64「繋がる動き」

 僕はある日、不思議な能力を手に入れてしまった。


 例えばこれ。この手元にあるハサミ。

 この指を入れるところを両手でもって、目の前に突き出す。そしてこれを人に見立てて、近くにいる人の姿と重ねる。


 するとどうだろうか。


 僕がハサミをチョキチョキと動かすと、姿を重ねられた人は、左右のあしを交互にチョキチョキと動かすんだ。まるでその人の動きがハサミに乗り移られたように。動きが連動するんだ。

 不思議で面白い。初めはそう思っていた。

 しかしこの能力を得て、得したことはなかった。むしろ損をした。

 というのも使い道が思いつかない。

 そして使う時も注意が必要だ。


 これは不慮ふりょの事故と言い換えてもいいだろう。それは能力に気づいてから、数日後のことだった。


 僕は会社近くのとある定食屋にいつも通っていた。そこに通っていた理由は、近くて美味しいというだけではなく、とある人を見るのが目的だった。

 名前は知らない。

 ただ、お昼時になると必ずやってくる。

 美人で可愛い、二十代後半と思われる女性はいつも一人でやってきていた。


 その人を一眼ひとめ見ることで、午後からの仕事も頑張れるというものだった。


 だからこそ僕は、もうそこには行かない。いや、行けない。あんなことをしてしまって、行けるわけがなかった。僕はとんでもないことをしてしまった。


 店内はさほど大きくなく、さりとて小さすぎることもない。その時は僕と彼女のほかに、サラリーマンらしき男性二人組とおじいさんが一人いるくらいだった。いつもこんな感じだ。

 他の男性客が彼女を見惚みほれているのをよく見かけた。僕だけじゃない。彼女の美貌は、それだけ人の目に留まるということだ。だからその日も、僕が料理が出てくるまでの間、ぼーっと彼女のことを眺めていたことは想像がつくだろう。


 たまに彼女と目が合いそうになる。


 そうした時、僕はさっと顔を背けて、ばしなんていじって、料理はまだかなぁ、なんて顔で素知らぬ顔をする。

 そして彼女の視線が僕ではない方に向くと、僕はたまらず彼女に目を移す。


 そんな時だった。


 不意に後ろから声をかけられておどろき、振りむいた。

 料理が運ばれてきていた。

 僕は慌てて何もなかったように店員に愛想笑いを浮かべて、取り繕って、ではさっそくいただきますかと割り箸をもって、


 ふたつにいた。

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