第9話-偶然

「えっ……?」

「どした?」

「倉本と美冬さんが居た気がして……」

「えっ? ……どこ?」

「あっち」

「あ、マジじゃん!」


 涼と私、来島舞はみなとみらいの遊園地に居た。

 そして、本当に偶然にも、倉本と美冬さんを見つけた。


「折角だし、話しかけに行くか」

「良いよ〜」



 **


「ジェットコースターと観覧車……か」


 口に出してから、地獄の二択のように感じられた。


 ジェットコースターは落ちそうで怖いし、観覧車は付き合ってもない女子と乗るべきものでは無い……気がする。

 どんな恋愛小説の中でも大体そんな感じの描写がある。


「倉本くん、ジェットコースターに乗りましょう?」

「うえっ」


 蛙が潰れたような音が、口から思わず零れた。

 白石はジェットコースター初心者じゃないから、俺みたいに怖くなることもないんだろうな。


「苦手なの……?」

「苦手というか初めてというか……落ちたら怖いなあって」


 乗ったこと無い人からしたら、ジェットコースターなんて特に未知の領域である。

 しかも、この遊園地のジェットコースターは海に接している。もしレールから外れたら……ぼちゃんだぞ?


「今時、落ちる事なんて無いわよ。行きましょう?」


 そんな俺の不幸妄想を窘めるように彼女は再び言葉にする。


「うっ……あ、ああ、わかった……」


 断れるわけ、ないんだよなあ。


「決まりね」


 行動指針が決まったら決行は早い。ジェットコースターに足を向けた。


「美冬さん」

「えっ?」


 白石は見知った声に、凄い勢いで振り向いた。

 さっき、端っこの方に似たような顔が居たから、多分そうかなって思ってた。


「舞さんに……万丈くん」


 彼女は上から下までしっかりと見て、人物確認をする。する程に、こんな遊園地で彼らと出会う事に驚いてる様子だ。

 俺も初めて見つけた時は驚いたよ。


「よっす。二人は次は何に乗るんだ?」


 そんな思いは他所に、涼は訝しむでもなく口を開いた。


「ジェットコースターよ」


 彼女は即答した。まるで早押しクイズだな。


 そんなにジェットコースターって面白いのかと、ジェットコースター初心者ならぬ遊園地初心者は思う事しか出来なくて、ぶっちゃけちょっと身構えてる。


「ジェットコースターなら、一緒に行かねえか? 待ち時間、結構長くて暇するみたいだし」

「俺は良いけど、そっちは?」


 涼の提案に対して、舞に視線を向けた。"初デートだろ?"と視線で問う。


「良いんじゃない?」

「私も特には」


 舞は視線の意味に気が付く事もなくケロッとしていて、白石はただ頷くだけだった。


 涼も舞も気合いの入った格好をしていて、流石の俺だって二人の関係性がわかってしまう。

 それで良いのか……? と思わなくもないけど、当人が良ければ良いのだろう。


「じゃあ、ジェットコースターに行こう!」


 舞の勢いに引かれ、俺達はゾロゾロと順番待ちの列の一部になる。日曜日なのに、完全に学校と同じノリだった。


 舞、涼の後ろに俺と白石は並んだ。


「あ、倉本」


 舞は後ろに振り向く。


「ん?」


 何の用かわからず、首を傾けた。


「下の名前で呼んでも良い? 涼も美冬さんも下の名前なのに、倉本だけ苗字呼びなよは……ちょっと逆にこそばゆいから」


 確かに言われてみて、うん、まあ、そういうのはあるよなって思った。


「もちろん良いよ」

「私も名前で良いからね。呼び捨てで良いから」

「ん、わかった」


 特に何か抵抗するでもなく俺は頷いた。女子を下名で呼んで頬を赤らめる……なんて、よくあるラブコメチックな展開はない。

 それに、人の彼女にそれはちょっと……なあ。


