第1話-秋へのカウントダウン②
ここは体育館。新学期に向けて体育館で準備をするらしい。
「おはようございます。秋元先輩」
ちょうど私の目の前には、星健高等学校の生徒会長がいた。
「あ、おはよう。白石さん」
顔見知りの先輩がいたから声を掛けた程度だ。
「今日は何をするんですか?」
「朝会に使う椅子を並べるだけだね。ただ、全校生徒分を並べないといけないから、かなり数が多いけど」
「……そうなんですね」
割とちゃんと面倒だった。
「夏場だし、休憩挟みながらやるよ」
「そう……ですよね」
全校生徒は1000人近くいるから、一人何個運べば良いのかしら。
「運べるだけ運んでね」
「は〜い……」
やる気のない返事をしてしまった自覚はあるけれど、流石に大目に見て欲しい。
椅子が入っているステージ下の収納台車から、なるべく離れた場所から椅子を並べる。
椅子を一つ持って、面倒だと思って両脇に一つずつ持ってみた。
……流石に重たい。
でも早く終わらしたくて、バランスが取れないながらも、無理矢理に二つ抱え込んだ。
はぁ、と息を吐いて辺りを見回す。
私を含めて計十人居るか居ないかしか、椅子の準備に回されている生徒はいなかった。
え……、一人、百個も運ぶの……?
ちょっとした絶望を感じながら、それを気軽に口に出来る相手も周りに居なくて、私は黙々と右往左往した。
「はあ……」
段々と疲れて来て、私は椅子を一つずつ運んでいた。
「え、めっちゃ可愛い子居るじゃん。何年生? てか、彼氏居るの?」
面倒だなあと思って運んでいたら、更に面倒な事態が起こってしまった。
「ありがとうございます。彼氏は居ますよ」
軽く会釈だけする。金髪で制服を軽く気崩していてチャラい感じの男子だった。
「だよなー、流石にこんなに可愛い子だと彼氏も居るよな」
「そうですね。彼氏が待ってるので、早く終わらせないといけないんです。失礼します」
椅子を置き終わった。ばっさりと会話を切って、少し駆け足になりながら次の椅子を取りに向かう。これ以上は話すのが面倒くさかった。
なんで好きでもない人と、しかも、そういう視線を向けて来る人と話さなければいけないのか。
椅子を並べ続けて約二時間、やっと椅子を並べ終わった。
今日の為に集まった生徒達に秋元先輩が激励の言葉を並べ、その隣に立っていた知らない先生は感謝の言葉を並べた。
そんな事を言う暇があるならさっさと帰らせて欲しいと思った。言わなかったけれども。
終わったみたいだからさっさと帰ろう。そう思って鞄を手に取った。
「白石さんもお疲れ様」
秋元先輩に話し掛けられた。隣にはさっき声を掛けてきた金髪の男子がいた。
「お疲れ様です。では、私はこれで」
「あ、ちょっと待った」
さっさと体育館を出よう。そう思ってたら秋元先輩に呼び止められてしまった。流石に静止の声を振り切って逃げ出すのもバツが悪くて足を止めてしまった。
「君の担任が頼みたい事があるって言ってたよ」
「……わかりました。行ってみます」
取り敢えず彼らから離れて、体育館の出口に向かいながら考える。
呼び出されるような心当たりはない。けれど、そう言われてしまった以上は職員室に顔を出すしかない。図書室に行って琉亜に声を掛けてから行くか、このまま職員室に直行するか。
職員室は二階にあって、図書室は四階にある。彼を付き合わせるのも悪いから私は先に職員室に向かう事にした。
体育館から外に出て上履きを履き、職員室に向かった。
「一年D組の白石美冬です。佐藤先生いらっしゃいますか?」
職員室の扉を開け放して、意識して通る声を発する。
「入ってきて良いぞ」
「……失礼します」
遠くの方に座っていた担任に手招きされて、私は彼のデスクに向かう。
「何か用ですか?」
「あー、一つ頼みたい事があってな」
「夏休みですよ。今……」
まだ授業日でもないのに、態々職員室に呼び出してまで頼みたい事って何だろう?
