Case.10
椅子に座っていた獣人の同僚たちが、床にへたり込むようにして座ってしまってから、誰ひとりとして声を発するものはいない。あのアムルさんでさえ、俯いて何も言わなくなってしまった。
(これは……)
ハッとしてロブストさんの方を見ると、鼻の上に皺を寄せて忌々しそうに喉を鳴らしていた。
「こんなに早く使うことになるとは思わなかったが……。いい機会だ、君らには先に
教えておこう」
「これは我々『Kー9』の最大の武器であり、最大の弱点だ」
腕を組み、僕らを見下ろすロブストさん。その迫力は、離れているのに、肌にビシビシと伝わってくる。
イヌ科の獣人たちの特性……それは、他の獣人たちよりも順応性が高く、それゆえに自分が組織に属しているという強い自覚がある場合、自分よりも上の立場にいる、いわゆるアルファとなる存在に逆らえなくなってしまうのだ。ただ、全てのヒトや獣人に従順になるわけではなく、同じイヌ科であることが前提であり、例外として『ハンドラー』と呼ばれる特異体質を持つヒトにも発揮される。
そしてその性質は、良いようにも悪いようにも利用されてしまう。僕らが所属するような機関のようにいい方面に作用することもあれば、意図せず事故が起こってしまったり、立場を利用した犯罪に巻き込まれてしまったりすることも少なくない。そのため政府は、彼らを保護するための教育や法整備に力を入れている。
(だから、話には聞いていたけど……)
自分の意思に反して行動をコントロールされ、青い顔をして俯くイヌ科の獣人たちと、自分の何気ない発言でこうも簡単に他人を操れてしまうかもしれないと知った僕たちハンドラー。双方がそれぞれ抱える恐怖感が室内に充満し、それがピークに達した頃。
「
ロブストさんは、命令を解いた。
獣人たちはそれでも床に座って動けずにいたため、ロブストさんはヒトに彼らが立ち上がるのを手伝ように指示を出す。僕らでさえ目の前で起こった一連の出来事に対する動揺はまだ抜けきっていない。けれど、心身ともにショックを与えられた獣人たちの負担は計り知れず、僕たちヒトははすぐさま動き出して、自分の近くにいた獣人ひとりひとりに声をかけていく。
ただ、ロブストさんの前で座り込むアムルさんとレオーネさんの傍には誰もいない。二人だけが、取り残されている。後ろ姿でも、その体が小刻みに震えているのが分かった。それをみて、僕は迷わず前に向かって歩き出した。もちろん、富樫さんも。そして僕はアムルさんの隣に、富樫さんはレオーネさんの隣で、少し離れた位置でしゃがみ込んだ。
傍に行くと、体が震えているだけじゃなくて呼吸も乱れていることが分かった。ㇵッ、ㇵッ、と、浅く短い呼吸を繰り返している二人に、富樫さんが声をかける。
「私、富樫です。向こうは、蓮川君。いまからちょっとだけ、あなた達の体に触れるけど大丈夫かな?」
冷静かつ穏やかな富樫さんの声掛けに二人の耳がピクリ、と反応する。彼女たちがなんとか頷くのを待ってから、僕たちは触れられる距離に近づいた。
「はじめまして。君の名前はレオーネ?」
こくん、と微かに頷いたレオーネさん。俯いたままの彼女を覗き込むと、目を見開き口元を噛みしめながら、苦しそうに胸を押さえている。その様子を確認しながら、刺激しないように話しかける。
「富樫さんも言っていたけど、今からレオーネさんの肩と背中を触るね」
それから言った通り手を添えると、一瞬だけ体が跳ねる。大丈夫?と声をかければ、また小さく頷いた。背中をトントンと優しく宥めるように叩きながら、肩を擦って、呼吸を合わせるように指示し、一緒に深呼吸をする。そんな僕たちの様子を見ていたロブストさんから、声がかかった。
「蓮川巡査、富樫巡査、すまないがこの二人を医務室に連れていってくれ。場所はこの部屋をでで、左側に向かって、そこから突き当りをまっすぐだ。部屋の外にも医務室の表示がある。」
そう言って、他の獣人たちを見渡した。
「オリエンテーションは一時中断だ。一時間後の午後14時から再開する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます