第3話-海に行こう

 お昼前に、急にスマホが鳴った。


 表示されている名前は来島舞、舞さんからの電話だった。メッセージが届くのはよくあるけれど、急に電話が来るのは珍しい。


「もしもし」


 髪をかきあげて、スマホを耳に当てる。


『今日って暇?』

「これと言って、やることは無いわね」

『今から海に行かない?』


 ……海?


「随分と急ね?」

『折角の夏休み、最後の方になっちゃったけど、美冬さんと遊びたいなと思いまして』


 夏休みに入ってから、舞さんと会ったことはない。メッセージ上でのやり取りは群を抜いて多いのにも関わらず、実際に会う機会は無かった。


「ごめんなさい。舞さんと二人きりはちょっと難しいわ」


 女子二人で海に行くなんて、ナンパしてくれと言っているようなものだ。普通はされないのかもしれない。でも、私が居たら確実にされる。余計なトラブルに彼女も巻き込むことになってしまう。


『それは……、私と遊びたくないってわけじゃないよね?』

「ええ。もしそうなら、そう言うわ」


 舞さんはこうやって確認をしてくれるから、私と関わりが切れないのだと思う。

 普通はこんな事を言ったら、勝手に嫌われてると思われて、勝手に関わりが切れる。

 それはわかってはいるけれど、じゃあ、全てをさらけ出して伝えたとして、私の容姿が整い過ぎてるからとか、私にとってはそうやって伝える方が難易度が高い。


 当たり前にあった物を、確かに多少の努力はしているけれど、大っぴらに優れていると告げるのは気が引ける。


『どうしたら行ける?』

「琉亜と涼さんに付いてきてもらう……とか?」


 男避けがあれば、最悪もし何かがあったとしても対処出来るだろうから。

 琉亜も涼さんも腕っ節が強いのは知っているから、尚のこと頼りに出来ると思う。


『あー、なるほどね。琉亜は暇なの?』


 全てを察したかのような、そんな声音だった。


「今は隣でゲームしてるわ」


 スマホでお馴染みのゲームをポチポチしている。


「ん?」

「この後って忙しい?」

「夏休みだし、何も無いよ」

「だって」

『わかった。じゃあ、涼に聞いてみるね。またね』


 そこで電話が切れた。


「何の話?」

「海に行こうって」

「夏だからか」

「そうかも?」


 海に行く誘いで、夏だから海に行こうってなる人が何人居るのだろうか。

 確かに夏は海ってイメージがあるけれど、海が夏って、なんかちょっとズレてる気がした。


「琉亜が嫌なら断るけれど」

「いや、大丈夫」

「そう?」


 また舞さんから電話が掛かってきた。


『涼、行けるって!』

「そう。何時に何処に集合?」

『2時に駅前! あ、表っ!』


 今、12時だからあと二時間くらいあるのね,


「わかったわ」

『じゃあ、また後でねっ!』


 また後で、そう返す前に電話は切れてしまった。


「2時に駅前」

「ん。昼どうしようか」


 昼食の計画を一切立ててなかった。そもそも、こんなに急に遊ぶ予定が入るとは思わなかった。


「今から作る?」

「間に合う?」

「微妙……なのよね」


 支度をするだけなら時間は足りる。でも、食事を作ってからとなると、確実に間に合うとは言い切れなかった。

 昨日の残りは朝消費してしまったし、それより前の残りは彼の実家に行ってたからあるはずが無い。


「今月の懐事情は?」

「二週間、貴方の実家でお世話になったから余裕あるわよ」


 あんまり胸を張って言えることでは無いけれど。


「じゃあ、二人で外食する?」

「あ、良いわね」


 あまり二人で外食に行くことはない。だから、こういう日こそ行っても良いかもしれない。


「じゃあ、準備して外に行こう」


 彼の言葉を皮切りに、私達はお互いにテキパキと準備を進めた。



「大丈夫か?」

「ええ……」


 マンションから外に出たら、前のめりに転びかけて彼に支えられた。


「……私、こんなにドジ属性だったかしら」

「朝走ってるから、それが原因だろ」


 走り始めて二日目、琉亜が丁寧にマッサージをしてくれてはいるけれど、やはりまだ慣れない。


「そうかもしれないわね。あんまりはしゃぎ過ぎないようにするわ」

「水着無いから、海に入ることは無いだろうけど、美冬は止めとけよ」

「そうね」


 ゆっくりと歩いて、マンションの外に出た。

 溺れたらシャレにならない。そもそも水着が無いから入るなんて有り得ない。


「まあ、転びそうになったら掴まってくれて良いから」

「ホントにありがとう。迷惑掛けるわ」


