第5話-テスト返し

「よ、琉亜はどうだった?」


 教室の真ん中を態々横切ってきた涼が右手を上げて近づいて来た。


「何が?」

「テストだよテスト」

「興味ない。……悪い、それは嘘だ」

「いや、別に謝ることじゃねえけど、いつもなら興味ないって感じなのにな?」


 涼の声が教室を通るせいか、クラスメイトの視線があちこちから俺に刺さる。


「いやまあ、美冬に負けたくは無いからな」

「……なるほどなあ」


 美冬と前回は同率一位だったからな。これが美冬じゃなければ俺も特に気にしないんだろうが、流石に相手が自分の彼女だと気になるな。


「そういう涼はどうなんだよ?」

「俺? 俺は琉亜に教えて貰ったから割と絶好調に近い」

「じゃあ、もしかしたら一桁?」

「あ~、いや、それは自信ねえな……」


 涼は今までずっと三十位前後だった。今回は結構俺もテスト勉強に付き合わされてたから、今までよりも良い点数を取っていて欲しいと思う。


「んだよ。俺が教えたのに自信無いのかよ」

「やめろ、その言い方っ! 割とちゃんと傷付くし不安になるだろっ!?」

「あ、そうそう、基本的に今回も満点だからな」

「嫌味かっ!?」


 からかいも含めて告げた言葉も間違いという訳では無い。ただし、全教科満点では無かった。これはまた美冬に負ける可能性があるな……と思ってる。


「でもま、基本的にってことは一個間違えたんだな」

「だな。そこを美冬が取ってたら俺の負けだ」

「ハイレベル過ぎて俺には何を言ってるのかわからん」


 涼は肩を竦めた。別にやれば出来るだろうに。


「あ、そうそう、美冬さんの誕生日って今週なんだって?」

「ん? ああ、そうだな」

「前も言ってたけど、誕プレ決めた?」

「決まってない」

「……まじか」


 もう二日くらいしか無いからな。事情を知らなければ驚くのが当たり前だろう。


「え、どうすんの?」

「一応、週末にデートはする事になったから、その時にかな」

「あ~。……逃げたな?」

「……逃げた?」


 思わず聞き返してしまった。


「だってそうだろ? 失敗したら嫌だとか、プレゼントを勝手に選ぶリスクから逃げてる」


 確かに、他人へのプレゼントはその人が居ない所で選ぶのが普通だ。失敗を避けたくて一緒に居る時に選ぼうって考えたのも間違いじゃない。


「いや、逃げたってより合理的な判断をしたって方が正しいだろ」


 俺と美冬に関係することは極力失敗しないに越したことはないだろ? それを“逃げる”って表現するのは悪意しか感じられない。


「それが何かもう違うんだよなあ」


 けど、涼は右頬を掻きながら困った顔をした。


「何が違うんだよ?」


 ちょっとイラっとした。


「琉亜は美冬さんにあげたいと思わないのか?」

「いや、思うけど」

「それをそのまま形にしたのが誕プレだったりすると思うんだけどな。俺は」

「なるほど?」


 言ってる意味がわかるようなわからないような。


「あーもう、無駄に理論的で話が逆にややこしくなる。好きな相手に何かをあげたいって気持ちが優先なんじゃねえの?って言ってんだよ」


 相手の事を考えずにか? ……それはちょっと理解しかねる。


「いや、絶対にない。俺は美冬の事を大切にしたいと思っているし、だからこそ、彼女が欲しいと思ってるモノを誕プレであげたい。そこに自分の感情は後回しだ」

「……彼女が好きって想いが誕プレを用意するってなったんじゃねえの?」


 珍しく俺の意見に対して涼が食いついてくる。ちょっとした新鮮味を感じながらも、自分は自分、他所は他所なんだから放っといてくれとすら思う。


「お前の考えを否定するつもりは無いけど、肯定する必要性も理由も感じられない」

「か~……、そっかあ」


 彼はがっくりと肩を竦めた。


「涼? 無茶苦茶言わないの」

「いやあ、だってなあ……」


 最近、学校内では涼と関わっていなかった舞が珍しく会話に入ってきた。


「実際どうなんだ? 女性としては?」


 この際に折角だから聞いてしまおう。


「ん~、どっちもどっち」

「じゃあ、気にしなくて良いか」

「人によっては気にした方が良いかも」

「どんな人?」

「普段から素っ気ない人とかかな。あとは、日常的に触れ合う機会がないとか」

「なんでだ?」

「女子ってちゃんと自分に気持ちが向いてるって理解できないと、やっぱり付き合うの嫌だなあって思うもん」

