第150話あれはもう病気なのだ

 その瞬間スフィアは瞬時に身体強化の魔術を行使した後、木剣になにやら付与魔術を行使しているのが見て分かった。


 その間十秒ほどなのだがハッキり言ってこれが模擬戦ではなく正真正銘の殺し合いであればこの瞬間に殺されていただろう。


 その事を考えればスフィアの魔術行使にかかった時間は同年代からすればかなり早い方なのだが実戦形式の模擬戦であれば開始早々に行使するのは自殺行為では? と思える程に遅すぎるといえよう。


 なので俺はその間に気配を消し、また体重移動によって身体がブレないように注意しながら真っすぐ一歩踏み込んでスフィアの喉元に木剣の切っ先を突きつける。


「……え?」

「俺の勝ちだね。 じゃぁ戻ろうか」


 そして木剣の切っ先を突きつけられたスフィアは何が起こっているのか理解できていないのか目を白黒させながら動揺しているのが手に取るように分かる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 流石にこんな終わり方じゃ納得できませんっ! もう一度模擬戦の手合わせをお願いしますっ!」

「え? 嫌だよ」


 流石にあんな終わり方ではスフィアは納得できないのかスフィアはもう一度模擬戦をさせて欲しいと言って来るのだが、俺はそれを断る。


 スフィアはたとえ俺に負けたとしてもあの一瞬であろうと自分の実力の高さを周囲に見せつける事ができたし、俺は逆に不意を突き卑怯な手段ではあるもののスフィアに勝利する事ができたという評価になるだろう。


 それはスフィアの方が強いけど今回はたまたま開幕からバカの一つ覚えのように何も考えずに突撃した俺が勝利したと思われるという事である。


 しかもこの場合はスフィアの準備が整うのを待たずに攻撃した俺は卑怯者というレッテルまで貼ってくれるのだ。


 こんな良い隠れ蓑を手に入れたのにそうそう手放すかもしれない事ををする訳が無いだろう。


「ちょ、ちょっとっ! 待って──」

「かぁぁぁぁああつっ!!!」


 そしてそのまま俺がクラスメイト達がいる場所まで戻ろうと歩き始めたのを見てまだ納得がいっていないスフィアが止めようとした次の瞬間、アーロン先生の怒号が響き渡る。


 どうやらこのごたごたにより周囲の目が俺とスフィアに向いている隙に回復魔術を高出力で行使して一気に回復させたらしく、仁王立ちをしてスフィアを睨むアーロン先生の姿が目に入って来る。


 というかいちいちそんな大声を出す必要ないと思うのだが、あれはもう病気なのだと思う事にする。


「これが殺し合いならば同じ言い訳は通用しないぞっ!」

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