第21話:剣士アリシア 15
アリシアが訓練をしている頃、ヴァイスはアーノルドと共に体の状態を確認していた。
「痛い! 痛いですって、おじさん!」
「我慢しろ! ……しかし、思っていた以上に体が硬いなぁ」
「いてててて」
背中を押されていた手が離れると、ヴァイスは腰をさすりながら立ち上がった。
「……なあ、おじさん」
「どうしたんだ?」
「その……俺じゃあ、父さんの剣を受け継ぐことは、できないのか?」
ヴァイスは不安そうな声でそう口にする。
「どうしてそう思ったんだい?」
「その、体が硬いって言っていたから、それじゃあダメなのかと思って」
一人の剣士として見れば、柔軟性は絶対的にあった方がいいに決まっている。
剣を振るにも幅が広がるだけでなく、怪我の心配も軽減できる。
しかし、それは一般的な剣士の場合であって、ヴォルスの剣に限っていえばそうではなかった。
「安心しろ、ヴァイス。ヴォルスの剣は、お前にピッタリなはずだよ」
「そ、そうなのか?」
「あぁ。あいつはお前以上に体が硬かったからな。そのくせ何故か怪我をほとんどしないし、不思議な奴だったよ」
「……へへ、そっか。俺、父さんの剣を受け継げるんだな」
「だがな、ヴァイス。ヴォルスの剣を受け継ぐということは、それ相応の努力と苦難が待っているということでもある。それに耐える覚悟はあるのか?」
アーノルドだからこそ知るヴォルスの剣。
ディラーナ村にアーノルドがいなければ、剛剣という二つ名はヴォルスに与えられていただろうと彼は思っている。
むしろ、アーノルドは今でも剛剣の二つ名はヴォルスにこそふさわしいと思っているくらいだ。
恵まれた体躯に甘えることなく体を鍛え抜き、そこから放たれる一撃は硬い鱗を持つ魔獣であっても一撃で両断してみせたほど。
それだけの剣技を身に付けようというのだから、並大抵の努力では足りないはずだ。
「ありがたいことに、ヴァイスは同年代の男の子より背が高いし、まだまだ伸びるだろう。あとは君の努力次第だが?」
「やります! やらせてください!」
軽く脅すつもりでやや低い声音で告げたものの、ヴァイスは即答でやりたいと口にした。
「父さんの剣を受け継ぐのは俺しかいない! それに、ここには守りたい人たちがたくさんいるんだ! 俺が強くなって、みんなを守るんだ!」
男なら誰でも一度は思うことだろう。
強くなりたい、大事な人を守りたい、父親の背中を追い掛けたい。
ヴァイスは今、その全てを一度にやってしまおうと考えている。
アーノルドに息子はいないが、それでもヴァイスの想いを叶えてやりたいという気持ちは強く持っていた。
「……わかった。私が教えられることは全て教えてあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし! 途中で投げ出すことは絶対に許さない、それだけは約束するんだ!」
「はい! よろしくお願いします!」
力強い返事を受けたことで、アーノルドはヴァイスへの指導方針を決めていくことにした。
とはいえ、ここはアリシアの時に比べると楽なものだった。
それはヴァイスへの指導はヴォルスが使っていた剣を見本として教えるからだ。
「しかし、アリシアとは真逆の剣になるなぁ」
「アリシアはおじさんの剣を習っているんですか?」
「いいや、違うよ。アリシアは、アリシアの剣を身に付けようとしているんだ」
「アリシアの剣?」
「まあ、まだまだだけどな。それに、ヴァイスはアリシアのことではなく自分のことを心配することだな」
「は、はい!」
この時、アーノルドは知らなかった。
ヴァイスが口にした守りたい人の中に、片思いの相手であるアリシアも含まれているということに。
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