「なるほど……」


 俺は大丈夫だろうか。そもそも付き合い始めも向こうからの告白だ。そもそも、しっかりと気持ちを伝えた事があったかな。


「琉亜は大丈夫だと思うけどね」

「?」

「美冬さんから相談とかされたり、まあ、私がしたりもするんだけど、ちゃんと愛されてることは認識してると思うよ」

「だと良いな」


 そう言われるとちょっとこそばゆいな。


「来年は前もって考えておくよ。今から探すってなっても、マトモな物買えないだろうし」


 今年は誕プレを買おうって思い立ったのが遅すぎたな。




「「ただいま」」


 学校が終わり、俺達は帰宅した。俺も彼女もその言葉に何一つとして疑問を持たない。


「テスト」

「勝負するかあ」


 今回は学校の掲示板に張り出される前に、美冬と俺でテストの点数を競おうと話していた。


「先に聞くわね? 何問落としたの?」

「1」

「……負けた」


 玄関を上がってすぐで、美冬はがっくりと項垂れた。


「せめて見せ合うまで結果を聞くな」

「……それはそうね」


 見せ合う前にそんなことを言われてしまったら、確認する必要が無くなってしまう。


「こんな所で項垂れてないで、さっさとリビングに行くぞ」

「ん」


 珍しくしょぼんとしている美冬に少し戸惑った。けど、このまま放置するわけにも行かずに手を引いて強引にリビングのソファに座らせた。


「……落ち込み過ぎだろ」

「負けるのは悔しいのよ。仕方ないじゃない」

「ま、俺も負けたら結構来るかもなあ」


 俺も美冬に負けるのは嫌だ。この俺達の勝負が良い終幕を迎えるには引き分け以外ないよな、なんて苦笑せざる得ない。


「答え合わせをしよう。何を間違えた?」

「生物基礎と数学」

「生物基礎か、もしかしたら俺と同じかもな」


 数学はミスが無かったが、生物基礎は間違えていた。似た構造の話で問題のミスリードにがっつり引っ掛かったのを覚えている。


 お互いに生物基礎の答案を取り出して見せ合った。


「……違う場所だな」

「そうね」


 美冬のミスは漢字間違いだった。漢字の一画が抜けていて“-1”とその問題の右上にチェックされている。彼女の生物基礎のテストは99点だった。

 俺は漢字のようなミスではなく、ミスリードに引っ掛かったので一問分の点数が引かれて“-3”点だった。つまり、生物基礎のテストだけ見れば美冬に二点差を付けられていることになる。


「この現時点だと美冬が勝ってるけど?」

「数Ⅰが結構引かれちゃったのよ」

「それは残念」


 続けて彼女が出した数Ⅰの解答用紙、そこでは一問丸々バツが付けられている事が確認できた。数学特有の途中点という物も確認できなかった。


「……解説する?」


 この状態だともしかしたら理解できてない可能性があると思って、軽く提案だけしてみる。


「お願いしても良い?」

「もちろん。まあ、この問題ってクラスで一番平均点低かったらしいしな」

「一応、満点防止問題らしいわね。……貴方は軽々と解いたみたいだけれど」

「ん~、そんなに簡単だとは思わなかったかな」


 三角関数と中学範囲の相似関係とかそこらがごちゃごちゃに混ざって、その上で二次元グラフに落とし込んで考えろって問題で、普通に勉強してたら解けるような問題ではない。


 俺は学校で支給された問題集以外も使って勉強してるから、偶々似たようなものを解いたことがあっただけだった。


 美冬に解かせてみて、問題の考え方や指向性を解説しつつ彼女自らの頭で解かせる。ある程度出来る人であれば、問題の解説をするよりも考え方の傾向を教えた方が良い。


「出来た」

「おめでとう」

「確かにこの問題、難しいわね」

「どっかの大学の入試問題だって言ってたしな」


 大学とか気にしたことが無いし、興味のない大学名を言われても覚えてない。


「ということは、琉亜は大学に受かるってことね?」

「それは短絡的過ぎるだろ。その問題の大学だってどのレベルかわかったもんじゃないし」

「……まあ、そうね」


 美冬はソファから立ち上がった。


「夕飯の準備をするわね」

「何か手伝えることは?」

「特に無いから気にしなくて良いわよ」


 ……そう言われても気にするんだよなあ。

 

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