第1話-帰省零日目②

「四ヶ月しか経ってないのに、こんなに懐かしく感じるんだな」


 新松田駅に到着した俺達は、ホームを歩いて改札を抜けた。


 車が停めやすいのは南口の反対側だから……


 俺達はバス停のある方に出た。


「建物が低いわね」

「横浜に比べたらそうかもな」


 平地なのに、緩やかな空気を感じさせる建物が目に入る。


「ここら辺で良いか」


 バス停の近くで、親父の車を待つ事にした。


「どれくらいで来るの?」

「5分もしないうちに来ると思う」


 美冬と手を繋いでいるせいで、俺にも軽く視線が刺さっていた。

 彼女は向けられた視線に、ちょっとだけ居心地悪そうにしていた。


「美冬だから大丈夫」


 気休めにもならないだろう。それはわかってるのに、過度に緊張してる彼女を見て、ついつい言葉にしてしまった。


「何それ、ふふっ」


 彼女にとって、俺の言葉は面白かったらしい。

 俺の我儘を聞いて貰ってる形だから、少しでも肩の力が抜けたらなと思う。


「ねえ、手を繋ぐの、嫌?」

「そんなわけないだろ」

「そっか。ありがと」


 彼女はからっとした表情を作った。ちょっと吹っ切れたのかもしれない。


「あ、あの車だ」


 親父の車がロータリーに入ってきた。


「高い車……よね?」

「まあ、そう言われることもあるかな」


 ドイツ産の車で高級メーカーと言われがちだが、見た目は只のバンだ。買った時は高かったって親父も言ってたっけな。


「……随分と大きいわね」


 ギリギリ2m無いくらいの高さだな。


 車の中の親父と目が合った。親父は車を俺達の前まで付けてくれた。

 後部座席のスライドドアが自動で開かれる。


「美冬、荷物持たないで乗っちゃって」


 車内と高低差があって、キャリーケースを持ち上げて乗るのは難しいだろう。


「えっ……」

「良いから」

「わ、わかったわ。……お邪魔します」

「白石さんだね。奥に座っちゃって」

「あ、はい」


 いつもぶっきらぼうな親父が、珍しく気を遣って喋ってるのがわかった。

 彼女が奥に座ったのを確認して、キャリーケースを一つずつ車内に運び入れた。


 俺も後部座席に乗り込んだ。自動のスライドドアをボタンを押して閉める。


「車、ありがとう」


 ここまで迎えに来てくれた親父に感謝を示す。


「琉亜、久しぶりだな」

「会うのはな」


 親父と話すのはそんなに久しぶりじゃない。業務連絡ではあるけど電話はしてるからな。


「白石さん、だったな? 私が琉亜の父親の京介です。二週間くらいだけど、気にせずにゆっくりしてってくれ」

「あ、はい、白石美冬って言います。いつも琉亜さんにはお世話になってます。二週間よろしくお願いします」


 変に吃る事もなく、彼女はハッキリと言葉を発した。さっきまで緊張してたのに、こういう所は流石だなと思う。


 あと、さん付けされて背筋がゾクってした。


「白石さん、琉亜は学校でどうしてる?」

「普通だと思います。ずっと学年トップの点数を取ってます」

「……それ、ちょっとした嫌味だろ?」


 別に点数は自慢したいことじゃないの知ってるだろ。


「まさか。私は別のクラスだから、貴方の学校生活を詳しく知らないだけよ」

「……まあ、確かにそうかもな。俺も美冬の生活、全く知らないしな」


 言われてみればそうだな。俺達はお互いを知らなさ過ぎる。


 **


「でも、琉亜がこうやって女性を連れてくるとは思わなかったな」


 琉亜のお父様、京介さんが感慨深そうに呟いた。


「……それは、俺が一番思ってるよ」


 彼は少し恥ずかしそうに頭をかいていた。


「白石さんは、私達の家族の事情は聞いてるんだっけ?」

「琉亜から……多少は」


 それは聞いた事を肯定するのが良いのか、知らなかった事にすべきなのか。私には判断がつかなくて言葉に迷った。


「琉亜はあんまり自分の事を話さないから、多少でも知ってるだけで凄いことだ」

「そう……ですか」


 無理矢理聞き出してしまった部分もあったから、少しばかりバツが悪い。


「私は気にしてない……と言えば嘘にはなるが。どっちかと言えば、一番気にしてるのは琉亜だろうしな」

「それ、俺の前で言うなよ」


 琉亜はとても不満げだった。


「確かに、私が言うのは間違ってるか」


 京介さんがそう呟いて、頷いた。


「いつ頃、道場に顔を出すんだ?」

「明日、道場に顔を出して、それから桐崎家にも顔を出してくる。流石に陵先輩の所だけ行くのはな」

「……まあ、お前がそうしたいなら、そうすれば良い」


 知らない名前ばかりが出てくる。

 彼は本当に人には話さないから、聞き出さないと知ることが出来ないから、知らないことが多くなるのはわかっているけれど、なんかちょっと複雑ね。


「もし桐崎家に一緒に行くなら、流石に白石さんには前もって説明しとけ」

「……わかった」


 かなり渋々ではあったけれど彼は頷いた。


「……何かあったの?」

「後で話す。これもまた、あんまり面白くない話なんだよ」


 彼はまるで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「そう……なのね」


 そんな反応を見て、思わず頷かざる得ない。


「まあ、桐崎家に美冬を連れて行くつもりはなかったんだけどな」

「そうなの?」

