第二十五話 村の長
「っはぁ!?ッゲッホゲッホ、オェ」
心臓がバクバクと五月蝿い。
普通に呼吸をするも心臓のリズムがアホ程崩れているために正常な呼吸のリズムに戻らない。
ブワッと、寝汗とは別の不快感のある汗が滝のように流れる。
これあれだ、喉に何か詰まったときと同じ感じだ。非常に不味い、下手すりゃ死ぬ。
こういう時は、無理くり息を吸うのではなく逆に落ち着いて息を吐くのだ。吸うのがきつくても吐くことならできるし、人の身体は吐けば自然と息を吸う仕組みになっている。
小4にジャングルジムで足滑らせて胸に衝撃が行って吸えなくなったときに言われた対処法である。まじで効果あるから試した方がいい。
「っふぅ、はぁっ、ふぅ、はぁー、ふぅ」
漸く普通を思い出した心臓がさっきの異常な心拍の分も合わせて俺に必要な大量の酸素を全身に運んでいく。
ぼやけて輪郭のはっきりしなかった視界が世界をしっかりと捉え始める。焦点が合い始め漸く俺が何処にいるかを思い出した。
牙狼の森、村
鎌風と名乗った狼との邂逅
謎めいた突如として発言した力
あとは、何だっけ?
うーん、まぁ、気にしなくていいか。
妙に残る後頭部の痛みは、無理やり無視した。気にしても痛いだけだしな。
それより鎌風さんは何処だ?ってか今何時だ?
寝ぼけた頭でも習慣となっていた事は覚えているもので、俺は布団......かってぇなぁ!....の上をまるでゾンビが如く這いずり、虚空に向かって手を伸ばしながらボタンを押す動きをする。
これは、あれだ、途中起きたときにスマホ起動してスタート画面で時間を確認する動作だ。すっかり身に染みてしまっている。
だが俺が飛ばされたときにスマホ何か持っているはずもなく、俺の指は当たり前だがスカっている。
「ん、んぁ?」
どうしよう、時間わかんねぇ。まー、しゃぁないわ、外出るかぁ?
そうして立ち上が─
「イヅゥ!?」
踏ん張りを入れて立ち上がろうとする前段階、体を起こす動作で全身、特に腹部に強烈な痛みが走った。
これ知ってる、筋肉痛だ。いや、なんでぇ!?これでも俺、動いてた方だよ?何でこんなに痛むのさぁ!?
「............ 」
自分でも分かるほど酷いしかめっ面で延々と下らないことを考える。
あれか?ゴブリン(仮)とやりあってた時そんなに走ってたのか?..........まぁ、それなら何となくは分かるか。死にそうだったもんなまじで。
「............ 」
片手に意識を向けて使うと立方体の何かが蒼い光を放ちながらゆっくりと構築されていく。
よかった、使えるんだな...........?
何で俺、これ発動したんだ?
..........あー、よくある気の迷いね、オーケー。
とりまこの痛みで軋む体を起こし─
「いづっ!」
お、起こし─
「っつぅ!」
............諦めていいっすか?
お、オレノカラダハボドボドダァッ!
割とマジな方で。
いやー、筋肉痛で起き上がれない事態は初めてだな。いーっぽも動く気がしねぇ。誰か~、頼む俺を起こしてくれ。
「............むむっ」
こういう時は勢いつけてドーン!
「いってぇ!!」
ふぅー、涙目になるぜおい。
だが何とか起き上がることに成功後は頑張って歩くだけだぁ!
「ふぅーー。」
くっ、身体が、思うようにっ、動かん。
都合よく棒切れが落ちていればよかったが、松葉杖代わりになってくれるようなものはなかっ─あ、
「何のための能力よ、これ。」
思い出したが吉。
即座に蒼い光をバチバチさせて木の棒を作り出し、それを支えに進んでいく。
あ、アフターケアーが欲しいぜぇ。誰か、この若人めにご助力をぉぉ。
そんないつものおふざけ思考が出来るぐらいには酷い状況では無いようなので取り敢えず一安心、なんだよ........なはずなんだよ。
うーん
「み、道案内プリーズ!」
「ん?誰か呼んだか?」
わお、渡りに船ぇ!独り言が功を奏すことがあるんだなぁ!
返ってきた言葉が放たれた方向へと体を持っていきながら更に返事をする。
「は、はい、どなたか知りませんが僕に助太刀を─」
「─おい、まさかお前人間か?」
「え?あ、え?」
まぁ、いるのは狼だってのは知ってた。
だが、なんか、こっちを見る目が、何と言うか、奇妙な物を見てるようか感じで少し不愉快なんだが。
そっちからしたらおかしな存在かも知れないが、此方からすればアンタらの存在の方が可笑しいからな?
