


「そういえば、俺は何も聞かされてないんですガ、俺は一体何をするんですカ?」


「藍華には数か月間、講師として私の補佐についてもらう。...........とは言うが、本当の目的はお前の再教育だ。主に計算や地学についての、な。」


「え?マジですカ?えぇ、俺また習うんですカ?意味ないと思うんですケド。計算なんて、現役だった頃も意味が分からなくて、隊長もあきらめてたじゃないですカ。」


「そうだな。だが、やはりある程度は計算ができなければならない。それに、今回は魔法についての講習で講師が不足していたからな、魔法と戦闘センスにおいて頭一つ抜けているお前を補佐にすれば、再講習のいい機会になると考えたのだ。」


「ウゲェ。マジですカ。」


「冗談で言うと思うか?お前もあきらめてもう一度講習を受けろ。」


「うぅ」


そんな会話を横で聞きながら木造の廊下をまっすぐ進む。

外見からはそんな感じはしなかったけど、あの道場と同じで本当に地球の学校こちらのせかいのものに内装がよく似てる。

温かみがあって落ち着くまさに木を基調とした造りだ。......学校はそこまで好きじゃなかったけどな。


「もう少しだ。」


「もう少しって事はまだあるんですか?結構長い距離ですね。」


「1部屋の大きさがかなり広いからな。」


「てか聞くんすけド、俺本当に習うんすカ?」


「勿論、君には講習生として講習を受けてもらう。だが魔法に関する授業の際、特に実技の方で補佐をしてもらおうと思っている。」


「別に俺は戦うための要員なんで知識なんざぁいらないでショウ?」


「戦況をひっくり返すために一瞬で戦略を練り直す時に役に立つ。」


「そんなの直感デ..........」


「戦闘部隊の臨時試験で落ちるぞ?」


「ウグッ........そ、そんなのは、その前の日に全力で覚えればいいだけですシ。」


「はぁ.....1×0は?」


「そんなん誰でもわかりますよ.......」


「ああ、俺でも分かるゼ!......答えは10ダ!」


うっそだろお前!?

「何でだよ!」


「エ?違うのカ?」


「違うよ、大間違いだよ!....どこから発展したら1×0が10になるんだよ。」


「じゃあ、君は分かるのカ?」


「.......答えは0だ。」


「迅君、正解だ。」


「エェ!?何でそんなんになるんダ?1があるじゃねぇカ!」


「あ?.......あぁぁ、なるほどね。」


こやつ1×0をただ1と0をくっつける式だと勘違いしてるな?


「......藍華。この式を分解してわかりやすく考えよう。」


「ア?どう言う事ダ?」


「まず1×0の『1』。これは指定する数と考えてくれ。まぁ、イメージは棒一本ってところだな。」


「ハン?」


「取り敢えず棒が一本だと思えばいい。次に『0』。これは指定した数字がどれだけあるかを表してる。つまり、棒の数を表しているんだ。」


「ふむふむ?」


「ここまでくれば簡単だ。1本の棒が0本ある。さて、棒は何本ある?」


「.......0本じゃねぇのカ?」


「そう、0本だ。そもそも俺がゼロ本って言ってるしな。今藍華は1×0の答えを導き出した。まさにこれが掛け算ってやつだな。要は指定した数をどれだけ足していくかっていう事なんだけど、まぁいいや。俺は説明するのうまくないし.......じゃあ、数を変えてみよう。指定する数を2、存在する数を4とする。まず2は何個存在する?」


「4個ダ。」


「じゃあ今1は何個だ?」


「ハ?1なんて無いじゃねぇカ。」


「はぁ、2は1が2つ固まっているんだよ。さっきみたいにたとえるなら棒が2本まとめてあると思えばいい。」


「エエト?うーん.....2は1が2本だから、それが4本...だから、1、2..3、4.........7、8本、あ、8本あル!」


「じゃあ、2×4は?」


「えっと、8........8ダ!」


「正解だ。これを繰り返すだけ。クソめんどくさいけど、これを覚えてれば取り敢えずは大丈夫だ。」


「あ、アリガトォォ!何かいける気がすル!」


「まぁ、本当はこれ9段までを暗記するのが常識なんだがな。」


「.............................!?」


おい、そんな絶望した顔すんなよ。九九覚えるのは当たり前だぞ?どうやって10以降の段の計算をするんだ?


「あと、二桁の数字は同じ数をかけたら何になるかも覚えないとな。」

「................」


多分すぐにさっきの説明忘れるだろうし、鎌風さん、これ相当根気がいりますよ。将来が心配だ。

 

「分かってくれるか?」


「これは苦戦しそうですね。時間外の講習も視野に入れたほうがいいのでは?」


「この様子だとそれも考慮した方がよさそうだ。」


「つ、着いたゼ?二人とも。」


藍華が教室に着いたことを知らせる。あからさまだな.......話題そらしても無駄だと思うが。


「少しだけ待っていてくれ。呼んだら入ってきてほしい。」


「分かりました。」


そう言って、鎌風さんと藍華が教室に入って行った。


中で何か話している。


扉越しなので何を言ってるかは分からない。

..........教室って事は他にも生徒(狼)が少なくとも五人以上はいるよね?


どうしようここに来て人見知りがまた.........ええい!大丈夫だ。この年齢まで引っ越し転校を何回経験したと思っている!三回だぞ、三回!そんな俺に挨拶なんざでビクビクする必要はなぁぁい!


