第3話-海に行こう②

「美冬さん、おひさー」

「おひさー」

「久しぶりね」

「久しぶりだな」


 改札前で涼達と合流した。

 涼は夏場でも相も変わらず金髪で、海に行ったらガラの悪い兄ちゃん枠になるだろう格好だった。服装もなんかラフでチャラ……くはないが色々と雑だった。


「行こっか」

「何処に?」

「江ノ島」

「いや、本当に急ね?」


 江ノ島の名をテレビとかで聞いた事はあるが、それが何処かわからない。何となくそれなりに距離があるのはわかった。


「美冬さんもごめんな。急に振り回して」

「涼さんも巻き込まれたのでしょう?」

「……まあ」


 涼と美冬の間で、舞の被害者同盟が出来そうな勢いだ。


「琉亜はどうなんだ?」

「どうって言われても、江ノ島の場所を知らないからな」


 行ったことないからな。


「涼は知ってるのか?」

「んまあ、何回か行ったことあるしな」

「そんなもんなのか」


 中学時代は地元から出る事すらしなかったからな。美冬や涼、舞の行動を見てると、自分が特殊である事が嫌でもわからされる。


「琉亜、行くわよ」

「あ、ああ」


 涼達が居る前でもいつもと変わらずに手を繋がれたから、少し驚いてしまった。すぐに冷静になって別に可笑しいことでは無いと理解出来たが、人前で身体的な接触をするのは、なんだか変な感じがする。ちょっとした気まずさがある。


 でもまあ、別に良いか。気にしなくて。


 改札を抜けて、電車を待つ。ホームに入ってきた緑色の電車に乗り込み、俺達は横浜に向かった。


 横浜に着いたら、別の路線に乗り換える。東海道線とかいうオレンジ色の電車だ。


「さっきの電車、人が多かったね」


 舞が疲れた顔をしてた。誘った張本人も想定外だったらしい。夏休みの中途半端な時間なのに、車内はギュウギュウに近かった。


「そうね。何かイベントでもあったのかしら?」

「……心当たり無いなあ」


 原因は何だと探してみても、どうやら思い当たることは無さそうだ。俺はそんなに周りに興味も無いし、その原因を知ってたとしても忘れてる。


「まあいいや」

「言い出したのは貴女よ」

「だって考えてもわからなさそうじゃん。知らないことは知らないままで良いよ」

「貴女の今後の将来がより一層の怖くなったわ」

「勉強はしてますっ!」

「そう言えば、前回の数学のテスト何点だったんだ?」


 勉強と言えば、以前に渡したテキストも返してもらってないことを思い出した。もう使わないからあげてしまっても良いけどな。


「お陰様で60点超えたよ」

「「?」」


 その60点がどれくらい良いのかわからず、俺と美冬は揃って首を傾げた。

 他人の点数なんて美冬のを見たくらいで、結局は学校の平均なんて知る由もない。きっと彼女もそうなのだろう。


「前は……30点」

「どうやって学校に入ったんだ……」

「内申点……」

「ああ……」


 神奈川県の私立高校は内申点だけで入れる所もかなり多い。だから、そっちの制度を利用したらしい。

 俺は特待生が欲しかったから、合格した上でテストを受けたよ。

 二倍になったのなら、きっと大きな進歩なのだろう。テキストも渡した甲斐があった。


「あ、だから、夏休み終わったらテキスト返すね。忘れてた」

「だろうと思ったよ」


 清々しい程に正直で悪態を吐く気にもならない。


「琉亜は江ノ島、初めて……よね?」

「だな。テレビに結構出てるから存在は知ってるけどな」

「じゃあ、何処か行きたい所はある?」

「んー……」


 テレビでやってたのなんだっけ……


 ちゃんと記憶をまさぐってみても、中々何も出てこない。


「困らせたわね」

「……悪い、ごめん」


 何か言わないと、とは思いはするがわからないモノはわからない。


「良いのよ。貴方がそういうのに詳しくないのは知ってるから」

「ん、ありがとう」


 ノリの悪さを自覚しつつも、多分変わらないんだろうなと、若干の諦めすらある。


「なあ」


 ふと、疑問に思った。


「ん?」

「こういうのって、勉強した方が良いのか?」

「こういうのって、江ノ島を?」

「ああ、いや、違う。観光地とか、かな」


 鎌倉もそうだけど、知らない事が多過ぎる。


「んー……、私は気にしないけれど、気にする女性は居るでしょうね」

「やっぱりそうだよな……」

「あ、でも、私は気にしないから、調べなくて良いわよ」


 美冬が気にしないなら、俺はそういうのに疎いままで良いのか?

