元気っ娘JDは紹介される


 

 いよいよ季節は夏を迎えるということもあり、朝は暑さのせいで起こされることも多くなってきた。

 俺はいつものように寝ぼけまなこをこすりながら、だらだらと遅い朝食兼昼食を頬張り、大学へ行く準備を整える。

 

 今日の3限は恋海と一緒の授業だから、早めに行かないとな。

 いつも席取ってもらうの悪いし。


 そう思って鞄に荷物を詰めこんでいると、唐突に家のインターホンが鳴り響いた。


 「おーい将人いるー?」


 「あら、藍香さんや」


 今や俺の保護者代わりとなって久しい藍香さん。

 たまに夕飯提供してくれるし、相変わらず頭は上がらない。


 「はいはい!おはようございます」


 「おーおはよー。多分将人が前暮らしてた施設からなんか荷物届いたよ。ほい。この段ボールに入ってんの全部そうだから」


 「おお、ありがとうございます」


 正直、この世界の俺が今までどんな人生を送ってきたのかはわかっていない。

 多分、前の世界の俺とこの世界の俺が、入れ替わった……みたいな状況なんだろうけど……。SFは苦手なんや。よくわからん。



 前の世界でも今の世界でも、両親はいないっぽい。そこは変わらないようで。

 一人っ子で親戚もろくにいなかったから身寄りがなく、養護施設的な場所で暮らしてた。んで、高校卒業を期に施設も卒業だったんだけど、奨学金で大学行こうと思ってた矢先に転移。

 

 この世界の俺も、前の世界で藍香さんみたいな人に会えてるといいけど。流石にそんな上手くはいかないか。

 


 藍香さんが咥えていた電子タバコを口から離し、空に息を吐く。


 「……ま、私は将人がどんな過去抱えてようが、面倒見るって決めたけど。もし施設戻りたいとかあったら言ってね」


 「いえ!そんなわけないっすよ。ほんと、藍香さんには感謝しかないんで。大学も卒業したら、必ず恩返しします」


 「ふふ。楽しみにしてる。とりあえず今は大学生活楽しみな~その後のことは、またその時考えればいーさ」


 「はい!」


 ひらひらと手を振って、藍香さんは帰っていく。

 本当にありがたい話だよなあ……マジで恩返ししないと。

 ……でも恩返しってもしかして『Festa』でナンバーワンになることなのか……?それは俺にはちょっとハードル高いぞ……?


 段ボールを抱えて、俺は家に戻る。

 

 「よいしょ、と」


 カッターを使って、段ボールのフタを開いた。

 中にはごちゃごちゃと色々な物が詰まっている。

 

 「懐かしい、と思うものもあるし、見たことねーってのもあるな……」


 そこは転移したからの違いなんだろう。

 使っていたボロボロのバスケシューズとかは同じでなつかしさがあるが、もらった手紙?みたいなやつは見覚えがないものも多い。こんな手紙もらったっけ?


 施設暮らしだったとはいえ、学校は行っていた。友達とか、元気してるんだろうか。


 「ん……?」


 ほとんどが見覚えのない手紙類や参考書。

 それらをかきわけていると、見覚えのあるものが目に入った。

 野球の小さいグローブと柔らかいゴムボール。


 「うわあ~なっつかし~よくキャッチボールしてたんだよなあ……」


 ――ふと、そこで考える。

 確かに、幼少期に頻繁に公園でキャッチボールをしていた記憶はある。

 けれど、そもそも誰とキャッチボールをしていたんだっけ?


  

 「んー……?ってやべ!時間が!」


 なつかしさに浸っていたい気持ちもあるが、このままでは大学に遅れてしまう。

 段ボールはまた丁寧に蓋をして、押し入れにしまっておいた。


 














 


 

 

 

 


 

 



 


 


 「将人~!おはよっ!」


 「恋海おはよ~ごめんねいっつも席とってもらっちゃって」


 「んーん!全然!私2限から来てるから大丈夫!」


 大学に着くと、恋海が俺を出迎えてくれた。

 今日はスクエアネックタイプのTシャツに、薄いレース生地の上着を羽織って、下は白のショートパンツ姿の恋海。

 恋海と結構な頻度で会っているけれど、毎日様々なコーディネートをしてくるあたり、オシャレにはかなり気を使っているんだろう。

 

 なにやら今日は、恋海の友達を紹介してくれるらしい。


 確かに最近は俺と一緒に講義を受けてくれるものだから、恋海自身の交友関係がおろそかになっていないか心配だった。

 なら、俺が恋海の友達と仲良くなって、両立できるのが一番良いと思うし、俺としては大歓迎。


 

 「でもよかった。恋海が最近友達とちゃんと楽しくやれてるか心配だったからさ」


 「もーなにそれ!お母さんみたいな言い方やめてよー!」


 「いやいやそうじゃないけどさ!でも俺も恋海の友達と仲良くなれるように頑張るよ」


 これで俺が嫌われたら元も子もないからな……気を付けていかないと。

 くるりと、恋海が俺に背を向ける。



 「……あんまり仲良くなりすぎても、困っちゃうんだけどね……」


 「ん?なんか言った?」


 「ん-ん!なんでも!」


 なにか小声で呟いていた気がするが、よく聞こえなかった。


 とりあえず先行する恋海についていく形で、教室に入る。

 すると後方奥の方に、一人の女の子の姿が見えた。


 お友達はあれ、かな?