「ね、ねえ……、だったら私も名前呼びが良いわ」


 白石がそんな事を言い始めた。何か心なしか顔が赤くなってる気がする。


「わかった」


 特に困る事もないから、頷いておく。


「うーん、俺は良いけど……」


 涼は少し悩んで、舞に"良いの?"と視線を送った。彼女の返事は肘打ちだった。


「おごっ!?」

「私、そんな束縛激しくないから」


 ちょっと怒ってるな。来島……じゃなくて、舞か。


「ごめん……」

「あ、ごめん……その、急にやっちゃって……口で言えば良かった」


 涼は鳩尾を抑えながら謝意を示す。

 それを見た舞はオロオロしながら謝罪を口にした。ほぼほぼ反射的に殴ったなこれ。


「……嫌わない?」


 さらに、舞は下から覗き込むように彼に問う。

 大きな瞳がとても心配そうで、暗めの短めの茶髪が揺れる。


「ん……可愛い」


 涼は思わず彼女の頭を撫でた。

 うわぁ、甘いなぁ。


 後で涼のこと埋めてやろうかな。何かムカついた。

 彼女が居るって事に対してじゃなくて、そのキザな対応がイラっと来た。


「え……、ん……、その……、ありがとう」


 舞は大人しく撫でられ続けた。

 憧れの人を彼氏にして、憧れの人に頭を撫でられて、憧れの人に可愛いと言われる。

 惚けるな、と言う方が無理があるよな。

 舞の事情は軽くは知ってるから、舞の反応は百歩譲って理解できる。


 けど、涼、お前は許さん。


「甘いな」


 つい毒を吐くトーンで、呟いてしまった。


「……そうね」


 白石……じゃなくて、美冬もそれだけを呟いて生暖かい目を向ける。

 茶化したりなんて、する気にもならなかった。人が幸せそうにしてるのって眼福だよな。


「涼、先進んだぞ」


 とは言え、いくら俺達が空気を読もうとも、蛇となった人々は空気を読んではくれなかった。

 本当に仕方なく俺は涼を歩かせた。


「待ち時間、暇だな」

「こういう時のゲームよね」

「まあ、そうだな」


 俺と美冬は揃ってゲームを起動させる。


「今はこのボスが金策になるらしい」

「じゃあ、それを周回しましょう」


 冬花からパーティへ招待される。

 ルルアはそれを快諾して、パーティに加わった。


「ねね、美冬さん、そのゲームなに? 二人共やってるの?」


 それを見ていて、一番に興味を持ったのは舞だった。

 まあそりゃ、二人揃ってやってたら気にもなるよな。


「トライセンス・オンラインってゲーム。俺達は結構前からやってる」

「面白いかって言われたら……まあ、半々かしら」


 俺達からしたら、面白さより大切さが勝つゲームだ。


「へー、そうなんだ」

「二人って昔から同じゲームをやる仲だったんだ?」

「逆だな。ゲームでよく遊んでた奴がリアルに居たが正しい」

「「うーん?」」


 涼と舞は俺の言葉に首を傾げる。

 イマイチ概念が理解し難いのだろう。

 オンラインゲームをやった事が無いと知らない概念だよな。


「ゲームの中で出会った人が、実は美冬だった……って感じ」


 俺はもう一度言い直した。これなら伝わるか? 

 最初の表現はあまり良くなかったな。


「えっ!? めっちゃ偶然じゃん!? ……偶然なんだよね?」


 舞はやっと理解したのか盛大に驚いた。


「偶然よ。琉亜く……いえ、琉亜がこの人だって知るのですら、本当に偶然だったもの」


 くん付けしようとして、語呂が悪くて、もう一度言い直した。

 少し寒気を感じた気もするが、それは心にそっと仕舞っておく。


「……そんな事あるんだな。そして、今は時間さえあればそれをやってると」


 涼から訝し気な視線を送られた気がするな。気になる事があるなら言え?