 ランニングでも邪魔になってるハズなのに、彼は良いと言ってくれた。色々と迷惑を掛けてしまってるのに、嫌だと彼が言うことはない。

 というか、今まで明確に拒否られたことって、記憶にあるのは出会った時に勉強を教えたくないと言われたことくらい。


「……嫌だったら、断って良いから」

「急にどうした?」


 道を歩いていて、ふと、私の頼みを彼が断ってはいけないと思ってる気がして、気がついたら声に出ていた。


「その、お願いをしたら断らないから、ちょっと心配になって」

「んー……。確かに、言われてみれば断ったことないかも」


 あんまり意識していないようだった。


「無理なお願いは断るから大丈夫だよ」

「私が言うのもあれだけれど、結構負担を掛けてないかしら?」


 彼が良いと言えば良いのだろうと思っていたから、取り敢えず口に出してみるを繰り返していたら、気が付いたら色々と負担を掛けてしまっていた。


「そんなに負担には思ってないかな。片手間に出来ることだから断らないだけだと思う」

「……ホントに?」

「多分? そもそも、あんまり意識した事ないから」


 感謝とそれが当たり前にならないように、私も気を付けないとダメね。


 喋ったり、黙ったり、また喋ったり、私達は駅に辿り着いた。


「何食べる?」

「和食以外」

「前もそう言ってなかったか?」

「じゃあ、定食以外」


 自分でそれなりの完成度で作れる料理を、態々外で食べたいとは思わない。


「洋食か……、あ、たこ焼きとかは?」

「良いわね。たこ焼きと言えば、いつかタコパしてみたいわね」


 たこ焼きにタコ以外の具を入れたら絶対美味しい。やったことないから、いつかやってみたい。


「たこ焼きプレート買うか」

「お金無いわよ」

「あるよ。バイトしてたし」

「……そう言えば、貴方、富士急に行くとか言ってなかったかしら?」


 彼が日雇いのバイトを四日間くらいしてたのを思い出した。シレッと出て行ってシレッと帰ってきてたから、バイトしてきたって感じが無くて、完全に記憶から抜け落ちてた。


「ああ、あれなー。俺も忘れてた」

「えぇ……」

「バイトしてたら満足しちゃったんだよなぁ」


 少し歩き回って、たこ焼き屋さんを見つけた。


「あれ、明日無くなっちゃうのか」

「初めて来た店が明日閉まるって、なんか変な感じするわね」


 美味しくないのかしら? でも、たこ焼きって不味くなるかしら?


「座る場所無いから、外のベンチで食べることになるな」

「夏場で外は……」


 キンキンに照らされたお天道様の元で、熱々のたこ焼きを食べる。控え目に言って地獄ね。


「だな、別の場所にしようか」


 パッと食べたい物が思いつかなかったから、駅近のレストラン街を特に目的もなく歩いて、美味しそうな模型が置いてあったハンバーガー屋に入った。


「マッ〇とは違って、高めだな」

「そっちが良かった?」

「いやまさか、こっちの方がゆっくり出来るから」


 人はそれなりに入っていたけれど、別の某ハンバーガー店に比べて落ち着きがあって、時間になるまでのんびり出来そう。

 注文をして、暫くしてやってきたのは、食べるのも一苦労な大きさのハンバーガーだった。


「大きいわね……」


 これ、どうやって食べれば良いのかしら。


「大きいな。そもそも、あんまりハンバーガー食べないからわからないけど、これって大きいのか?」

「普通のサイズでは無いわね」


 食べるには圧し潰すしかない。けれど、具沢山だから潰すのにも神経を使う。ゆっくりとゆっくりと圧し潰してみる。琉亜も私の方法を真似て潰し始めた。


「あんまり小さくならないな?」

「そうね……」


 このまま手を止めていても何も始まらない。恥も外聞も捨てて、私は大きなハンバーガーに強引にかぶり付いた。嚙み切るのに一苦労だったけれど、無事に飲み込むことが出来た。


 美味しいけれど、食べるのにかなり体力を使うわね……


「上手いな」


 琉亜は私が苦労したハンバーガーを軽々と咀嚼して飲み込んだ。女子に比べて男子の方がこういうのを食べるのは上手いと言うか、有利と言うか、ちょっと羨ましい。

 彼の言葉に返す余裕はなかった。私は咀嚼して飲み込むので精一杯だった。


「ごちそうさまでした。美冬はゆっくりで良いからな」

「そうね……」


 どうせ、舞さん達と合流するまで時間がある。流石に一時間もあれば、ゆっくり食べても食べ終わるはず。そう思って食べては一息つくを繰り返して、やっとの思いで皿を空にした。


 その時には既に13時半を回っていた。

 

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