 舞も涼も知ってるってことは、多分世間的にズレてるのは俺の方だし……


「私が居るでしょう? ……それとも、別の女に興味が?」

「それは無い」

「なら、そのままで良いじゃない。別にそんなの知らなくても貴方は充分よ」


 まあ、確かに今のアドバイスで勉強し始めたら、その気が無くてもその気があるようにしか見えないか。


「わかった」

「新しい場所に行くなら、なるべく私を連れてってね」

「絶対じゃないんだな?」

「絶対は無理よ」

「それもそうか」


 お互いに思わず笑みが浮かんだ。そう言われると逆に、なるべく一緒に行こうと思えてしまうから人って不思議で面白い。


 がっと、涼に肩を組まれた。


「暑い。あと、次それを急にやったらぶっ飛ばす」

「男子の真っ当な絡み方だろ? それをぞんざいに扱いやがって」

「何処の聖書にそれが正しいなんて書いてるんだ?」


 割と切実に暑い、暑苦しい、汗がベタつく。


「来島教?」

「私に罪を被せるなっ!!」


 急な責任転嫁に、鋭い物理と言葉のツッコミが飛ぶ。


「がはっ」

「あ、ごめん、ノリでつい」


 舞の肘が涼の脇腹に入った。凄い既視感があるな。


「ありがとう、暑苦しかったから助かったよ」


 涼の腕が無くなって肩と首が軽い。こうやって肩を組んでくるやつ、漏れなく全員どっかの妖怪なのかもしれない。


「どういたしまして。……ところで」

「……ところで?」

「随分とラブラブだね?」

「……」

「黙るな黙るな」


 ラブラブって言われて、今までそういうモノに縁が無かったから、まるで宇宙に思考回路が放り投げられたような気持ちになった。


「ラブラブってなんだ?」


 やっと出た言葉はそれ。


 いやだって、ラブラブってどういう意味だよ。

 仲が良い……とは違うだろうし、というか、そもそもそれ死語な気がする。


「むっ……確かに言われてみれば……」

「いや、わからないのに使ってたのか」

「概念的には理解してるけど、説明しろって言われると難しい……」


 舞はうーんと唸って頭を抱え込んだ。何となくわかってても、説明しろって言われると難しい単語ってあるよな。


「"恋人、または夫婦で、互いに熱愛しているさま。あつあつ"だそうよ」


 美冬はなんてことなくスマホを眺めながら口に出した。


「ねえ、それ口に出してて恥ずかしくないのっ!?」

「いえ、全く」

「なぜぇっ!?」

「舞、煩い」


 絶叫する舞の頭を軽く叩き、涼は彼女の口を塞いだ。


「モゴモゴモゴモゴ」


 まだ言い足りないらしい。


「舞さんもまだ子供ね」

「いや、私は可笑しくないと思うけど……」


 涼に解放されて、舞は少し大人しくなった。


 うーん。

 何となく舞の気持ちもわかるし、美冬の口に出した時の気持ちの作り方も理解出来るから、どっちがどっちとも言えない。


 取り敢えず言えるのは、そんなに初ではいられなかった、かな。


「琉亜はどう思う?」

「どっちもどっちかな」

「それはそれで意味わかんない回答ありがとう」

「急に貶すな」


 文脈が無いとまあ伝わらないよな、なんて思いながら言い返す。


「逆に舞さんは気にするのね……?」

「ナンノコトデスカ」

「へえ……可愛い」

「ひゃあっ」


 美冬は少し色っぽい声で語り掛けながら、舞の耳にふっと息を吹き掛けた。


「美冬さん、そこまで。舞は俺のだから」

「あら、先に仕掛けてきたのはそっちよ?」

「この辺で許してやってくれ……」


 真っ赤になった舞を涼が庇う。放っておいても問題無いだろうに、態々首を突っ込むなんてな。俺は絶対に加勢も庇ったりもしない。そういう話は知ってるけど不得意だから。


「はあ……。まあいいわ。涼さんの顔を立てて、ここまでで許してあげる」


 幾らでも口で言い負かすことが出来そうな彼女だったが、流石に彼氏弄りは気が引けたのか、大人しく口を閉じた。


「楽しそうだな」

「ええ」


 そこまで断定調に言われると、それはそれで反応に困る。



 少し会話が途切れ、また話して、また途切れて、やがて、オレンジ色の電車が藤沢駅のホームで停車した。


「琉亜、行くわよ」


 ここで降りるのを知らなくてボケっとしてた俺の手を美冬が引いた。


「ここが江ノ島?」


 ホームを降りて見回してみても、海は見当たらない。


「ここから更に電車に乗るの」

「……遠いな」


 方向さえ違かったら、実家に帰れる距離じゃないか?


「江ノ電って知らない?」

「聞いたことはある」


 テレビに写るからな。昔はそういうモノに縁が無いとから、興味を持って見たことなんて無かった。


 ……そんな感覚で見ていた映像なんて、思い出せるわけがなかった。


「あれに乗るのよ。景色も良いから、折角だし乗りたいわね」

「へー、そうなんだ。よくわからないけど、任せるよ」


 美冬がそれが良いなら、そっちで良い。俺はよくわからないし、多分楽しめるから。


「美冬さんっ! 琉亜っ!」


 少し離れたところで、舞が手を振った。


「今行くわ。ほら」

「ああ」


 思い込んだ過去は現在いまとは違う。最近は少しだけ、俺も変わったように思う。


 モノクロになった世界が、少しずつ色を滲ませている気がした。

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