第13話-デート?
JR横須賀線の8番車両で、ゆっくりと揺られながら俺達は鎌倉駅を目指していた。
切っ掛けは菓子折りを買う事だったが、付き合い始めてから初めてのデート……な筈なんだけど、あんまりそんな感じがしない。
「おっと」
電車が揺れたから、少しだけ彼女に手を添えた。
「……ありがと」
彼女暗い紺色で、けれども薄手のふわりとした長袖を着ていた。下は明るめのジーパンで、ある程度のルックスがないと着こなせない格好をしていた。
俺はいつも通り、白Tシャツに黒いチノパンだ。白Tシャツは生地が違かったり、袖の長さが違かったりとそれなりに種類はあるものの、見る人が見たら毎日同じ格好をしてるように見えると思う。てか、俺も同じだと思ってるし。
だからって、他に良い感じになる格好を思い付かないんだよな。
「はあ……」
ついつい、溜息がこぼれた。
「深刻そうな溜息を吐くじゃない」
「毎日同じ格好してるからな……」
「ああ、なるほど」
「気にしないんだな……?」
「似合ってなければ気にしたかもしれないわね」
なるほど、似合ってないわけではないのか。
「そんな事よりも、何処か行ってみたいとかある?」
「んー……、何があるんだ?」
中学の歴史の授業では出て来たけど、興味が無くてそれ以上に掘り下げたりはしてない。
横浜駅から鎌倉駅まで乗り換えは無く、スマホは途中途中てトンネルに入る度に通信が途切れるので、あんまり役に立たない。つまり、今から調べるのは難しい。
「そうねぇ……、有名所だと鶴岡八幡宮があるわね」
「あー、聞いた事あるな。行ったことないけど」
「どうする?」
「じゃあ、それ行ってみたい」
意見を言わないのも良くないだろう。それに、有名所に興味が湧いたのも事実だ。
「じゃあ、そこに行くわよ。その後は時間見てから決めましょうか」
「だな。あんまりキツキツにしてもな」
鶴岡八幡宮とやらが、実際にどれだけ大きいのかもわからないしな。
「あ、そう言えば。美術のレポート終わった?」
「あー……、なんかそんなのあったな……」
数国英理社以外の科目で唯一出ている夏休みの課題、それが美術のレポートだった。
正直今の今まで忘れてたし、忘れてなかったとしても最終日にテキトウにやれば終わると思ってる。
「鶴岡八幡宮の近くに美術館があるのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「鶴岡八幡宮を見終わったら行かない?」
「時間あるなら良いよ」
時間をギリギリにしてまで見に行きたいとは思わなかった。
「それで良いわ」
「それにしても美術か。レポートで良かったな……」
レポートはまだ良いけど、何かを作るとか苦手過ぎる。
「絵、苦手なの?」
「絵は描けるんだけど、無から何かを作れって言われると難しくてな」
昔にやらされた"現実に無い物"を造れって課題は、本当に嫌で嫌で仕方なかった。
何も思い付かなかったから、知らない数式を導き出して書いたら、流石にダメって言われたのを覚えてる。
「そんなに難しいかしら?」
「難しい。トレースとかの方が百倍楽」
「トレースは、私はあんまり絵が得意じゃないから好きじゃないわね」
絵が得意じゃなくても、書き方の用法を守ってればそれなりに描けるのがトレースだ。
その用法を教えない先生が多いってのはあるかもしれない。俺も自分でネットで調べたしな。
「次ね」
"鎌倉"とアナウンスが鳴り、やがて電車が駅のホームに入っていく。
**
ぷしゅー
「美冬」
差し出された彼の手を取って、指を絡ませた。
最近気がついた、知ってしまったことなのだけれど、私は案外甘えたがりなのかもしれない。
彼に腕を引かれて、駅のホームに降りた。
真夏日に相応しい暑さと、それに似つかわしい涼し気な風が駅を通り抜ける。
鼻につく夏草の匂いは、少しばかり郷愁を感じさせてくれる。
何処に行くにしても一人だった私の、そんな過去もあったのだと思い出させてくれる。
階段を下り、東口に向かう。
駅の改札を出ると、真夏日の日曜日という事もあってか、そこは多くの人でごった返していた。
流石に観光地として有名なだけあって、観光客と思われる服装の人達が多くて、私達みたいな高校生も多く歩いていた。
「どっち行けば良い?」
「左よ」
電車の中で、小町通りを通って鶴岡八幡宮に行くことは決めていたから、特に迷いはなく進む方向を示す。
「ここがよくテレビで写ってる所か」
小町通りの入口の鳥居を見て、彼が感慨深そうに呟いた。
鳥居の先には少し古めかしい家屋が並んでいて、やはり、いつ来ても雰囲気が出ている。
こういうちょっとした昔の感じを味わう為の場所でもあるのよね。
「そうね。人は多いけれど、デートスポットとしては良いでしょう?」
「そうだな。連れて来てくれてありがとう」
彼があまりにも楽しそうに言うものだから、少し驚いてしまった。
琉亜っていつも冷静そうに見えて、何処か子供っぽい所があるのよね。
