第3話-海に行こう③

「美冬さん達、凄い仲良くなってない?」


 ゆっくりと進む江ノ電の中で、隣でぽけーっと立ってた涼に話し掛ける。


「だな。それを突っ込むことすら野暮な気がするけどな」

「言わんとしてることはわかる」


 私、来島舞から見た彼らのラブラブ度合いはどんなもんかって?

 随分と落ち着いてるなって思うね。本当に高校生かな?

 それ以外に、これは意外だなーって思うのが、琉亜が美冬さんに振り回されてる所かな。


 琉亜は初めて話した時も、それなりに地雷臭する男子だったから、やっぱり人に言い難いような暗い過去でもあったのかなーって思う。

 女子が明確に苦手な男子って普通じゃないと思うもんね。

 私達の年なんて、付き合った別れたの話題で盛り上がるのが普通じゃん?

 それに興味が無さそうなのはちょっと話したらわかるし、その割には人としっかり話せる風に装うし、勉強はめっちゃやってるし、私が知ってる普通に比べたら、ちょっと色々としっかりとし過ぎかなーって思ってた。


 遊びがない。ってやつだね。


 私の涼と遊ぶ時だけは、めちゃくちゃ楽しそうにしてたのは知ってるけど、それはなんかまた別な感じがする。


「水飲む?」

「飲む」


 彼から貰ったペットボトルに口をつける。ちょっと前だったら気にしたかもしれないけど、今はもう全然だなあ。


 ま、こういう安定した感じは嫌いじゃないけどね。


「ん、返す」

「そんな飲むと思わないだろ……」


 涼に文句を言われたから、可愛く舌を出しておく。


「てへぺろって可愛くやれば許されると思うな」

「あ、バレた?」

「バレバレだ。後で覚悟は出来てんだろうな……?」

「え、ナンノコトカナ〜」


 割とマジめに心当たりは無いけど、絶対これは何処かでやり返してくるやつだ。


「覚えとけよ……?」

「忘れてるよ。馬鹿だから」


 皆に比べたら私だけ馬鹿だからね。私だけ上位成績者の表に名前が無いしね。

 かと言ってそれに乗るために死に物狂いで勉強する気にはならないんだけどね。遊んでた方が楽しいじゃん。


 ゆっくりと進んでいた緑色の車両が、やがて、江ノ島駅に停車した。

 藤沢駅から乗ったから、あんまり景色は良くなかったから、帰りは鎌倉駅を経由して帰れたらなって思う。


 私と涼、美冬さんと琉亜は各々別の扉からホームに降り立った。

 長い席の真ん中に座ってたから、左右で分かれちゃった。

 すぐに四人で合流して改札を抜けた。

 時間は15時過ぎ、もうちょっと早く来てれば、明るめな建物が並んだすなば通りの何処かで、レストランにでも入って食事も出来たかもしれないね。


 流石に急過ぎたかな。でも、来年もあるからって、それを言い訳にして、美冬さん達と一回も遊ばないのはちょっとだけ嫌だったんだよね。

 海に行きたいんじゃなくて、このメンツで遊びたかったんだ。


「誘ったのはお前なのに、なんで暗い顔してんの?」

「えぇっ!? してないよ〜」


 ちょっとした感傷が涼に見透かされてしまった気がして、割と本気で取り繕った。


「急に誘った事を気にしてるんだったら、気にしなくて良いと思うぜ?」


 顎で目の前を歩く二人を指す。


 そこには、限られた時間であっても楽しそうに笑う二人がいた。


「なんか、いつの間にか越されちゃった感あるよね」

「あーね。琉亜もなんか気が付いたらベタベタじゃんな」


 私達よりもよっぽど先に進んでいる風に見える。そうやって進まないといけないくらいには、美冬さんが琉亜の実家に行ったことは大きいことだったのかな。


「まあでもさ、俺達は俺達のペースで良いんじゃねえの?」

「一応、私達の方が色々と早いはず」


 キスまでだったらしてるしっ! ……なんて、そういう意味じゃないことくらいわかってる。


「折角だし、あいつらの所に行こうぜ」


 涼に勢い良く手を引かれて、美冬さんの隣に押し出された。


「あら、舞さん」

「ども。ごめんね、中途半端な時間に誘っちゃって」


 履いてきたサンダルでコンクリートを踏み締めながら、美冬さんにちょっとしたごめんねを言う。

 琉亜は涼にダル絡みされてる。涼は涼で琉亜のこと大好きだからね。


「ほんと、急でびっくりしたわ」

「うぐっ」


 明け透けに言われると、自覚はあるけど心に来るよね……


「でも、感謝してるわ。こうやって友達と遊ぶの、私もあんまり経験ないから」

「そうなんだ。それは良かったっ! あ、えっと、そういうことじゃなくてっ!」


 それだとまるで、友達が居なかった事が良かったみたいになっちゃうっ!


「そんな必死にならなくてもわかってるわよ」


 美冬さんはホントに上品に笑う。

 とっても綺麗な人で、女の私が見惚れるくらいには、なんか、色々と持ってそうに見えるんだ。

 でも、そうじゃないのもわかってるから、だからきっと、私達は友達をやれている。


「誘ってくれてありがとう」

「ぴゃっ!? ど、どういたしましてっ!?」


 そんなに色気たっぷりな声で言われたから、思わずドキってしちゃったじゃんっ!!