「どっちかと言えば暇な時かな」


 俺の言葉に美冬も頷く。

 ゲームは本当にやる事が無い時だけだ。それなりにリアル忙しいし。


「あ、ジェットコースター、次みたいね」


 美冬はスマホを鞄に押し込んだ。俺も真似て鞄に突っ込んだ。


 **


「楽しかった」


 琉亜は初めて乗ったジェットコースターに御満悦だった。


「はあ……はあ……」


 涼さんはへなへなと腰を落としていた。


「もう一回行っても良いわよ?」


 挑発的な笑みを浮かべて、私はもう一度彼らを誘ってみる。


「涼……大丈夫?」


 舞さんは涼さんの体調が気になってたっぽい。それぞれの性格が出てるって感じがするわね。たった四人でもこんなにバラバラになるのは、少しばかり面白い。


「一旦休む?」「もう一回行くか?」

「そう……する」「良いわね」


「じゃあ、私達はあそこのベンチで休んでるね」


 舞さんは涼さんに肩を貸して、ベンチを指さす。


「わかった。美冬、もう一回行こうか」

「ええ」


 琉亜とに釣られ、軽い足取りで蛇になっている列に並び直した。こういうのが1dayパスポートの利点よね。


 **


「涼、大丈夫?」


 ベンチに座って、涼にペットボトルを差し出す。中身はただの水だ。


「……ごめん、酔った」


 きもちわりーと言いたげに、青空を仰ぐ。


「ジェットコースター、苦手だったんだ?」

「そんなつもり無かったんだけどなあ……」


 私の質問に彼は首を傾げる。自分の知らない弱点が見つかったんだね。


「舞も行ってきたら?」

「せっかくのデートなのに、どっか行くとか考えらんない」


 私の彼氏は涼だよ? ふざけたこと言わないでよ。


「そっかあ……」


 なんかちょっと満足気なのムカつく。


「……なあ、ハグしても良い?」


「えっ!? ……どぞ」


 驚いたけど、要望通りに手を広げて涼のハグを待った。だきっと横からハグされて、羞恥と照れゲージが一気に駆け上がった。あ、無理だこれ耐えられない。


「りょ、涼、ごめん、やっぱ恥ずかしい」


 羞恥に耐えられず、涼を引き剥がした。


「わかる。それに、ちょっとしたら満足した」


 流石に外のベンチでハグは恥ずかしかった。そうやって言う涼も、言葉通りに顔を赤くしてた。


 なんかちょっときゅんってした。


「でも、その代わり……手、握って?」


 涼に手を伸ばす。彼はその手を取る。手をモゾっと動かして指を絡ませる。


 これくらい許してよ。


「ふへへ……好き……」


 ずっと好きな人と付き合えてるのって、こんなに幸せなんだね。


 **


「もう一回乗っても良いかもな」


 琉亜がジェットコースターにハマってしまった。その言葉には面白さを通り越して、ちょっと呆れの気持ちが出てきた。


「流石に三回は飽きるわよ」


 私はボサボサになった長い髪を手櫛で整えた。


「髪長いから大変だよな」

「そうね」


 ああもう、やめた。ヘアゴムを取り出して髪を後ろに纏めた。


「どう?」

「活発そうに見える」

「活発……?」


 どういうこと? 後ろを見ようとしても何も見えないから、諦めた。


 **


 ……そういう所だな。


 偶にド天然な動きを彼女はする。

 学年代表で成績優秀、頭が悪い筈がないのに、ちょっと考えたら無駄だとわかりそうなことをやってしまう事がある。


 今も後ろを見る為に、見えるはずが無いのに二回転くらいしてた。


「……馬鹿にされてる気がするわ」

「男だったら人権は無いかな」

「……どういうこと?」


 容姿端麗で完璧そうに見える美冬だからこそ、ド天然な動きをしても"可愛い"とか"癒される"とか"尊い"だとか、比較的ポジティブに捉えられるが、大の男がやったら気持ち悪いだけだ。


