元気っ娘JDは我慢する



 「こんにちは!恋海からちょいちょい話は聞いてたよ~よろしくね!」


 ……あれ?

 なんかこの声聞いたことあるような……。


 

 恋海から元々聞いてはいたけれど、目の前に立った青年はとてもカッコ良かった。

 175cmほどの身長。筋肉質なわけではないけれど、過剰に細かったりするわけでもなく。


 白のダボっと着たTシャツに、ワンポイントで首からかけた革製のタイプのネックレスが主張しすぎず良いアクセントになっており。

 柔和な笑みは、こちらに悪感情が一切ないのが伝わってきた。


 「……みずほ?」


 (……っと、ダメダメ。恋海が好きになった相手なんだし、私には心に決めた運命の人が……!)


 これは恋海が惚れるのもわかるなあ、と思っていたら恋海が心配そうに声をかけてきた。

 私としたことが!ちゃんと挨拶返さないと。


 「おおお!!これは失敬!あなたが将人さん!恋海殿から話は聞いてますぞ~!」


 「あ、え、そうなの?」


 それはもうたっぷりと、ね。

 もう最近は恋海の惚気話は友人間で恒例行事となりつつある。


 きっと大いに色眼鏡が通してあるんだろうと思っていたが、案外そうでもなかったのかもしれない。

 

 言葉を交わす中で、ずっと目の前の青年は笑っている。それにつられて、恋海も笑っている。

 ほんとに、眩しいくらい。

 

 (いいな、恋海は。私も、運命の人見つけられたら、こんな風に、なれるかな……?)


 今はまだ、会えてすらいないけれど。

 あれだけ優しかった人なのだから、それくらい夢は見ても、いいよね?















 






 

 恋海が教室に忘れ物を取りに行っている間。

 そういえばまだお願いをしていなかったと思って、私は将人君に向き直る。


 これを伝えておかねば!どこにどんなヒントが転がっているかわかりませんからね!


 

 「実はですね……将人君には、私の運命の相手を探すのを手伝ってほしいのですよ!!」


 「ええ?!」


 将人君が目を見開いて驚いている。表情が豊かな人だなあ。


 「実はですね、事情を深く話すわけにはいかないのですが……私には運命の人がいます。そしてその人はおそらく……この大学の1年生なのです!!」


 「ほ、ほうほう……?」


 「だから男子である将人君には、よろしければ、その人を探してもらいたく!!」


 やっぱ男子間のネットワークとかもあるかもしれないしね……。

 

 「い、いいけどその人はなんて名前なの?」


 「知りません!」


 「知らないんかーい!」


 私が大きく腕でばってんのジェスチャーをすると、将人君もおおげさにのけぞった。反応が楽しいな!


 「え、じゃあせめて学部とか、特徴とか……」


 「学部もしりません!なんならこの大学の1年生であるとは思いますが、確実ではありません!」


 「条件がキツすぎるよ?!」


 自分で言ってておかしなお願いだな、とは思う。

 それでもあきらめるわけにはいかないのです!


 「でもその人はオールバックで、身長は……将人君くらいだったかなあ……?」


 「ほんほん……オールバックは確かに珍しいね」


 そう、普段からもしあの彼がオールバックなのだとしたら、比較的早く見つかる気がする!

 大学内でオールバックの人あんま見たことないし!


 「将人君の男子ねっとわーくを使って是非……見つけたら教えてくださいっ!」


 「そりゃお役に立てればとは思うけど……」


 将人君が難しそうな顔。

 やっぱりいきなりこんなことをお願いするのは図々しかったかな……?

 そう思い、将人君の表情を窺うと。


 「俺……友達いないんだよね」


 飛び出してきたのは意外な言葉で。


 「なんと!!!!」


 恥ずかしそうに苦笑する将人君。このイケメン、そんな仕草も絵になるのズルいなあ!


 「だから、一応そんな感じの人見つけたら教える……くらいでもいいかな?」


 「真面目っ!!ありがとう!ご協力感謝感謝です!」


 そういえば恋海が将人君は遅れて入学したから友達が少ないみたいなこと言ってたな……これは申し訳ないことを……。

 

 そんな話をしていると、向こうから小走りで恋海が戻ってきた。


 「ごめんありがとう~!じゃあ行こうか!」


 「ほいお帰り~」


 「恋海!将人君にも私の運命の人探し手伝ってもらうことにした!!」


 「おお~良かったじゃん!将人、なんか思い当たる人いたの?」


 「いや、それは全然わかんないや」


 恋海と将人を連れたって、駅への道を歩いていく。

 なんだかとても、これからは楽しい大学生活になるような気がする!




