「鎌風隊長が言ってた奴かな?」
「か、鎌風さん、ですか?え、た、隊長?」
「あぁ、その鎌風だよ。その反応からするに話はしたようだな。んでぇ、そのボロボロの体でどうするつもりだ?」
「え?あの、起きたから外出ただけですけどぉ、何か?」
「いや、普通ケガしたら絶対安静だろうが。...........いや、人間はこういう奴らなのか?」
ぶつくさぶつくさ何を独り言言ってるんだ?この狼さんは。
「あのぉ」
「お、おう。道案内だったか。いいぜ、請け負おう。んで、何処に行きたいんだ?」
「............あ」
そう言われて来る言いたくないところの膨張感。こ、これはっ!?
「...........トイレ行きたいっす。」
「早よ言えまボケェ!!」
なんとか間に合いました。
~映像は流石に描写できません~
ふぅー、危なかったぁー。
「よう、出たか?」
「まぁ、お陰さまで。ただ、すげ......凄く違和感を感じるというか、申し訳ないと言うか。普段野外でこんなことしなくて。て言うか、こんなことして、環境汚染にならないんですか?」
「そんなちっぽけな量で森が汚染されてたまるか。......あぁ、人間は決まった場所で用を足すんだったな。成る程、ただの見られるのが恥ずかしいだのではなく、自然を汚さないようにする配慮でもあったってことか。」
あのぉ、多分違います。前者オンリーだと思います。
「ま、まぁそんなとこですね。」
「んなもん気にするこたぁねぇよ。自然に生きる犬猫や魔物達の糞やら尿やらが自然を育てる肥料になるんだ。知能が妙に発達してる奴らが異常に気にしてるだけだ。逆にその変な意識のせいで、肥料を減らしてる場合もある。原っぱに用を足すことを迷惑だなんざ思う必要はない。」
博識だなぁ。向こうでも同じ考え方だが、此方では違うのだろうか?糞尿をどう処理しているか気になるところではあるが。
「んで、元の場所に戻るか?」
「え?あー」
この狼さんに言われて思い出す。特に目的など存在しないが外に出たくて体引きずってまで出てきた。周りからしたら何か用があると思われてもおかしくはない。
んー、用を足したかっただけと言っても理由にはなるだろうが、どうしたものか。
「んー、じゃあ、戻りま─」
「─そういや、俺はお前に用があってあそこに行ったんだった。」
「え?よ、用」
「おぉ。族長からお前に、広場に来るようって言う言伝を預かってきたんだが、このまま連れていけばいいか。」
何か勝手に決まっていくが、俺は何処かに連れていかれるようだ。
「よし、行くぞ。体支えてやるから。」
「あ、ありがとうございます。え、えーと。」
「?あ、そういや名乗ってねぇな。俺は
「あ、はい。よろしくお願いします。時亜 迅です。」
そんなこんなで連れていかれることになったが、あの、どうして服を噛むんですか?引きちぎれますよ?あぁ、生暖かい風を背中に感じるし“く”の字に体が曲がってクソ痛いし、体ヤバいこと知ってるならその大きな背中に乗っけてくれてもいいんじゃないとすかね?イテテテテテテテテテ!!!
そんなこんなで、先程の倍の距離を歩かされ死にかけになったがなんとか到着。
したものの、
「ナニコレ?」
学校集会のような光景の広がる大きな広場?に着いた。え、こんなに居んの?狼。おかしない?こんなん村じゃねえよ。都市並みじゃねぇか。
「それで、
「主語が可笑しくなってるぞ。..........あそこだ。族長の座るあの座の所まで行け。」
「えっと、はい?あそこ?」
ヤマトさんの鼻先が指す場所、集った狼達が注目するその場所に行かなければならないそうだ。は?緊張で死ねるが?
「ほら、行け」
わ、分かった、分かりましたから鼻先で背中を強く押すのだけはやめイタタタタ!
