第15話 梅雨の噂話
六月に入り、今年も梅雨の時期がやってきた。
この日も四日連続目となる雨が降り続け、自然と湧き出た憂鬱な気分を抱きながら、学校の教室の窓から外を意味もなく眺めていた。
「どうしたの? あまり箸が進んでないみたいだけど、私の手作りのいなり寿司はお気に召さない?」
僕の机の前に、当たり前の様に自分の椅子を持って来て座り、自分のお弁当を食している天川が、少し不満げに話しかけてくる。
「いや、別に嫌いなわけじゃないけど……いくらなんでもこれは」
僕は自分の目の前にある、一面にいなり寿司が敷き詰められた二段重ねの重箱に目線を移す。
「何言っているの? いつもお母さまに、主食のごとく頼み込んでいるっていうのに」
これはしばらく、クコにいなり断ちをしてもらわなくてはいけなくなりそうだ。このままでは、僕の人生はいなり寿司一色になってしまう。
「それはそうと、こうも毎日雨だと気が滅入るわね。お母さまも「洗濯物が乾かない」って、嘆いてらしたわ」
洗濯物の悩みまで話し合う程、いつの間に仲良くなったんだと思いながら、天川手作りのいなり寿司を一つ取り口に入れる。
さっきはその見た目で胸がいっぱいになったが、実際に食してみると油揚げの程よい甘さと、レンコンや椎茸の具材がふんだんに混ぜられた酢飯の絶品な味が食欲をそそる。
天川、料理も上手かったのか。
次のいなりに手を伸ばそうとした時、天川が少し不安気な表情を見せて口を開いた。
「それに嫌な噂話も聞くし……」
「噂話?」
「ええ、ここ最近、隣町で傷害事件が起きたって話」
確か先日、ニュースでやっていたな。何でも泥酔したサラリーマンが、刃物か何かで切りつけられ重傷を負ったらしい。
「これは最新の話なんだけど。何でも昨夜、この街の河川敷で同じ様な事件が起きたみたいなの。幸い今回も大怪我で済んで、命に別状はなかったんだけどね」
「物騒な世の中だな」
「そうね。でもこれは普通の傷害事件とは違うみたいなの」
「普通とは違うって、どういうことだよ?」
「なんでも、犯人は普通の人間じゃないみたい」
「人間じゃない?」
僕はその言葉によって、この話がただの昼休憩にする時間つぶしの噂話では聞けなくなった。
「被害者が言うには、夜中を一人で歩いていたら周りに誰もいないのに、何処からともなく声が聞こえてきたらしいの。『我が主の体を奪いし者、何処にいる?』ってね。しかも色んな方向から何度も。その後、事件に巻き込まれたみたい。まあ、警察は恐怖心からくる幻聴だって話に落ち着いたみたいだけど」
天川の話を聞き、僕はある疑念を持つ。
「……あら。やっぱり好物なのね。嬉しいわ、ちゃんと食べてくれて」
天川はいつの間にか空になった重箱を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、好物が目の前にあると、すぐにでもがっついてしまう意地汚い奴なんだ」
何かが頬を強くつねったが、僕はそれを無視する事にした。
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