「それでは、入って来てくれ。」


よ、よし。呼ばれたな。息吸ってぇぇぇぇぇぇぇ........いざ!


「失礼し.......ってあれ?」


横にスライドさせても教室の扉は開かなかった。


「何をしているのだ?」


「...............なんか分かんねぇガ、まぁ押してみろヨ。」


「あっ、これ押すタイプか。」


引き戸だと思ってた。ここに来て日本人の癖が.........そして俺は、あたふたしながらも教室の扉を押した。


途端、むせ返るような匂いに顔を歪めてしまう。まぁ、言わば獸臭が酷いのだ。


ペットを飼っていなかったし、他の動物と一緒に暮らす習慣がなかったから、仕方ないだろ。そもそも、人間より嗅覚の優れた奴らが平気でいられる方がおかしいだろ。


............あぁ、自然のなかで生きてたらこういう匂いに慣れるから可笑しくはないのか。


いやでも、うーん、窓くらい着けた方がいいんじゃないか?衛生面で良くないと思います、昨今のこちら側日本では色々とあったし、流石の俺でも気にしたし。うーん、こっちでもマスクぐらいは着けたいよなぁ。


「?止まらず入ってくるがいい。」



幸いにも俺が顔をしかめたところは見えてなかったようで疑問に思われることはなかったようだが、途中で止まるのは流石に不自然だったか。


「いや、ちょっと、人(?)数が思ったより多くて」


言い訳としては苦しいだろうが、本当に人数が多いのである。と言うのも、この部屋がまずでかすぎる。いや、奥行きがありすぎて本当に鎌風さんのこと見えるの?と疑問に思ってしまうくらいにはある。大学?に近いのかな?知らんけど。


まぁ、大きさはいいんだ。問題は数だよ数。長机のようなもの一つに対して狼が四匹程。擬音でいうみっちみちな状態なのだ。そりゃ、獸臭すごいわけだよ。


んで、当時の紹介よろしくこっちをガン見してくる狼達。やめろよ、羞恥心で死ぬだろ?


「今日から共にこの講習を受けることになる時亜 迅君と藍華だ。迅君に関しては紹介しなくてもいいだろう。藍華は、まぁ、知っている者が多いだろうが、私の隊の者だ。迅君は魔法に関して、藍華は魔法以外のことに関しての講習を受ける予定だ。また、魔法の講習の際は藍華は補佐として参加する予定だ。多くのことを学ぶように。」


そんで、なんかこっちをチラッと見る鎌風さん。目配せってヤツだろうな。この場合はよろしくぐらい言えってことだろう。


「時亜 迅です。よろしくお願いします。」


「オウオウ、俺は藍華ダ。テメぇ達、実戦の講習の時はミッチリと体に戦闘の基礎を叩き込んでやるからナ。覚悟しとけ─「ならばお前には数式や地形、歴史をしっかりとその頭に叩き込まなければな。」じょ、冗談ですヨ隊長。場をなごませる冗談ってやつじゃないですカ!」


「いや、冗談であろうがなかろうがやることは変わらないぞ。」


「そ、そんナァ..........」


...............くすくす.....................ふふっ


俺たち三人の声以外の声が聞こえる。さっきの会話で場の雰囲気が和んだようだ。藍華さんはダメージを負ったが、ナイスプレー。


「それでは、すぐに講習に入ろうと思う。二人は空いてるところに座ってくれ。」


「分かりました。」


鎌風さんの指示によりようやくせきに着ける。視線が集まるの本当に苦手なんだよ。口の中がパサパサになるし、変に体が熱くなるし。極度のストレスに弱いから助かった。


そんなことを思いつつ空いてる席へと歩を進める。てか、近寄ると本当にミチミチだな!?マンガみたいな文字が見えそうなぐらいミチミチだぞ。わぁ、毛玉パラダイスだ。


「............ ぜ」


「........っすね」


「クックッ」


そんな中、周りとは明らかに違う話が聞こえた。中身は殆んど聞こえなかったが、あぁいうのは十中八九、


「はぁ、この年になってもか」


こういう類いの声は妙に耳に入るものだ。見知った人間との会話に夢中になっている周りには聞こえないかもしれないが、慣れてない人間が聞くと結構ハッキリと聞こえがちである。


ちらっとそちらに目を向けると、向こう側も此方を見ていたのか目があってひそひそと話すような素振りをやめた。


そこまでは良かったのだが、そいつ等の内の一人が睨み返す、とまでは言わないが、不機嫌そうに見返してきたのだ。


コイツ、相当なやり手だな。こちらが感付いた瞬間に会話を止めるっていうのに慣れてやがる。


こういうのに目をつけられると本当に厄介なんだけど、まぁそうなるよなぁ。


諦めるしかない。こっちに明らかに非はないが、ああいうのに目をつけられたらもう素直に向き合っていくしかないのだ。


あぁあ、ハズレ引いちまったな。


「ン?どうしタ?」


視線を前に戻してまた歩き出す。別に止まっていたわけではなく、ほんの一瞬しか見なかったのだが、藍華さんは何かを感じたようだ。流石は戦士ってところか?それとも野生のカンってやつか。


「いえ、なんでもないです。」


「そうカ。」


そんなややぎこちない会話を終えて、俺達は席に着いた。さてと。





「それでは、講習を始めるぞ。」




////////////


ドアノブ回して押したり引いたりして開けるタイプの扉って、開き戸って言うらしい。.........マジ知らんかった。

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