第120話 怨恨

「天下の黄金騎士団様がこの程度? これなら仲間たちを集めてくる必要無かったかもしれないわね。ねえ、グラザス?」


 目の前で倒れ伏す壮年の男に向かって色欲の魔王の子は告げる。その周りには既に黄金の甲冑に身を包んだ騎士たちが倒れ伏している。黄金騎士団内で残っているのは副団長のグラザスだけであった。


「き、気安く私の名を呼ぶな」


「あらあら、ずいぶん生意気になったじゃない……っと」


 横から襲い来る黒い炎を手に持つ剣で薙ぎ払う。


「アレス殿下も不憫ねぇ。本来なら守られるべきなのに、その守る側がこうも不甲斐ないとね」


「黙れ。部外者の貴様が分かったような口を利くな」


「いや、別に部外者って訳じゃないんだけどねー。この声と髪で気付かないかなぁ?」


 色欲の魔王の子はそう言って自身の白い仮面に手をかける。


「どうせあなた達はここで死んじゃうから教えてあげる」


 パサッと落とされた白い仮面。そしてその下に隠されていた端正な顔にアレスは驚く。


「ま、まさか、あなたは」


「やっと気づいたのね。私はのアーリアよ」


「そ、そんな……。あんなに陛下に忠誠を誓っていたあなた様がどうして」


「どうしてもこうしてもないわ。人間だれしも変わるものなの。忠誠の対象を皇帝から教祖様に変えただけ。ただそれだけよ」


 アーリアは何という事はないといった表情でそう告げるが、以前の彼女を知っているグラザスは到底目の前の存在がアーリアだとは信じられなかった。


 確かに言われてみれば剣筋は彼女と同じ気はするが、能力が全然違うのだ。そしてなにより、昔のアーリアは堅い人物で皇帝陛下に忠誠を誓い、決して今の様に皇帝、と呼ぶことはなかったのだ。


 かつて黄金騎士団にて最年少で副団長にまで上り詰め、次期団長候補として名を連ねていた天才。魔神族との戦いでもかなりの猛威を振るい、騎士団内外でも特にファンが多かった。ある事件までは。


「アーリア・グラルーン。お前が本物だとするなら右腕が無いはずだ。それをどう説明する?」


 アレスの言う通り、騎士としての全盛期であった彼女はある不慮の事故によって利き腕である右腕を失っていたのだ。そのため、アーリアは騎士を引退し、いつの間にか姿を消していたのだ。


「治してもらったわ。まあ、別に信じてもらう必要はないからそれを証明する気もないけどね。ただ、あの事件を引き起こした皇帝には罪を償ってもらいたいけど」


「父上が引き起こしただと?」


 ドガンッ!!!!


 アレスがそう声を発した瞬間、アーリアの仲間の傲慢の魔王の子の方から激しい衝撃音が聞こえ、かき消される。


「あら? あっちもそろそろ終わりそうかしら?」


 先程の衝撃音は傲慢がハルを地面にたたきつけた音であったことを目視したアーリアはそう呟き、視線をアレスと立ち上がろうとするグラザスの方へ向ける。


「こっちもそろそろ終わらせないとね。彼が怒っちゃうから」


 そうしてアーリアの影から次から次へと魔物たちが現れる。それを見たアレスとグラザスは驚愕する。そのどれもがSランクの魔物として位置づけられている者ばかりであったからだ。


「私に与えられた絶望をあなた達にも与えてあげる」


 そうしてアレスに向かって魔物たちが襲い掛かった時、突如、赤黒いオーラが巻き起こり、アレスたちを守るようにして包み込む。


「やっぱり来ると思ったわ。勇者さん」


 そこにあったのは黒い刀を握りしめ、戦闘服に身を包んでいるカリンの姿であった。


 ♢



 ドガンッ!!!!


「カハッ……」


 傲慢の魔王の子の腕がハル・ゼオグラードの腹部に突き刺さる。


「つまらんな。早く立つのである」


 意識が朦朧とした中でハルは仲間の操られてしまっている騎士に無理やり立たされる。


「ど、どうして私の攻撃が効かない?」


「どうしてか? 教えてやってもいいのである。我の能力は魔王と同じ『傲慢な腕』。我の腕は貴様らの脆弱な能力を消し去るのである。さらには我の腕は防御力を無視する。ゆえに貴様らが日々鍛え上げて手に入れたその体も我の前では何の意味もなさないのである」


 傲慢な魔王の子は傲慢であるがゆえに隠すことなく自身の能力について話す。自身にとって不利になる情報も気軽に相手に教えるのは、能力を知ったうえで自分を倒せる者がいないことを彼は確信しているからである。


「……だからか。道理でいつもよりダメージが入ると思った」


 恐るべきはハルが受けた攻撃は先程の一回のみであるということ。最初の方は一歩も動かずにハルの腕を捌き続けていたが、魔王の子が飽きたがゆえに放たれた一撃なのだ。それだけで歴戦の猛者が自分で立ち上がれない程に叩きのめされていた。


「さてと、貴様も動けないだろうし最後にするのである」


 立ち上がるので精いっぱいのハルに対して大男はその鍛え上げられた剛腕を引き、正拳突きの構えを取る。


覇王拳はおうけん!」


氷山アイスマウンテン


 拳を振り抜く大男の目の前に突如として大きな氷の塊がハルを守るようにして現れる。


「これも粉々か。中々強いな」


「ジオン……か? 何をしている? 早く、逃げ、ろ」


「私は大丈夫です。兄上は少し休んでおいてください。後は私がやります」

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