 その少女の元まで、俺と恋海がたどりついた。


 「はい!ってことでこれが私の親友の戸ノ崎みずほ!んで、こっちがえっと……と、友達の片里将人!」


 椅子に座ったままの少女――みずほちゃんは、きょとんとした顔でこっちを見ていた。

 目はぱっちりと大きく、低い位置で結んだツインテールが、彼女の幼い顔立ちと相性がとても良い。

 

 あどけなさも若干残るタイプの可愛い子だな、と思った。


 

 「こんにちは!恋海からちょいちょい話は聞いてたよ~よろしくね!」


 「……」


 ……あ、あれ?ファーストコンタクト失敗??

 挨拶なんかまずったかな?



 「みずほ?」

 

 不思議に思ったのか、恋海もみずほに声をかける。


 

 「おおお!!これは失敬!あなたが将人さん!恋海殿から話は聞いてますぞ~!」


 「あ、え、そうなの?」


 「もちろんもちろん!いや~!それにしてもびっくりしました!確かになかなかのイケメンでござるなぁ……」


 「みずほさっき言ったこと本当にわかってるよね……」


 「おお怖い!悪かったってば~!」


 おお、よかった。かなり明るいタイプの子だね。

 みずほちゃんはうんうんと頷きながら俺の方へ手を伸ばしてきた。


 「今ご紹介に預かりました、戸ノ崎みずほと申します……以後、お見知りおきを」


 「ははは。面白いんだね。俺は片里将人。将人って呼んでくれていいよ」


 差し出された手を取って、握手。

 華奢な手だ。身体つきも恋海より一回りか二回りくらい小さいからそう思うのかもしれないが。


 「将人、みずほのテンションに合わせてたら一日もたないから、テキトーにあしらっちゃっていいからね」


 「ガーン!恋海私のことそんな風に思ってたの?!心外でござるな~」


 恋海もこんなことを言いながらも、表情は明るい。

 前前から話も聞いていたし、本当に仲が良いんだろう。


 うんうん。良いことである。


 講義開始を告げる本鈴が鳴ったので、俺たちは席についた。

 これからは、3人で授業を受けることも増えるのかな?






















 5限が終わった。

 みずほちゃんと会ってからその後の授業が3人一緒だったこともあり、ずっとそのまま3人で行動している。

 

 「いや~疲れった~!!最後の講義、いきなり小テストとかびっくりだったねえ」


 「恋海に写真撮ってもらった資料がなかったら危なかったわ……」


 教室を出て、帰路につく。もうだいぶ日も傾いている時間だ。

 周りも、わらわらと帰っていく学生の喧騒で溢れている。


 「あ、やば」


 「?どしたの恋海」


 スマホを開いていた恋海が立ち止まったので、俺とみずほちゃんも立ち止まる。

 

 「いや教室に忘れ物しちゃったっぽい……取ってくるから、二人は先帰ってていいよ!」


 なるほど。けれどまだ教室棟から出たばっかりだし、5限の教室は2階なので比較的すぐ戻れる距離。

 

 「急いでるわけじゃないし、全然待ってるよ。ほら、荷物貸して。持っておくから。みずほちゃんはどうする?」


 「拙者ももーまんたい!でござる!待つよ!」


 元気よくピースするみずほちゃん。

 いちいち動作が激しくて、それが絵になる少女だ。



 「ごめん!ありがとう!じゃあちょっと行ってくる~!」


 俺にトートバックを預け、学生が歩いてくる流れに逆らって、恋海は教室棟へと戻っていった。


 「んじゃあ、俺らもそこらへんのベンチで待ってよっか」


 「そうでござるね!いや~それにしても将人殿は優しいでござるなあ~」


 「いやいや、待つくらい全然当たり前じゃない?」

 

 「いやー今拙者は垣間見ましたぞ。将人殿の奥底に眠るやさしさを……」

 

 「大げさだなあ~」


 ベンチに腰掛けて、恋海を待つ。

 夕焼けが眩しいけれど、すぐに日は沈んでしまいそう。


 授業終わりの学生たちの波もひと段落して、今大学前は比較的閑散としている。


 一瞬の沈黙が降りた、その時だった。

 



 「時に将人殿」


 「ん?」


 一度座ったはずのみずほちゃんが、勢いをつけて立ち上がる。

 そのまま俺の正面に立って、手に持っていた紺のマリンキャップを深く被り直した。


 

 「将人殿に、言っておかなければならないことがあるのです!」


 「……うん?」



 口調は、相変わらず茶化しているけれど。


 深いオレンジ色の瞳は、真っすぐにこちらを見ていたから。



 夕日をバックに立つ彼女の姿がとても映えていて、幻想的な空間を生み出している。


 蠱惑的に微笑んだ彼女に、思わずドキッとしてしまった。


 

 「実はですね――」


 

 

 

 

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