第2話 俺の幼馴染は赤面する




 高校生になって、気づけばもう2週間も経っていた。

 と言っても、別に中学生から高校生になっただけで、俺の生活自体に特別な変化は起こらなかった。

 そもそも俺が高校受験を受けたのが自宅から徒歩で通える公立高校だった時点で、特別な変化なんてないだろう。単に通う学校が変わっただけ、その程度の変化しか俺は実感できなかった。

 また中学校からの友達も、その大半が俺と同じ高校に受かっていたもあって高校から友達が全くいないなんていうありきたりな環境の変化もなかった。

 強いて変わった点があるとすれば、高校から授業が難しくなって、給食が無くなったくらいだろう。学食、購買なんてものを使う日が俺に来るかは、今のところ未定だった。

 こと昼飯に関して、俺が困る予定は今のところなかった。




「相変わらず楽しそうだな。入学式から2週間も経ってるのに……そろそろ慣れたらどうだ?」




 流石に通うのにも慣れた高校までの通学路。俺は少し先で楽しそうにスキップしている椎名を見ながら、つい苦笑していた。

 高校入学時、椎名は自分が高校生になったととても喜んでいた。終始嬉しそうに、楽しくスキップなんてするほどだった。

 入学式から2週間も経てば流石に少しは落ち着くだろうと俺も思っていたんだが、椎名は入学時と全く変わっていなかった。




「だって高校生だよ! 新しい友達も増えたし、楽しいこといっぱいあるんだもん!」

「そりゃ良かった。俺は何も変わらないと思ってるけどな」




 スキップをやめて楽しい感情が抑えきれないと満面の笑顔を見せる椎名に、俺は素直に思っていることを口にしてしまう。

 俺の反応がお気に召さなかったのだろう。椎名が不満そうに口を尖らせていた。




「むっ! 学校の制服が可愛くなったとかあるでしょ!」

「それは女子だけだ。男子は別に対して変わらないって」




 中学校のセーラー服から高校はブレザーに変わり、確かに女子の制服は可愛くなった。俺達の新しく通っている高校の制服が可愛いと評判なのも頷けた。

 別に制服が可愛かろうと可愛くなくても、椎名が可愛いのは変わらないんだが……椎名のセーラー服姿、好きだったんだけどな。




「男子は学ランからブレザーに変わったでしょ! ちなみにブレザー姿のしょーくんもカッコいいよ! 大好きっ!」

「はいはい、ありがとう。あと人前で大好きとか言うな」




 通学路で恥ずかしげもなく叫ぶ椎名に、俺は小さな溜息を吐いた。

 昔から、本当に椎名は俺に対する気持ちを隠すことすらしない。こういうことを平気で口にするのはもう少し控えてほしいんだが……言われて嬉しいのは確かだが。




「えー! しょーくん、冷たい! 私のこと好きじゃないの!」

「いや、普通の反応じゃない?」

「全然! そんなだと私、しょーくんのこと嫌いになっちゃうよ!」

「嫌いになられるのは困るなぁ、どうしたら許してくれる?」

「じゃあ私の制服姿をどう思うか正直に言ってくれたら許してあげる!」




 そう言って、不貞腐ふてくされた顔から変わって椎名が俺の前まで笑顔で走って来る。

 そして彼女はその場でくるりと一回転して、俺に制服を見せつけるように回っていた。

 椎名のスカートがひらりと揺れ、椎名の長くて綺麗な黒髪がふわっと舞い上がる。そして鼻腔びこうをくすぐる女の子特有の匂いが、俺の頭を悩ませた。

 昔からコイツ、なんでか知らないけど良い匂いするんだよな。椎名の家の匂いでもないし、シャンプーとかの匂いでもない。

 別に俺が匂いフェチなんて特殊性癖があるわけじゃない。

 見せつけてくる椎名の制服姿を眺めながら、俺はそんな疑問を胸の中だけに収めて、誤魔化すように肩をすくめた。




「今日もお前は可愛いぞ」

「……本当~?」




 椎名が首を傾げて、俺の顔を覗き込むように見上げてくる。

 170cm以上の俺と160cmくらいの椎名との身長差で、必然的に彼女は上目遣いになっていた。

 ほぼ毎日見ている顔のはずなのに、こういう仕草を見るとたまにドキリとされられてしまうのは――正直悔しかった。

 俺だけ心を乱されるのは癪だった。だからたまにはやり返そうと、俺は素直に答えることにした。 




「本当だって、それに俺はお前を可愛くないなんて一度も思ったことない。制服姿でも、そうでなくても、いつでもお前は可愛いから安心してくれ」

「わわっ……!」




 俺の言葉で椎名の顔が急にポッと少し赤くなった。両手で口元を隠しているが、俺には彼女がにやけているのは丸見えだった。 

 