そういう所が嫌ってわけじゃなくて、良い意味で人間味が感じられて私は好きよ。
「来たことは?」
「元々、地元が横須賀の方だから、何度か一人で来てるわよ」
「へえ、そうなんだ」
逗子もそうだし、鎌倉も横浜に比べたら馴染みがある。単純に距離の問題だけれども。
「アクセサリー系も売ってるんだな……」
「そういうのに興味あるの?」
「夏場に一つあっても良いかなって。首周りが寂しいからな」
普通のアクセサリー系の店もあれば、パワーストーン等のちょっと曰く付きっぽい雰囲気を出している店もあった。
「ふ〜ん。あ、誕生日っていつなの?」
誕生日プレゼントに、アクセサリー系の何かを渡すのはありかもしれない。
「7月10日」
もう過ぎてるし……
「……え、なんで言わないの??」
「いや、言うタイミングが無かった」
この微妙に話が噛み合わない感じ、慣れるまで時間が掛かりそう。
「因みに美冬は?」
「私は11月11日」
「そっか」
気が付いてしまった。
普通なら話してそうな事も、私達はお互いに線を引いて知ろうとしなかったのね。
「帰りで良ければ、アクセサリー見てみる?」
「時間があったらで良いよ。最後の最後で良い」
小町通りを抜けると、鶴岡八幡宮の大きな鳥居が右手に見える。
「人も多いし、鳥居もデカいし、なんか凄いな」
鳥居は観光地に似合う明るい赤色で、少し自己主張が激しい気がした。
「へえ、凄いな……」
鶴岡八幡宮の敷地に入ると、石橋があって、その先の奥に階段があって、そこを登ると本殿がある。
彼は敷地内に入ってから、ずっとそわそわしていた。ほんの少しだけだから、わからない人にはわからないと思う。
「ふふっ」
「……慣れてなくてごめん」
「別に良いのよ」
ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「参拝して帰る?」
「まあ、折角だしな」
石畳の階段を登って、一番上の本殿に向かう。
本殿に入って財布を取り出す。特に何も考えずに100円を手に取って、お賽銭箱に投げた。
二礼二拍手一礼をきっちりとこなす。
瞼を閉じて願い事を探してみたけれど、何も思い浮かばなかった。
参拝に来ていつも思うのは、何となく恒例で投げるけれど、願うような事は何も無いということ。
願い事をしてる暇があったら、行動した方が早いと思ってしまうタチだから、本当は参拝の文化自体が自分に合っていないのではないかと思う。
……そんな所まで考えて結局は、取り敢えず自身の健康を願っておくことにした。
「終わったか?」
瞳を開いて隣を見ると、琉亜と視線が交差する。随分と長く目を瞑っていたみたい。
「ええ、待たせたわね」
「いや、良いけどさ。何を願ったんだ?」
「無病息災」
「うわ、無難なヤツ」
「琉亜は?」
「俺? 俺は今みたいに平和な日が続きますように、って願った」
「……無病息災とは違うのね?」
「違うな」
無病息災とは言わずに態々そう言い直したのだから、きっと彼の中には意味があったのだと思う。
私がその意味に本当の意味で気が付くのは、ほんの少しだけ後の話。
「美術館、行きましょうか」
「ん、そうだな」
本殿から外に出て、登ってきた階段とは違う場所から下って、鶴岡八幡宮の傍(中にあると言っても良い)にある美術館に向かった。
美術館には刀剣類が置いてあって、彼が目を光らせながら観察していたのを見て、本当に面白くて笑ってしまったのは許して欲しい。
彼の美術のレポートは、そんなに困らなさそうね。
私はレポートし易そうな陶芸品の説明を、スマホのメモにまとめた。
これで私もレポートには困らないはず。
「そろそろ行くわよ」
「あ、ごめん」
未だに刀剣コーナーの周辺をうろうろしていた琉亜を捕まえて、私達は美術館を後にした。
「絵だけかと思ってたけど、色んなのが置いてるんだな」
「ここは鶴岡八幡宮も近いし、それの兼ね合いもあるんじゃないかしら?」
「刀剣があるなら、美術館も楽しいな」
「貴方、好き過ぎじゃない……?」
そんな事を言い出すものだから、ついつい、呆れを含ませて毒突いてしまう。
「道場にも本物があるからさ。だから、つい興味がそそられるんだよ」
まあ、琉亜がそれで楽しいと思えるならそれで良いわよ。
「……もうそろそろ17時か」
「微妙な時間だけれど、アクセサリーショップに寄る時間も、お菓子を買う時間もありそうね」
それを買ったら流石に帰らないと、明日の荷物をまとめるのが間に合わなくなってしまう。
昨日のうちにある程度は終わってるけれど、まだ準備万端とは言えなかった。
「そうだな」
神社なんて高校生が行くデートスポットとしては微妙かもしれないけれど、かなり楽しめた気がする。
一人で来た時よりも、二人で歩く方が楽しいのね。
アクセサリーショップに寄って、菓子折りを買って、私達は帰路についた。
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