「本当に申し訳ないと思ってる」
「思ってるなら頼まないでください」
「お前にしか頼めないんだよ」
「先生、お言葉ですが、私がクラスから浮いてるのわかってますよね?」
「わかってるよ。むしろ……」
「?」
「そういうのがちょっと改善されると思うんだよな。今日の頼みを聞いてくれれば」
「どういうことですか?」
「実は九月から転入生がうちのクラスに来る。実は今、向こうの個室に居るんだが……」
「もしかして、その人の案内を?」
「察しが良くて助かるよ」
「あの、嫌です」
きっぱり拒否する。もし仮に改善されたって意味が無いと感じてしまう。そもそも、クラスの雰囲気が悪い事に私は興味が無い。基本的になんでも一人で出来てしまうから困る事はないし、放課後も暇なわけではない。
「そこを何とか頼むよ」
「他に頼めば良いじゃないですか」
「あのクラスで他の奴に頼めるわけ無いだろ」
「そうやって言うなら、クラスの雰囲気の改善にもっと尽力してください」
佐藤先生は世界史の教科担当で担任として以外も関わりがあるから、それなりに軽口を叩ける仲ではあるけれど、こういう先生らしからぬ事を言うのはどうなのかしら。
「それは俺の仕事じゃない。あまりにも目に余るなら口を挟むが」
「……そうですか」
それはわかる。クラスの雰囲気の改善に先生という名の大人がガッツリ関わるのは、学校生活としての意義を失くしてしまう。もちろん酷いことはお節介を焼くべきだと言うのはわかるけれど、学校のクラスの主人公は先生でなくて生徒だから、普通に考えれば話が違うことはすぐにわかる。
「どうしても駄目か?」
「……見返りは?」
「俺の立場で、んな事出来るか。出来てジュース一本」
「二本」
「……わかった。じゃあ、呼んでくる」
個室から佐藤先生に連れられて出て来たのは、十人中十人が可愛いと言うのではないか、そう思えるほどに顔が整っている女子だった。それに加えて暗めの茶髪に臙脂色のインナーカラーを入れていて、髪の長さは丁度肩くらいまで伸びている。身なりに本当に気を遣っていることがよくわかった。
私は肌と髪質以外はあまり気にしていないから、髪を染めたりもしないし、長さも肩までよりもっと長い。そろそろ腰くらいに届きそう。
「待たせたな。この子が今度D組に転校してくる
「初めまして、白石美冬です」
「……よろしくお願いします」
先生に紹介されて、私達はお互いに頭を下げ合う。何故か彼女にジロジロと見られた。
「校舎の案内をしてやってくれ」
「わかりました。西蓮寺さん、行きましょうか」
少し彼女を気遣いながら、私は職員室の外に出た。
「一階から案内するわね」
「ありがとう。えっと、なんて呼べば良い?」
最初から距離が近い。ちょっと押されてしまった。
「白石でも、美冬でも、何でも良いわ」
「じゃあ、美冬って呼ぶね。私は一花って呼んでっ!」
舞さんと仲良くなりそうだと思った。私が上手く絡めるテンションの子では無さそう。舞さんは私に気を遣ってくれてるから上手く絡めてるけれど普通は無理だとわかっている。
「美冬って、モデルとかやってるの?」
「やってないわ」
「本当に??」
興味深そうな視線を、くりくりした大きな瞳に向けられる。
「嘘をついてどうするのよ」
一階に降りて、昇降口や音楽室の案内をする。
「私、アイドルをやってるんだけど。時々テレビで出たりもするんだけど……」
「そうなのね」
アイドル、ね。映像を見るよりニュース記事を読んだ方が早いし、エンタメも興味が無いから余計にテレビは見ないのよね。
「そ、それだけ?」
「それ以外にあるの?」
ああでも、確かにアイドルやってるって言われたら、普通の人だったら驚くのかもしれない。
「ううん、初めての反応だから驚いちゃった」
「そう」
アイドル感は確かにあるかも。スカートも膝より上でちゃらちゃらとした可愛さがある。
一つ一つ実験室や家庭科室などを丁寧に案内しながら、一階から四階に向かって階段を登っていく。四階の図書室の前に立った。
「ここは?」
「図書室よ」
今は夏休みだから、図書委員も居ないし先生も居ない。きっと、生徒も居ないだろう。
ゆっくりと、扉を開けた。
「あっ……」
琉亜がここに居るのを忘れてた。彼が図書室の長テーブルに一人座って、ゆっくりとページを捲っているのが見えた。
捲る時に動く筋肉質な腕にちょっとだけ視線が釣られてしまった。誰にもバレてないと思いたい。
……忘れよう。
彼に声を掛けて彼女を職員室まで送ってこのまま帰ろうかしら。それが一番効率が良い。そうしよう。
「あそこに座ってる男子、話し掛けても良い?」
「えっ。良いけど……」
少し嫌そうな顔をしていた。彼女は凄く可愛い子だから、
物音を立てないように琉亜の傍まで歩いた。
「……ん? ああ、美冬か」
「今、彼女に校舎の案内をしてるのだけれど、それが終わったら帰れると思うから……」
「ん、わかった。本を戻してくるから待ってて」
彼は開いていた本を閉じて立ち上がり、本を戻す為に本棚に向かう。私はそんな彼に付いて行き、そのまま出入り口まで歩いた。
一花は出入り口付近で大人しく立って待っていた。
「彼女は西蓮寺一花、九月から転入するらしいわ」
「そうなのか」
「よろしくお願いします」
「どうも、倉本琉亜って言います」
一花と琉亜がお互いに会釈する。なんかちょっと微妙に会話が噛み合ってない気がする。
付き合う前も、私に対してもそんなに興味の有る素振りを見せなかったから、ある意味で彼の一花への対応は予想出来たものだった。彼が彼女に本当に興味がないのがわかる。
「美冬。今日は直帰で大丈夫?」
「んー、食材を買いたいわね」
「だよな。じゃあ、帰りにスーパーに寄ろうか」
冷蔵庫の食材が無いことがわかってた上で、私に聞いたのだとわかった。
「え、あの……」
「どうしたのかしら?」
「付き合ってる感じ?」
「そうね。流石に何でもない男に声を掛けるのは無理よ」
私がそんな事をしたら速攻でトラブルに発展する。勝手に好意を持たれるのも面倒だから、極力は男を避けたいとすら思ってる。
一花を職員室まで送る。
先生に追加で何かを押し付けられるのを恐れて、この場をそのまま後にした。
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