「美冬さん、絶対に他の男の人にそれをやっちゃダメだよ?」

「ええー?」


 わかってるんだか、わかってないんだか、よくわからない返事をされて私は将来が心配です。


「……大丈夫よ。自覚あるから」


 つまり、今のワザとって事だよね? え、涼から私に乗り換えろって言ってる? そう言ってる?


「怖いわぁ……」


 色々とパニクって、その場しのぎの言葉を漏らすことしか出来なかった。


 車通りの多い海岸線に出た。国道何号線かは知らないけど、めちゃくちゃ速度の出てる車が多くて、ちょっと恐怖すら感じる。


「ってあれ、横断歩道が無い」

「地下道を通るのよ」


 誘ったのは私なのに、圧倒的に美冬さんの方が詳しいのが悔しい。

 美冬さんは離れていこうとした琉亜の腕を組むようにして捕まえて、あっちだと道を示した。


 交差点の下の大きな地下通路を通り抜けて、やがて念願の海岸に辿り着いた。そこには、白にも見える灰色の砂浜が広がっていた。


 **


「風が強いな」

「あら、気持ち良くていいじゃない」


 スカートにしなくて良かった。そう思えるくらいに、強い風が吹いていた。


「目に砂入った……」

「ええ、涼、大丈夫?」


 私の隣に居た舞さんは、するっと涼さんの隣に移動してた。


「都心部に比べて、やっぱり空気が美味しい気がする」

「そんな気はするわね」


 実際、どれくらい変わっているのか気になる所ではある。けれど、海岸線のすぐ後ろが国道だから、この近辺の車通りは結構多い方なのよね。


「琉亜」

「ん」


 彼に手を出して、そして拾ってもらう。


「海際まで行かない?」

「良いよ。行こうか」


 彼の靴は単色の運動靴で、私はサンダルだった。私は濡れても良いけれど、彼が濡れるのは良くないと思って、余裕を持って波が来ない所に立った。


「花火大会の時もそうだけど、この波の音、好きだな」


 琉亜はボソリと呟いた。


 ざざー、ざばー、と一定の間隔で繰り返される。


 その次の瞬間、彼はくるっと反転したかと思えば、涼さんが海に突っ込んで行った。


 ざぱーんと派手にいった。びしょ濡れね。


「えっと……?」

「俺を海に突っ込もうとしたんだろ」

「躱した……のね?」

「まあ、そうとも言う」


 琉亜は思った以上に冷ややかな視線を彼に向けてた。


「ったく、スマホが水没したら大変だろうが」


 琉亜にボソッと呟かれた言葉は、冗談の無い本気トーンな気がした。

 海に突っ込んだのは涼さんだったけど、琉亜は仕掛けられることに対して不快感を覚えているようだ。


「美冬、これ持ってて」


 彼に小さなショルダーバッグを押し付けられた。と思ったら、彼は靴を脱いでじゃばじゃばと海に入っていき、やっと立ち上がったと思った涼さんを転ばせた。


「スマホ……大丈夫かしら」

「涼のは私が持ってるよ」

「あら、万全だったのね」


 憂いも絶たれて、琉亜が涼さんを海の中に沈める姿を安心して見ることが出来た。


「子供だねぇ」

「ふふ、そうね」


 子供っぽい。聞こえは悪いけど、こういう状況なら見てるのも楽しいかも。


「ぎ、ギブギブ、助けてくれ」

「二度とそんな悪知恵が働かないように、きっちりと身体に教えこんでやるよ」

「ゆ、許してくれーっ!?」


 琉亜が本気で抑え込んだら、きっと涼さんに勝ち目は無いんだろう。溺れない程度に転ばせて、ひたすらに執拗に心を折ろうとしている彼の顔が一種の魔王みたいだった。


「どうですか彼氏の楽しそうな顔は」

「舞さんは助けなくて良いの?」

「まあ、自業自得だし良いんじゃないかな?」


 あんなに濡れたら帰りは大変そう、電子機器を持って入らなかっただけ良かったとすら思える。でも、ちょっとだけ海に入ってみたいなとすら思う。

 鞄もあるし、貴重品も入ってるからそんなことは出来ないのだけれど、ちょっとだけなら許されるかしら?


 波打ち際に足を出してみる。少しして冷たい水がサンダルの隙間を流れた。水と一緒に砂も入ってきて、ちょっとだけちくちくする。思わず眉を潜めた。

 このちょっとした不快感が微妙に海への一歩をいつも躊躇わせる。最後には結局いつも足を突っ込んでしまうから、夏の風物詩ならぬ海の風物詩とでも言えるかもしれない。


「気持ちいいね」


 舞さんも片足を突っ込んでいた。夏場だからこそ、冷たい水が余計に心地良い。


「江ノ島には行けなさそうね?」

「あー……、上まで登る時間は無さそうだよね。行ける所まで行って折り返そうか」


 舞さんが琉亜達に手を振った。時間も押していたから、私達はそのまま江ノ島に繋がる橋に足を向けた。

 涼さんは全身濡れ鼠で、琉亜は足回りが少しだけ濡れていた。涼さんが歩く度に、彼の足元にはくっきりとした足跡がついていた。

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