 大学から最寄りの駅までは歩いて10分ほど。

 10分なんていう短い時間は、3人で話しながら歩いていればすぐだった。


 

 「それじゃ私、こっちの電車だから~!またね!」


 「は~い!また明日!」


 「またね~!」


 偶然私と将人君は同じ電車で、恋海だけ別方向。

 恋海をホームまで送って、私と将人君は違うホームへと向かう。


 そうだ、せっかく将人君と2人になっちゃったし、気になる事聞いちゃおう~っと。


 「実際、恋海とはどんな関係なんです~?」


 「え?ん~そんな疑うようなことじゃないよ。友達だよ友達」


 「え~本当かな~?」


 うりうり、と肘で将人君の脇をつつく。

 ちょっとでも動揺してくれれば、恋海にもチャンスあると思うんだけど……。


 「なんだろ、恋海って本当優しくてさ。誰も友達がいなかった俺にこんだけ優しくしてくれて……正直感謝してる。だからなんだろ、裏切りたくないって気持ちの方が強いかな」


 「……」


 真面目。将人君は大真面目である。

 う~ん、これだと今の所好意に気付いてはもらえてなさそう……?頑張れ恋海……。


 「そんな恋海からずっとみずほちゃんはいい子だって聞いてたからね。仲、良いんだね」


 「なんと!恋海もたまにはいい仕事するなあ!そうです!私は良い子なんです!」


 「あはは。自分で言うんかい!」




 将人君との会話が心地よくて、楽しくて。

 だからだろうか。

 油断していた、のかもしれない。



 

 目の前から歩いてくる2人組を見て……私は背筋が一気に凍り付く。


 「…?みずほちゃん?」


 とっさに将人君の影に隠れるように後ろに回り込む……けど、もう遅かったようで。



 「……ん?」



 目の前の2人組……それは、私の所属するバドサーの先輩で、私が告白した相手けいとさんと、そのけいとさんと仲が良い、3年生のさつき先輩だった。


 気付かれませんように……そう思っていたけれど、通り過ぎる時、けいとさんと目が合ってしまう。





 「やっぱりそうじゃん。なんだっけ、戸ノ崎……?みずほとか言ったっけ」


 「……」


 最悪だ。

 よりにもよってこんなタイミングで……。



 「ああ、けいとに告白してきたっていう1年生?」


 「そうそう!さつきおめーが1年に構えとかいうから勘違い女が生まれちまったんだよ」


 「え、私のせいなの?」


 ……早く、立ち去りたい。

 将人君の背中を押して、行こう、と小さく呟いた。


 

 「おいちょっと待てよ」


 けど、それを許してくれないけいとさん。



 

 「なに?告白したクセにもう乗り換えたの?いいねえ~変わり身早くて。ブスは男に媚びてないと生きていけないの?」


 「けいと流石に……」


 顔は見ていないけど、声音だけでわかる。

 明らかにこっちを嘲笑った口調。きっとニヤニヤしながらこっちを見ているに違いない。


 見たくも、無かった。


 「ほら、好きな男が声かけてやってんだからこっち見ろよ。おもんねえだろ」


 最悪だ。

 こんなとこ、将人君に見られているという事実も。せっかく仲良くなれたと思っていたのに、幻滅されてしまう……。


 思い出したくもない告白の日。

 言われた言葉がフラッシュバックする。


 またみっともなく泣きたくなんて――。










 「俺は部外者で、何があったのかとかは、よくわかんないスけど」









 いつの間にか、私と先輩達の間に、将人君が立っている。











 「一つだけ、わかってることがあるんで撤回してもらっていいスカ?」


 「……あ?誰だよお前」


 「俺はそっすね。みずほの友達です」


 「あーね。やっぱそうだと思ってたけどまさか彼氏なわけねーよなあ。こんなブスと付き合って」


 「それだよ」



 表情は見えない。


 けど、語気が荒立っているのは、見なくたってわかる。


 







 「ブスじゃねえ。可愛いだろみずほちゃんは」


 「……はあ?そこ?」



 「俺は、細かいことはよくわかんないス。話も人伝いにしか聞いてないし。けど、あんたが言ったことで、一つだけはっきりと間違っていると言えることがあるなら、この子はブスじゃねえ。内面も、容姿も。心優しい、素敵な女の子だ」