「まあ、それは良いとして、涼と舞は何処に行ったんだろう」

「それなら確か……」


 美冬が何となくの足取りで、ベンチがあると思われる方向に向かった。

 お互いに寄り掛かりながら、ゆったりとしている涼と舞の姿が見えた。


「おー」

 涼が手を振ってきたから、それに返すように俺達も小さく手を振った。


「終わったのか?」

「終わった。舞は……寝てるのか」

「そういうこと」


 特に何処かに行く予定も無かったので、彼は彼女を起こさなかった。


「舞、起きろ?」


 涼は軽く肩を揺する。


「んう……ん……? 終わったの……?」


 完全に油断し切った彼女は、寝ぼけ目を擦りながら、ふわふわとした声を発する。


「そうみたい。次は何処に行く?」

「……観覧車」

「まあ、乗ってないのそれくらいだしな」


 涼は舞の眠そうな声に苦笑する。


「観覧車かあ……」


 そういう関係でない相手と乗る観覧車は流石にハードルが高いのではと、思う。


「ふぁ……、美冬さんも琉亜も乗れば良いじゃん。乗りたくないなら無理にとは言わないけど……」


 軽く欠伸をして、舞がそんな事を言った。俺の思惑がバレてるのかと思って、ちょっと焦った。


「美冬が乗りたいなら……かな。流石に無理強いはハードルが高い」

「え、乗りたい」

「あ、はい」


 美冬が嫌がるだろうと思っていたが、そんな事はなかった。

 同居してるし今更か? 

 いや、そもそも観覧車って、カップル専用みたいな所があるし、風情的に言うなら違う気がするんだよなあ……


 既に同居人であるから、気にしなくても良い。という式を組み立てようとしたが、そもそも、観覧車の雰囲気はそんな不躾な式で組み立てられるほど、風情のない物では無い。


 気にしてるかと言えば嘘になるし、まあいっか。絡まった思考を外に放った。




「凄いわね……」


 観覧車から見える景色は、辺りに多くのビルが建っているのにも関わらず壮大な物だった。

 遊園地を挟んで通る海に、その海が乱反射して、通り抜ける風もとても心地よい。


「気持ち良いな」


 思わず大きく深呼吸をしたくなる。そして、やった。


「風が美味しい」

「だな」


 陽射しに近付いたのにも関わらず、温かくもあり涼しくもあった。


「日焼け止め……必要だったかしら」

「あー……、女子は気にするよなぁ」


 陽射しは強い。けれど風が心地よくて、俺は陽射しが一段と強い感覚はない。


「男子も気にしないと困るわよ?」

「俺は……別に良いかなぁ」


 外見を気にするんだったら、一回でも多く筋トレをしたり勉強したりするかな。


 美冬の容姿端麗さは、タダでは無いのはわかるから、わかるからこそ、外見より中身だと思ってるから……とは言わなかった。

 貸してる部屋に前入った時も、グッズ系が多少転がってたのを見たから、きっと色々と見えない所でやってるんだろう。

 何を重視するかは人それぞれだし、俺はそれで良いと思う。


「……私ばかり楽しんでる気がするわ」


 少しだけ、美冬の表情に陰りが見えた。


「いや、楽しいよ。初めてだったしさ、遊園地に来るの」


 きっちりと否定する。そんなに楽しくなさそうに見えるか?


「美冬と遊ぶのは楽しいよ」

「そ、そう……? ……それなら良かった」


 話す事に困らないし、会話が無くても居心地が悪くない。


 人と話す事が面倒くさいと基本的に考えている俺にとって、その境界はとても大切な物だ。

 それは能力だとか容姿だとか、何が優れていようが関係なく、無意識に俺が重要視してしまうものだ。


「てっぺん来た……か?」

「そう……ね」


 二人して下を見て、観覧車の位置を確認した。そして、お互いに楽しげな笑みを浮かべた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る