第6章 魔神教団
第59話 リーンフィリアの過去
「はあ、はあ、はあ……」
まだ11歳の幼い少女がブロンドヘアをたなびかせながら暗い森の中を走っている。その様子は何者からか逃げているかのよう。
「お父様、お母様!」
息を切らして走りながら少女、リーンフィリア・アークライトは自身の父親と母親を呼ぶ。
リーンフィリアは軍務大臣であった父、ゼルダン・アークライトがあまり芳しくない戦況を嘆き、自らが士気を高めなければと言って前線へと赴いた際に一緒に付いていったのだが、中庭でうとうととしているところを人攫いに捕まり、今逃げだしているところなのだ。
この魔神族による侵攻の中、盗賊やら悪党やらが増えているという話を聞き、リーンフィリアは用心していたつもりだったのだが、まさか基地内に潜伏しているとは思わなかったのだ。
間一髪、人攫いたちが魔物に襲われている際にうまく逃げだし、現在に至る。
「はあ、はあ、きゃあ!」
走っている足が巨大な根っこに絡まってしまい、リーンフィリアはその場で転んでしまう。
「どこへ行きやがったぁ! ガキィ!」
遠くの方で人攫いの声が聞こえてくる。どうやらリーンフィリアが逃げ出したことに気が付き、探しているようだ。
「……逃げなきゃ」
痛む足を我慢して立ち上がるも、うまく走れない。どうやら先程、根っこに足を引っかけた際に捻ってしまったらしい。
「足跡があるぞ! こっちだ!」
「しまった」
人攫いたちの声がだんだん近くなってくる。
しかし、リーンフィリアは足が痛んでしまい、うまく走れない。
やがて、双方の距離は縮まっていく。
「見ぃつけたぁ」
「いや!」
まだ幼いリーンフィリアのか細い腕を筋肉質のがっちりとした腕が掴む。
「ダメじゃないか~、逃げたりしちゃあ?――おーい、野郎ども! ガキを見つけたぞ!」
リーンフィリアは拘束から逃げ出そうと暴れる。しかし、頑強な大人の腕はどう頑張っても子供のリーンフィリアには解くことができない。
「
「おっと、あぶねえ」
まだ慣れない能力では男に命中させることができず、空を穿つ。
「どうやら痛い目を見ねえと分からねえみたいだな? ああ!?」
男の腕を握る力が強まり、拳を振り上げる。
殴られる!
防衛反応からリーンフィリアはその澄んだ大きな眼を固く閉ざす。
しかし、いくら経っても拳はこない。
やがて、男が掴んでいる力が弱まり、リーンフィリアはどさっと地面に落ちる。
「い、い、いや……」
目の前には胴体を串刺しにされた人攫いの姿が。
「下等生物がこんなところをちょこまかとなにをしているのか」
人攫いの体が投げ捨てられ現れたのは頭に2本の角と背中に一対の翼を生やした、人型の生物。魔神族の姿がそこにあった。
「ん? まだ下等生物がおったか」
「こ、来ないで」
魔神族の男がこちらに近付こうとした瞬間、がさりと近くの茂みが揺れる。
「確かここらへんだったよなぁ?」
「ああ。確かにここらへんからガキを見つけたって聞こえたぜ」
「って、魔神族だと!?」
現れたのは5人の人攫いたちであった。人攫いたちは目の前にいる魔神族と体に穴が開いて倒れている自分の仲間を見て、腰を抜かす。
「次から次へと虫けらが湧いてくるわい」
「ど、どうか命だけはお助けを!」
「そちらのガキの方はあげますんで、俺達はどうか見逃してくだせえ!」
口々に命乞いを始める。魔神族の男はふむ、と少し考え、リーンフィリアの顔と人攫いたちの顔を見比べる。
「下等生物が指図をするとは気に入らんな」
その一言で一瞬にして人攫い共の首が飛ぶ。あまりの速さにリーンフィリアが目で追えないほどであった。
リーンフィリアは目の前で起きている惨状に目を逸らしながら心の中で、実は私を助けてくれたんじゃないかと思う。
しかし、現実はそう甘くない。魔神族の男は冷徹な眼差しでこちらを見つめると、こう発する。
「さてと、次は貴様の番だ」
その瞬間、リーンフィリアは絶望した。一説によれば翼付きの魔神族はかなり高位な存在でSランク冒険者ですら複数人いないと勝てないと言われるほどだ。
ここで逃げ切れる可能性は確実に0に近い。
「だれか助けて……」
リーンフィリアの体力は既に限界に近い。掠れた声で助けを希う。
「助けを求めても無駄だ。ここは暗い森の中。貴様の同族など、このような悪しきものしかおらん。第一、いたとしても私に勝てる者はおらんがな」
魔神族の男は腕を振り上げる。
「下等生物は滅びよ」
「……滅びるのはお前らの方だ」
魔神族の男が腕を振り下ろした瞬間、リーンフィリアと魔神族の男の間に黒髪の少年が滑り込む。
「君、大丈夫か!?」
同い年くらいの男の子の顔。その髪は切っていないのか伸ばしっぱなしだ。少年の黒く澄んでいる瞳にどこか暗い陰が落ちた目を見てリーンフィリアは綺麗だと思った。
リーンフィリアは少年に抱かれた瞬間、張りつめた糸がプツンと切れたかのように意識を手放した。
―――――――
――――
――
翌日、リーンフィリアが目を覚ますとふかふかとしたベッドの上であった。
「リア! 気が付いたか!」
「おとう、さ、ま?」
「ああ、よかった! 本当によかった」
ベッドの傍らにはお父様とお母様が涙を流していた。
「私はいったい……」
「黒髪の男の子がここまで運んできてくれたんだ」
「男の子……無事だったんだ」
高位の魔神族との対面という助かりようもない状況下で無事に切り抜けたということにリーンフィリアは驚愕する。
「そうだ! お礼! お礼を言わなくちゃ!」
「……それがリアを届けるとその子はすぐにここを去ってしまったのよ。お礼は私達が言っておいたから」
「そんな……」
リーンフィリアは少年が既にここにはいないということに落胆する。直接会ってお礼をしたかったのに、と。
もう一度自分を救ってくれたあの勇ましい少年の姿を思い浮かべると、ポッと自分の頬が熱くなるのが分かる。
(いつかもう一度お会いしたいものね)
「――私の
「ん? なんだって?」
「な、なんでもない!」
最後の部分が声に漏れていたことに気が付きリーンフィリアは焦る。焦って否定した後に自分が騎士様などとメルヘンチックな言葉を発したおかしさにくすりと笑う。
いつか、いつかきっと。
そう胸に希望を抱いて、リーンフィリアは窓の外を覗き、この世界のどこかにいる男の子の姿を想うのであった。
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