第27話 俺の幼馴染に誤解された




「ねぇ? どうしてわかったの? 私、しょーくんみたいに頭良くないから……早く教えてほしいな?」




 滅多に見ることがない、まるで感情を失ったような真顔で椎名が俺を見つめてくる。

 それは椎名が俺を本気で疑い、本気で怒る一歩前の表情だった。彼女と付き合いの長い俺でも、こんな彼女の顔を見たことなんて思い返しても片手で数えるくらいしかなかった。

 先程の俺の話は、椎名にそう思わせるほどの内容だった。そんなこと、俺も分かっていた。

 椎名の真顔の圧力に気圧されて、思わず俺は一歩後退った。

 しかし俺が離れても、椎名がそれに合わせて距離を詰めてくる。真顔で、俺に顔を近づけていた。

 普段とは正反対としか思えない今の椎名を見れば、彼女を知る人間なら卒倒するかもしれない。




「あれ? もしかして聞こえなかったのかな? 早く教えて?」




 いつまでも俺から返事がないことに、椎名が首を傾げた。それは壊れたオモチャを連想させるような動きだった。

 普通に怖かった。問答無用で、拒否など許さない圧を感じる。




「勝也さん。早くお答えください。私の過去を覚えてるのか、それとも覚えていないのか」




 そして背後から遠野さんが急かしてくる。

 俺が声の方に顔を向ければ、迫真極まる表情で遠野さんが俺を見据えていた。

 この反応、やはり俺に知られているのがマズイと思って良い。それに加えて、まだ動揺してくれている。

 今どうにかしてこの状態の遠野さんを追求すれば、彼女が俺の幼馴染じゃないことを証明できるかもしれない。


 しかし問題は、俺の目の前にいる椎名の存在だった。


 俺を信じてくれていた椎名の気持ちが、一瞬で正反対に変わろうとしている。それを抑えないと後々に後悔するのは目に見えている。誤解させたままにすれば、絶対に椎名は俺を許してくれないかもしれない。


 だからこの場で、俺は椎名の誤解を解かないといけなかった。


 だが、俺の幼馴染と公言する遠野さんを今後も黙らせたい気持ちもあった。この機会を逃して動揺している彼女が冷静になれば、俺が本当は知らないことを間違いなく推察される。この機会を、逃したくなかった。


 よって、どちらかの二択を迫られている俺だったが、両方を選ぶ選択を考えたかった。


 誤解している椎名をなんとかして落ち着かせる。そして遠野さんを追及する。これしかない。これが一番俺にとって都合が良い展開だった。

 そう考えながら俺が遠野さんの方を見ていると、俺の両頬が強い力で唐突に掴まれた。

 無理矢理顔を向けている方向を変えられて、向けられた俺の顔の前には椎名の顔があった。




「どうして私と話しているのに遠野さんの方を見てたの? もしかして私よりも遠野さんの方が大事だったの?」




 吐息すら聞こえそうな距離に、椎名の顔があった。

 本当なら心臓が高鳴る場面だが、感情を失った表情では別の意味で心臓が高鳴っていた。

 感じる圧が半端じゃなかった。この椎名を誤魔化せる気がしない。




「……そんなことあるわけないだろ。椎名が大事に決まってる」

「なら答えて? どうしてしょーくんは遠野さんの子供の頃のこと知ってたの?」




 だからそれを言ったらバレるんだって。

 頬を掴まれて動かない顔をなんとか動かして、俺はそっと椎名の耳元に顔を近づけた。




「……頼む。後で絶対に説明するから、ここは落ち着いてくれ」

「ふーん? 答えてくれないんだ?」

「今お前に説明すると遠野さんに感づかれる。バレから遠野さんが俺の幼馴染じゃないって証明できない」




 今の椎名を変に言いくるめようとすれば、間違いなく誤解される。そう思って、俺は予定を変更して正直に伝えていた。

 どうにかこれで納得してくれと願いながら、俺が椎名の耳元から顔を離す。

 これで椎名の顔が納得した表情に変わってくれと思うが――彼女の顔は変わっていなかった。




「おかしいなぁ? どうして説明できないのかな? 遠野さんがしょーくんの幼馴染じゃないなら、しょーくんが遠野さんの子供の頃の話なんて知ってるはずないって普通は思うよね?」

「はい。思います」

「それなのにしょーくんは遠野さんが幼馴染じゃないって言うんだ?」

「遠野さんは俺の幼馴染じゃない。それは本当だって」

「そんな薄っぺらな言葉だけで……私が信じるって本当に思ってるの?」




 あ、駄目だ。俺は始めから勘違いしていたらしい。

 まだ椎名は俺を信じていると思っていた。信じていた俺を疑い始めただけと思っていた。

 しかし、今の椎名の言葉で俺は気づいてしまった。

 今の椎名は、完全に俺を疑っていると。




「違う違う! 誤解しないでくれ! 本当に遠野さんは俺の幼馴染じゃない!」

「……いいよ。別にもう説明しなくて、わかったから」




 そう言って俯いた椎名が、俺から一歩、また一歩と離れていく。

 俺が離れていく椎名に近づこうとした瞬間、胸にドンと衝撃が走った。

 受けたその衝撃で、俺が数歩後ずさる。俺が前を向けば、両手を突き出した椎名が立っていた。


 それは紛れもなく、拒絶の意思だった。


 俺が唖然と椎名を見つめていると、俯いていた椎名が顔を上げた。




「……しょーくんのうそつき」




 目に涙を溜めた椎名が、消えそうな声でそう言っていた。




「ちょっと待っ――!」

「――もう聞きたくない!」




 俺が咄嗟に落ち着かせようと声を掛けようとしたが、それよりも早く椎名が背を向けて走り去っていた。

 離れていく椎名の背中を見ながら、反応できなかった俺はただ唖然としていた。

 一番マズイ展開になった。離れていく椎名を追い掛けようとした時だった。




「あら? 追いかけますの? 勝也さんが私の過去を知ってるのがよろしくなかったみたいですね?」




 背後から声が聞こえた。穏やかな、優しい声が。

 緊迫していた声から変わっている。

 そう思って俺が振り返ると、




「さぁ? どうされます? 私との問答を放棄するか? それとも成瀬さんを追われるか?」




 いつも通りの表情に戻っていた遠野さんがそう告げていた。

 遠野さんの態度が戻っていることに、俺が言葉を失う。そして続けて彼女が告げた言葉に、俺は顔をしかめることになった。




「ところで勝也さん? 他にはどんなことを知ってますか? 子供の頃の私を、是非ともお話しくださいな?」




 微笑んでそう話した遠野さんに、俺は額の皺を無意識に寄せていた。

 バレたかもしれない。遠野さんの態度が、そう言ってるような気がした。









――――――――――――――――――――



この作品の続きが気になる、面白そうと思った方、レビュー・フォロー・応援などしていただけると嬉しくて執筆が頑張れますので、よければお願いします。



――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る