はぁ、何故俺は多くの狼の注目を背に浴びながら歩かなければならないのか。あぁ心臓の鼓動がひどい。唾が口の中から消えてぱさぱさする。
「...........来たか客人よ。」
「っ!」
体の芯に響く声。感じたことの無い威圧感をひしひしと感じる。マンガとかでよくあるビリビリという表現がぴったりだ。
声だけで判断するなら四、五十代と言ったところか。それほどの重みを感じる声の持ち主。成る程、この狼が、族長。
純白の毛の所々に青い毛が混じるその巨体は裕に二メートルを越えている。化け物か何かかな?そんな巨体の持ち主が睨んでるんだよ?口調は優しいけど目がやべぇ。
「そう緊張しなすることはない。私は
「あ、はい、ぼ......いや、俺は時亜 迅と言います。」
「ふむ、トア ジンか。トア君と呼べばいいかな?」
「あ、えぇと、時亜でも、迅でも、呼びやすい方で言ってくれたら、その、ハイ、大丈夫です。」
はぁ!?何だこのコミュ強者!?初対面なのにぐいぐい来るし距離も物理的に近いし。
「では、ジン君と呼ばせてもらおうか。」
おー、初対面で名前呼びっすか。ソッスカ。
陽キャと言うべきか、年長者であるからと言うべきか、サクサクと会話を進めていく族長、王餓さんに引いていると、周り、と言うより後ろからザワザワと人(ではなくて狼)が会話をする音が耳に入る。
何やら俺に対し何かを話しているようだが、如何せん距離が遠いのと王餓さんとの対話に集中しているせいで詳しく聞き取れない─
「静かに」
─瞬間、全てが平伏していた。
場の騒々しさが一転して静寂に包まれる。背後からの一声は狼達を一瞬にして伏せさせるには十分だったようで、俺は声よりもその現状に驚いていた。
生物としての格の違い、なのだろうか。
王餓さんの事を知らない俺でさえ一種の圧を感じたんだ、まして他の狼らはそれ以上の圧を感じただろう。
静まり返る中、王餓さんはその口を開ける。
「皆、聞け。彼はトア ジンと言う名前のニンゲンだ。これまで村には居なかった異種族だ。奇妙に思うのも、不安に感じるのも無理はないだろう。しかし、彼は我々と同じ生物だ。言葉も交わせる。であれば、我々と彼は同じであろう。これから仲間になる者でもある。どうか、仲良くやってくれ。」
あのー、アウェー感増してません?
「いいな?」
「「「「「「「「Awoooooooon!」」」」」」」」」
うぅるっさ!?鼓膜に直に音流されてるみたいに、ビリビリするっ!手で塞いでもこれかよ、どうなってんだ!?
広場にいる全狼の遠吠え、五月蝿いこと極まりないが、これが牙狼族の歓迎の仕方........なんだろう。
向こうのしきたりなのだとしたら、どれだけ五月蝿くても受け取らなきゃならないな。じゃなきゃ失礼だろ、どう考えても。
「
「はっ」
メイカ。そう呼ばれた狼が何やら大きな盃を器用に鼻の上に乗せながら..........あ、違う魔法だ!すげぇ、盃のしたに風を起こして浮かしてるんだ!若干下の空間がゆらゆらしてる!アニメそのまんまだ。
そして、俺の目の前までそれを持ってくると音一つ立てずにおろした。
えと、何も入ってないんすけどこれは?
「この村の習わし、と言うべきか、酒好きの大人達が酒を飲むための
いつの間にか王餓さんの前に大きな壺が置かれており、前足を器用に使って俺の盃にいれ出した。ちょ、まてまてまてまて
「王餓さん王餓さん待ってください。」
「?どうかしたのか?」
「あの、俺、酒ー飲めないっす。」
「む?飲めないのか?見たところ十五、六ほどのようだが。」
「あ、それよりかは上の
「ならば飲めるだろう。」
「え?マジィ?」
ここだと十五から飲めんの?肝臓育ちすぎじゃないかなぁ。ガタイは同年代よりいい方だとは言え、流石に酒を飲むのはちょっと、法律的にと言いますか、あくまで俺は未成年なので。
「俺酒があまり得意ではなくて、酒精が強いと参ってしまうタイプでして。」
うぉぉぉぉ、親直伝の飲みを断る上等文句だ!この先もしかしたら飲めなくなるかもしれない危険性をはらむが、先のことは先だ。今は俺自身の身の安全を.........
「これは酒精が入っていても一割どころか一分にも満たないものだ。そこらの果実から果汁を搾り取って貯めたものと変わらん。それに、これは習わしなのだ。せめて一口でも飲んでもらわなければ困る。」
え、不可避イベントマジ?こーれどうしようか。逃げるは無理。大和さんからの眼力がすごいもん。ちゃっかり下に盃があるのを見る限りあの人は酒が早く飲みたいだけだろうが。ってか視界の端に映ったんだけど、その隣のヤツ一升瓶じゃね?そんな飲むの?
「えー、あー、うーん」
引き伸ばせ、引き伸ばすんだ時亜迅。何かいい考えはないか?ここを切り抜けるいいアイデアがっ─
トクトクトクトク、ゴトン
「............ 」
盃いっぱい。もう、ヒタヒタよ。風が少し吹くだけで水面が波打っちゃってんのよ。顔を上げればズズイと顔を近づける大和さんと王餓さんが有無を言わさぬ圧をかけながら飲め飲めと目で俺に伝えてきた。
わ、わぁ。
結果、俺は流された。
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アルコールがどれだけ弱くてもお酒はお酒です。皆さんは二十歳になってからお酒を飲みましょう。未成年の飲酒は法律上禁止されていますし、普通に駄目なので止めましょう。迅君との約束です。
by 時亜 迅
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