「うん。道場とは違って、流石に報告し辛いからさ」

「……そう」

「でもまあ、もし良かったら、その時に近所を案内するからさ、一緒に来てくれないか?」

「話を聞いてからでも良いかしら?」

「もちろん」


 すんなり頷く事が危ないと、私は今までの経験から学んだ。


「琉亜って、道場の中だと強いの?」


 話を逸らすために、ちょっとした話題を作る。元々興味はあった。


「んー……、師範以外には勝てるかな。でも、俺が強いと思ったことはないよ。むしろ弱い方だと思う」

「道場の中でも強いのね」


 なんか無性に腹が立って、強いの部分を拾って敢えて強調した。


「いや、だから……」

「傍から見て弱いんだったら、私を助けてくれた貴方も弱いことになるわよ?」


 世間一般的に見て、彼が弱っちい筈がないと思う。だって、彼が弱い人だったら、刃物に正面から対峙したりなんてしないわ。


「まあ、あれは実際……最悪な立ち回りだったろ」

「貴方がそういうのに納得してないのは別に良いけれど、貴方が弱かったら私は弱い貴方に守られた事になるのよ?」


 私の立場が無くなる。いや、最悪そこはどうだって良くて、自分の好きな人を弱いって言われたら、誰だってムカつくじゃない? だから、否定したかった。

 例えそれを言うのが貴方自身であっても、私は否定を否定したくなってしまうの。


「そ……うだな。気を付ける」


 彼は頭が良いから、私の意図に気が付いて大人しく頷いた。


「気を付けなさい」


 ちゃんとムカついたわよ。


「もう尻に引かれてるのか?」

「……うっせ」


 京介さんのからかい混じりの言葉で、琉亜はそっぽを向いてしまった。


 偶に見える子供っぽい顔が可愛くて、それ以上に胸の内に何かを感じた。こうジワっと熱が広がった気がした。



 **


 実家の駐車場に、車が停められる。


「行こうか」


 俺は車からキャリーケースを引き出して、大地に転がした。その後に美冬の手を取って、ゆっくりと地面に立たせた。


「和風な家なのね」

「まあ、年季は入ってるかな」


 ここ最近に建ち始めた家屋とは違って、美冬の言う通りで、一階の玄関から引き戸になっているくらいには和風な家だった。

 庭が広くて、そこには今は亡き祖父が手入れしていた木々が植えられている。


 たった三ヶ月なのに、随分と懐かしく感じるな。


 久しぶりに取り出した実家の鍵を使って、玄関口の引き違い部分の鍵穴を回す。


「ただいま」

「お邪魔します」


 俺達は各々に口を開いた。


 すると、家の奥からドタバタと物音がしたと思ったら、義母さんが姿を表した。


「琉亜、おかえりなさい。白石さんは初めまして。私は桐子って言います。一応お母さんになるのかな?」


 義母さんは相変わらず、背が低くてかなり若く見えた。ちょっとしたマスコットっぽくて、人の良さが前面に出ているような、そんな外見と表情をしていた。


「一応も何も、義母かあさんは義母さんだろ」


 実母を母親だとは思ってないから、つい、そんな言葉が漏れてしまった。


「初めまして、白石美冬です。よろしくお願いします」


 美冬は義母さんにぺこりとお辞儀をすると、キャリーケースの上の方から鎌倉で買ったお菓子を取り出した。


「これ、良かったら皆さんで食べてください」

「まあっ! 気を遣わせちゃったかしら」

「いつも琉亜にお世話になってますので。あと、二週間お世話になります」


 彼女はそう言って、義母さんに半ば押し付ける形でお菓子を渡した。


「じゃあ、後で美味しく頂くわね。取り敢えず荷物を置いてきたら?」

「そうする」


 義母さんに言われて、俺は自分と美冬のキャリーケースと持ち上げる。


「あ、ありがと」

「付いて来れる?」

「ええ」


 靴を脱いで向かったのは俺の部屋だ。特に見られて困る物も無いはずだから、そのまま部屋の引き戸を全開にした。足で。

 キャリーケースで手が塞がっていたし、美冬に開けさせるのもなって思った。


 俺の部屋は畳張りになっていて、中に入って奥の方に、二つのキャリーケースを横に置いた。


「ここは?」

「俺の部屋だよ。あ、悪い、言ってなかったけど、同じ部屋で寝る事になる。……手は出さないから安心してくれ」


 同じ部屋になるかもって伝え忘れてた。失敗したな。


 俺の部屋すらそもそも、実家から出てしまってからは、半ば存在してるのか怪しい状態だ。

 昨日に義母さんが掃除機は掛けてくれたらしいけど、本格的な手入れはされてない。そんな状態の中で、更に美冬用の部屋を用意するのは無理だった。


「そうなの? なんかちょっと、特別って感じで楽しそうね」


 彼女は楽しそうに笑った。こういう所は本当に好きだな。


「それに、手を出してくれても良いのよ?」

「流石に高校生の間はちょっとな」


 責任が取れない年齢で、そういうのをやるのはちょっとな


「なんかそれ、まるで魅力が無いみたいな……」

「充分に魅力的だよ。それがをしたいって欲に直結しないだけで」


 彼女は破顔させる。そして、軽く俺の事を小突いてきた。


「安易にそういうこと言わないでっ」

「なんかごめん」


 軽く赤みを帯びた彼女の表情は、照れていると理解するには充分だった。

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