 


 ……。







 「は、はあ?お前わかってんのか?ほんの数日前にこいつは俺に告白してきて、いわば俺の方が上の立場にいるわけ。それを――」


 「上ってなんすか?告白された側は、告白した側より上なんすか?」


 「そりゃ当たり前だろ、どう考えたって好きになられた奴の方が」


 「それこそ勘違いも甚だしいですね。虫唾が走ります。好意をもって想いを伝えてくれた子に対してその態度が気に食わないですね」


 「……!てめえ……!」



 

 けいとさんが将人君に近づいていく。

 ……止めなきゃ。


 なのに。


 どうしてこんなに心臓がうるさいのだろう。


 どうしてこんなに顔があついんだろう。


 将人君の後ろで、彼のシャツをぐっ、と握った。



 

 「んじゃあお前はこいつとでも付き合えるんだな?俺はこんなブスとは付き合えないけど、お前は付き合えると」


 「そうやって本人の意思も介さず、ただ自分の価値を確かめるための道具としか思っていないあんたと、同列で彼女を語りたくないですね」


 「……お前、バカだな。せっかく顔はそこそこいいのに……もういいわ。興ざめだよ。さつきなにボケっとしてんだ、行くぞ」



 




 

 ……。

 けいとさん達が去っていく。


 残されたのは、私と、将人君だけ。

 







 「あー……ごめん、みずほちゃん。サークル……行き辛くしちゃったよね……考え無しでこういうことやるもんじゃないな……」


 「……」



 関係ない。どうせもうバドサーは既に行きにくかった。

 そんなことより、将人君を巻き込んでしまった事の方が申し訳なくて。


 けれど、それ以上に。






 「全然どんなやりとりがあったかもしらない俺が、首突っ込むのはダメかなと思ったんだけど……我慢できなかったや。ごめん」


 「……」


 

 やめて。やめてよ。


 優し、すぎるよ。


 だって。私には心に決めた人がいて、目の前のこの人は、恋海が好きになった人で。




 




 「あー、なんか飲む?あそこのカフェの新作、気になってたんだよね。お詫びに奢るよ?」



 

 ぎこちない笑みが、どうしようもなく胸に刺さる。

 胸の高鳴りが抑えられない。




 


 あぁ、羨ましいなぁ。



 恋海はこの人を好きだって、声高に言えるんだ。



 大きく、深呼吸。

 その程度じゃ、この胸の高鳴りは抑えられないけれど、多少はマシになる。

 

 頑張れ、私、と。小さく呟いてから。



 「ありがとう将人君!いや~!恥ずかしい所を見られちゃったな~!!そうなんです!私あの人に告白して玉砕しちゃったんだよね~!そりゃーもうこっぴどくフられてさ、恥ずかしいのなんの!あんな人だって知ってたら、告白なんて――」


 瞬間、ぽん、と肩に手を置かれた。


 「無理しないでいいんだよ」


 「え……?」


 「無理しなくていい。辛い時は、辛いって言っていい。俺は……まだみずほちゃんと会ってほんの数時間しか、一緒にいないけどさ、みずほちゃんが明るく振舞おうとしてるのはわかってるから。でも、辛い時まで無理する必要ないよ。あんなこと言われて、傷つかない人なんて、いないんだから」


 「……」


 「あそこのカフェで、新作買ってくるね!だからちょっとだけ待ってて。その間に、いろいろ整理するといいさ。いくらでも話は聞くから。だから、無理しないで」



 将人君は、そう言ってカフェの方へと歩いていく。

 その後ろ姿が、見えなくなる。


 私はしゃがみ込んで胸を抑えることしかできなかった。



 

 「苦しいよ……」


 

 涙がこぼれた。


 でもこの涙の理由はきっと、あの時とは違う。


 私ってこんなにチョロかったかなぁ……?

 なんでだろう。あの声が、あの姿が、どうにも胸の内に響いて仕方ない。



 

 この胸に沸き上がる感情の名前を、私は知っている。



 けど、それを言葉にしてしまったら、ダメ。



 ――運命の人がいるから。


 ――恋海の想い人だから。



 

 「我慢……我慢しなきゃ……!」



 

 恋海への申し訳なさと。

 将人君への感情と。


 運命の人との出来事。




 たくさんの私の感情が混ざって、涙になる。



 こぼれ落ちていく。






 ああ。






 恋って、好きって、こんなにも難しい。





 

 

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