「珍しくしょーくんが可愛いって言ってくれたっ!」

「それぐらい俺も割と言うだろ」

「全然言わない! 私が沢山好きって言っても、しょーくんって私に好きって私に言ってくれないし!」

「付き合ってもないのにそんなこと堂々と言えるかよ……」




 それができるのは交際している男女だ。

 俺と椎名はまだ付き合っていない。そんなのは交際している男女の特権だ。




「えー別に良いじゃん! 私、しょーくんに沢山好きって言って欲しいのに!」

「お前が俺に勝負で勝ってくれれば、それくらい何度でも言ってやるよ」

「…………」




 俺がそう答えると、椎名がきょとんと呆けていた。

 何かを考えているらしい。そして数秒後、椎名の顔が急にトマトのように真っ赤になっていた。




「ひぅ……」

「お前がなにを想像したかは聞かないでおく」

「……いじわる」




 本気で顔を見られたくないのか椎名が俺に背を向けて、その場でしゃがみ込んでいた。

 一体、椎名は何を想像したんだろうか。おおよその予想はできたが、それを訊くこと自体が俺には恥ずかしかった。

 俺と家族のように過ごしてきた仲の椎名でも、流石にそういうことは恥ずかしいらしい。良い勉強になった。




「……ねぇ、浩一こういち。あれを見て。こんな朝からあんなの見せられて、もう私は砂糖でも吐きそうよ。今日はもう帰ろうか本気で悩んでるわ」

「珍しく意見があったな、朝子あさこ。俺もだ」




 そんな時、俺の後ろから聞きなれた声がした。

 俺が振り向くと、当然ながら知っている顔があった。




「珍しいな、浩一と朝子の二人が朝から一緒にいるなんて」

「たまたまさっき会っただけだ。お前と椎名みたいにこんな可愛くない女とずっと一緒にいるわけないだろ?」

「ふんっ!」




 俺の中学校から友達の二人の片割れ――葉月朝子はづきあさこがもう一人の友達の奥村浩一おくむらこういちの脛に向かって、全力で足を振り抜いていた。

 朝子の細い足で脛へ撃ち込まれたその蹴りによって、浩一は苦悶くもんの表情で地面に倒れ込んでいた。

 しばらくうめく浩一だったが、痛みが引いたのか立ち上がると朝子を涙目で睨みつけていた。




「――いっでぇな‼ なにしやがる‼」

「アンタが失礼なこと言うからよ!」

「乱暴な女だな! だからいつまでもお前は彼氏ができねぇんだよ!」

「うっさいわね! 彼女いないアンタに言われたくないわ!」

「あぁん!? ぶっ飛ばずぞ!」

「やれるもんならやってみなさいよ! 2度と私に歯向かえないようにしてやるわ!」

「上等じゃねぇか!」




 唐突に始まった朝子と浩一の喧嘩。ふとした時に始まる見慣れた光景だった。

 犬猿の仲と言われているが、俺からすればとても仲の良い二人に見えていた。

 なんだかんだと喧嘩しても二人は友達なのだから、ある意味相性が良いのではと密かに思っている。




「いつも思うが仲良いよな。二人とも」

「「うるさいっ‼」」




 息がピッタリだった。




「真似してんじゃねぇよ! このブス!」

「そっちが真似してんのよ! デカノッポ!」

「チビの女がわめいてんなぁ! あっ、そこにいたのか! 小さくてどこにいるか見えなかったわ!」

「デカくて邪魔な木偶でくの坊が喚くのはみじめねぇ! 田舎の畑でカカシでもやればぁ?」




 顔を突き合わせて、二人が威圧し合う。こうなるといつまでも二人は喧嘩を続けてしまう。

 俺の前方に喧嘩する二人。そして後方にしゃがんでもだえる椎名。

 非常にカオスだった。




「いつまでも喧嘩してないで学校行くぞ。流石に遅刻しそうだ。それに椎名も元に戻さないといけないし」

「……確かにそうね。椎名は私が見るわ」

「ふん、逃げやがって」

「――ふんぬっ!」




 俺の声に朝子が一番に反応していたが、浩一は喧嘩をやめるつもりはなかった。

 目を吊り上げた朝子がもう一度浩一の脛に蹴りを放って、彼女はとてとてと座り込む椎名に歩み寄っていた。




「ほら、もう落ち着いたでしょ? 学校行くよ?」

「うぅ……あーちゃん。しょーくんがいじわるした」

「あとで勝也にビンタでもすれば良いわ。私も一緒にしてあげる」

「それだとしょーくんが痛いからやだ。可愛いのが良い」

「……あとで膝枕でもして、赤面させてあげれば?」

「膝枕……? それ……すごく良い」

「なら行くわよ。さっさと起きなさい」

「うん。起きる」




 流石は朝子、同性なだけあって椎名の扱いが上手い。

 そしてどさくさに紛れて俺にビンタしようとしたこと、忘れないからな。

 立ち上がった椎名が朝子に抱き着いて、二人が歩きずらそうに学校へ向かっていく。

 俺は二人の背中を見ながら、ひざまずいている浩一を見下ろしていた。




「いっでぇ……!」

「おい、早く行くぞ」

「お前、冷たいぞ」

「自業自得だ。馬鹿」




 遠くなる椎名達の背中を追い掛けるように、俺と復活した浩一は歩き出していた。




「で? 朝の椎名の勝負は?」




 じゃれ合う椎名達の背中を追い掛けていると、浩一がそんなことを訊いてきた。

 これも、いつもの朝の会話だった。

 俺はいつも通りの答えを返した。




「俺の勝ち」

「だよなぁ……」




 分かっていたと浩一が苦笑している。

 そして何を思ったのか、浩一は制服のポケットの中に手を入れると何かを取り出していた。

 浩一が俺に見せてきたのは、1枚のコインだった。普通に10円だった。

 それを見て、俺は浩一が何をしたいのかすぐに察していた。




「じゃあ、俺も一発やってみるか」

「ご自由に」




 たまに挑まれる浩一との勝負。

 浩一がコインを上に放り、手の甲でキャッチして表か裏か俺が当てる。単純な勝負だった。

 俺の声に、浩一がコインを放り、手の甲で受け止める。そこまでのコインの動きを、俺は無意識に見つめていた。




「裏」

「本当、お前ってよな」

「慣れれば誰でもできる」

「できねぇよ」




 けらけらと浩一が笑う。

 浩一の手の甲にあったのは、裏のコインだった。








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