第58話 決別
「ようやくちゃんと話せるな」
トンと元の部屋に着くと、俺はシノをジロッと睨みつける。
「まさかアンディが負けるとは――セレン、セレンは無事か!?」
ダンレンが目を向けた先に居るのはいつも勝気な少女の蹲って震えている変わり果てた姿。
「怖い、怖いよ」
セレンの目には破壊の化身と化したクロノの姿が写っている。
(あれはいったいなんなの? その場を見た自分ですら理解できない)
たった一振り、その一回の拳だけでアンディを倒しきり、セレンが気付いたときには既に部屋の中に戻っていたのだ。
倒れているアンディが運ばれていき、セレンは肩を貸されて部屋を出ていく。そうして部屋の中に残ったのはシノ、ダンレン、そして俺達だけであった。
「お前を守る者はもうそこのダンレンと外で震えている使用人たちだけだ。俺を捕えるのは諦めろ」
「……」
俺の言葉に目を閉じて、黙ったままのシノ。その横にいるダンレンでさえ最早言葉を発せずにいる。
「なんだ? 襲撃者に語る言葉は無いってか? 俺だってこんな手荒な真似はしたくなかったさ。だが、襲い掛かってきたのはお前達だろう? 自分の身くらいは守らせてくれたっていいじゃないか」
「――お前はいったい何者だ? カリン一人ではあの3人を倒すのは不可能なはずだ。間違いなくお前が絡んでいるのだろう?」
「ああ、そんなことを考えていたのか。教えても良いが、その代わりにダンレンを部屋から出ていかせてくれ」
「お、お館様を置いて出ていけるわけがないだろう!」
「ダンレン」
俺の言葉を聞き、ダンレンは声を荒らげるが、シノが静かに名前を呼び、それを制止する。
「出ていけ」
「し、しかし」
「これは命令だ。出ていけ。それと能力の使用も禁ずる」
「か、畏まりました」
強い口調に押され、スゴスゴと部屋を出ていく。
「賢明な判断だな」
そして部屋には俺、カリン、そしてシノの3人だけとなった。
(ねえ、クロノ。何者ってクロノはクロノでしょう? 今から何を話すつもりなの?)
(カリンにも初めて話すことだ)
カリンが不思議そうにこちらを見つめる。
まあ、ここに来てからこのことを話すつもりはあったのだ。というか寧ろそれをするのが目的だったところを途中で邪魔されただけなのだが。
俺は目をつむり、能力を高めていく。
徐々に黒のオーラで囲まれていく俺の姿。この姿になるのは久しぶりだ。ちょうど、魔神と戦った時以来か?
俺の体が真っ黒なオーラに包み込まれ、少しの間見えなくなる。
やがて、その覆っていたオーラも消えていき、姿を現す。
「えっ、嘘……」
「そんな馬鹿な!?」
普段感情を見せないシノですら大声を上げるほどの驚嘆。
無理もないだろう。頭からつま先まで全身を覆う黒い鎧は誰もが一度は見たことがある姿。ある者は鬼神と呼び、またある者はそれを人類の危機に瀕して現れた神の使いだと呼ぶ者。
そこには『五つの光』において最強であり、誰もがその正体を知らない“黒の執行者”の姿があったのだから。
「カリン、黙っていて悪かったな。誰にも知られたくなかったんだ。だが、大切な人を守るためならそんなことは言ってられない」
横で目を見開いているカリンに謝る。
そして、漆黒の仮面をつけた頭をゆっくりと持ち上げ、驚いているシノの顔をまっすぐに見つめる。
「あんたのそんな顔、今まで見たことが無かったな。いい気味だ」
仮面の中でにやりとほくそ笑む。
自分が無能だと思って追放した息子が魔神族を最も多く屠った英雄だったら? いつでも自分の都合に合わせて操れると思っていた奴が世界で最も影響力を持ち得る存在だったら?
そんなことを伝えるために正体を明かしたわけではない。俺が正体を明かした理由は単純明快だ。
「俺の大切な人達に近付くな。もし、次にこんなことがあってみろ?」
そこまで言い切り、しっかりとシノの目を見据えて言う。
「黒の執行者の全力を以てお前の全てを潰してやる」
冷徹に放たれる言葉は脅迫そのもの。それも世界で最も影響力を持つ脅迫だ。
まさに“黒の執行者”としての姿を見せつけると、驚くシノをそのままに俺はカリンを連れて屋敷から出ていく。
♢
「いや~、カリン様と一緒にいる時は心底驚きましたよ」
「すみません、お邪魔します」
バードさんを呼び、今、俺とカリンはアークライト領に向かう馬車に揺られている。
「なあ、カリン。これからどうするんだ?」
「う~ん、冒険者でもしようかと思っていたけど、クロノの近くにもいたいし」
あまり後先を考えずに家に断絶宣言をしたカリンにはぁとため息を零す。
「もっと考えてから行動しろよ……」
「だから言ったでしょう? 想定よりも早くなったって」
確かにそんなことを言っていた気もするな。
「……仕方ない。俺が公爵様に聞いてみるか」
二人を乗せた馬車がガタン、ガタンと道端の小石に車輪を乗りあがらせながら進んでいく。
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