第71話 リアの作戦

「あーあ、良い収穫ではあるけど面倒だなぁ。どうして僕がこんなに苦労しないといけないんだろう」


 俺とリア様を交互に見てレイジーはそう漏らす。


「それに片方は特に能力強度を期待できないし。どうして君、そんなに強いのに能力強度が高くないの?」


 こっち見んな。


「答える必要はないな」


 答えようと思っても答えられないけどな。


「別にいいさ。答えてもらおうと思って言ってないしね。さて、能力強度が高い子が来てくれたことだし……」


 その瞬間、レイジーの姿が消える。


「コスパが悪い方には早々に死んでもらわないとね」


「悪いが、それは無理な話だ」


 死角から放たれた拳を目を動かしすらせずに受け止める。


 その圧倒的な膂力は受け止めるだけで衝撃波を伴い、周囲の空気を揺らす。


「そろそろ『ペース』を上げていかないとね。後々面倒なことになるからさぁ!」


 軽々と攻撃を受け止められたというのにレイジーの顔には焦燥はない。寧ろ、どんどん力が増していくのが分かる。


「私も忘れてもらっちゃ困るわよ!」


 リア様が光の剣を大きく横に薙ぐ。それをレイジーは関心のなさそうな眼で軽々と避ける。


「君は殺しちゃもったいないから後で相手してあげる」


 そう言うと、くるりと腰をひねり蹴りを繰り出す。


 無造作に、力任せに放たれたその剛脚はしっかりと芯を捉えて一人の少女の体を蹴り飛ば……すことは叶わなかった。


「くっ……」


「……面倒だなぁ」


 間一髪のところで俺が体を滑り込ませ、両手をクロスして蹴りを受ける。


 魔王の力を有しているだけあって、レイジーの攻撃力は異常だ。たいていの攻撃は受け止めきれる俺の二本の腕が衝撃で未だに小刻みに震えている。


「ペース、上げてくよ」


 最早気だるげな様子など消え失せたレイジーの移動速度は尋常ではない。その様子はまるで本当の怠惰の魔王を相手にしているみたいであった。


 そろそろこの状態だと限界だな。俺も本気を出すか。


 そう思い、自身の内に秘められた破壊の力に意識を傾ける。


「クロノ、待って。私に考えがあるから」


 黒の執行者としての力を引き出そうとしていた俺にリア様が待ったをかける。うん? どうしてリア様は俺がもう一段階上の力を隠しているってわかったんだ?


「聞きましょう」


 少しの疑問を覚えながらも俺はリア様の意見に耳を傾ける。黒の執行者は全てを破壊する力。魔神族との戦いでいつも一人で戦っていたのは味方に危害を加えないためであった。


 そのため、俺としてもこの状況で黒の執行者の力を使わないで済むのは好都合だ。


「そんなに悠長に話している余裕はないと思うけど」


 気がつけばすぐそばにいたレイジーの拳が飛んでくる。それを俺は敢えて受け止めずに逆に破壊の拳を打ち付ける。


 両者の拳が激突する。


 その間には均衡などない。


 圧倒的な破壊力を持った拳が片方の肩から下の部分を吹き飛ばしていた。


「なっ!?」


「さっきまでの俺と同じとは思わないことだ。今の俺はほんの少しだけ強い」


 黒の執行者の力を引き出そうとしていたため、破壊力は先程よりも格段に増している。魔王の腕であろうといとも簡単に消し飛ばしてしまう。


「ここまで本気を出してる僕ですらこうなるとは恐ろしいね。その能力」


 レイジーは何事も無かったかのように超次元的な回復速度でなくなった腕を元通りに生やす。


「じゃあ、クロノ。言ったとおりにやるわよ」


「畏まりました」


 俺はそう言うとレイジーに向かって走り出す。リア様は俺とは別の方向へと走り出す。


「どういうことかな?」


「さあな、それこそ考えてる余裕なんて無いんじゃないのか?」


 俺の破壊の拳が今度はレイジーの半身を吹き飛ばすが、それすらもすさまじいスピードで回復し、反撃を繰り出す。


 怠惰の魔王は普段はあまり本気を出さず、力を蓄え続けている。そのため、ひとたびその力を解放すれば回復速度は他の魔王たちよりも一段と早いのが特徴だ。


 相変わらずだな、そう思いながらも俺はレイジーの拳に合わせて拳を振るう。


「しぶといな」


 一瞬で治癒された体を見て思う。


「だがこれで終わりだ」


 その瞬間、辺り一面が光に覆われた。


光の金字塔ホーリーピラミッド


 レイジーの周囲を濃密なエネルギーを秘めた光が覆う。


「なんだこれ?」


 何事も無いように思えたその光はやがてレイジーの体の内側から燃えるような熱が膨れ上がっていき、やがてレイジーの体を少しずつ焼き尽くしていく。


「す、凄いですね」


「ちょっと時間はかかっちゃうけどね。時間稼ぎ助かったわ」


 光が視界を奪い、脱出することも困難である、まさに無敵の要塞。こんな能力を使われた日には死が待つのみだろう。


 ――カチッと、そんな音がしたかのような一瞬の静寂。


 次の瞬間には光を薙ぎ払い、全身を赤くしたレイジーの姿があった。その眼には最早理性など残っていない。


「もう、全部どうでもいいや」


 そう言葉を紡いだ瞬間、時が止まった、否、正確に言うと時が遅くなった。

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