第137話 転移板
ティナに出立の報告をした次の日。実際に領地へ向けて王都を出るのは一週間後の予定なので、俺は急いで転移板を作るために魔道具工房に来ていた。
「シリル、今日は手伝いをよろしくね」
「かしこまりました。転移板の作成の過程を見学できるなど、とても光栄です! 次からは私も作成できるよう、勉強させていただきます」
「うん。でも俺も成功するかは分からないから、期待しすぎないでいて」
シリルにそう忠告はしたけど、キラキラと輝く瞳はそのままだ。シリルの中で俺はめちゃくちゃ凄い人みたいになってるんだよな……実際はそこまでじゃなくて、もう既存の魔道具作成ならシリルの方が上手いと思うんだけど。
「まずは魔鉱石を削るところからやるんだけど、これは手分けしても大丈夫な作業だから一つずつ作ろうか」
「かしこまりました」
「大きさはこの紙に詳細が書いてあるから、サイズを測りつつこの通りに作って欲しい」
大きさは人が三人は上に乗れるほどの広さにする予定だ。大きすぎても魔力の消費量が多すぎてほとんどの人が使えなくなってしまうし、小さすぎても運べるものが限定されてしまうので、このサイズが最適なのだ。これなら領地にも馬車で運べると思う。
俺とシリルは魔道具工房の床に巨大な魔鉱石を置いて、ノミや金槌を使って形を整えていく。ちなみに今日は俺達がここを占領するので、他の魔道具師は休みだ。テーブルなどは全て端に寄せて、床で作業できるように整えてある。
大まかに形を整えたらヤスリで綺麗に整えて、魔鉱石の削り出しは終了だ。ここで一度、水を使って綺麗に魔鉱石を洗い、それが終わったらさっそく魔力で魔法陣を描いていく。
転移の魔法陣はかなり複雑な作りだ。途中で止まらずに描き続けても五分は絶対にかかってしまうほどに、書き込みが多い魔法陣となっている。これを間違えずに彫らないといけないんだから……難易度はめちゃくちゃ高い。
「ふぅ、とりあえず魔法陣を描くところまではできたみたい」
「フィリップ様、さすがです! こんなに複雑だとは、少し予想外でした」
シリルは俺が描く魔法陣を横で覗き込みながらメモをしていたようで、自分で紙に描いた魔法陣を見直して感心したように声を上げた。
「私が書いたものは歪んでしまいました」
「それは最初だから仕方ないよ。多分シリルも何回か練習すれば描けるようになるから」
俺は実際に作る時のためにって、暇さえあれば難しい魔法陣を描く練習をしているので、転移の魔法陣はもはや描き慣れている。
「今日から頑張って練習しようと思います」
「うん、頑張って。これが一番難しい魔道具だと思うから、これが作れたら怖いものなしだよ」
俺のその言葉にシリルは瞳を輝かせて、絶対に習得しますと宣言した。この様子ならすぐにでもシリルは転移板を作れるようになるだろう。そこまでいけば、もう魔道具作成はシリルに完全に任せても大丈夫かな。
「じゃあ魔法陣を彫っていくから、ここからは静かにお願い」
「かしこまりました。しっかりと目に焼き付けておきます。もし何かありましたら、何でも私にお申し付けください」
「ありがと。じゃあいくよ」
魔法陣を彫り始めたら途中で止める術はないので、俺はとにかく無心で作業を進めた。魔力を流し続けるのを忘れずに、丁寧に早く、とにかく間違えないように。
無駄なことを考えるとすぐに失敗するから、他のものが視界に入らないように気をつけて、目の前の魔法陣だけと向き合った。
そうして魔道具作成を続けること五時間ほどが経過して……俺はやっと、一つの転移板に魔法陣を彫り切ることに成功した。
「一つ完成だぁー」
「フィリップ様、さすがです!」
「めちゃくちゃ疲れた。さすがに今日はもう無理かも」
二つを同日に作れたら良いなと思ってたんだけど、それはかなり無謀だということが分かった。今からもう一つを作り出すとしたら、すぐに集中力が続かなくてミスをしてしまうだろう。
「こちらは明日に回しますか?」
「うん、そうするよ。明日も皆に休んでもらっても大丈夫? 何か納品が近いものとかあったら、俺は魔道具作成部屋に行くけど……」
「いえ、数日は休んでも大丈夫なように調整してあるので、問題ありません」
「そうなんだ。それなら良かったよ」
遠慮なく明日もここを使わせてもらおう。明日は完成したら転移板の作動テストをやりたいから、ファビアン様とマティアス、それから陛下と宰相様にも来てもらおうかな。
そして次の日。俺はまた朝早くから魔道具工房に来ていた。昨日はあの後すぐに帰って休んだので、体力気力は回復している。
「シリル、今日もよろしくね」
「もちろんです!」
俺は昨日と同様に最大限に集中して、もう一枚の転移板に魔法陣を……間違いなく彫り切った。
「終わったぁー」
「本当にお疲れ様です……!」
「シリルもお疲れ様。途中で水分補給をさせてくれたり、本当にありがとう」
「いえ、当たり前のことですから。これで転移ができるのですか?」
「うん。多分大丈夫だと思うよ」
ただここで一度試してみると魔力が足りなくなるかもしれないから、それは皆を集めてからかな。
「空間石に仕舞って執務室に向かおうか」
「かしこまりました」
それから俺達は、絶対に割らないように落とさないように気を付けつつ、転移板を空間石に仕舞った。そして二人で執務室に入ると……俺達が入った瞬間に、全員がこちらに視線を向けた。
転移板の検証をすることは伝えてあったから、皆が楽しみにしていたんだろう。
「フィリップ、完成したのか?」
「はい。まだ試してはいませんが、使えるものができていると思います」
「おおっ、ではさっそく試そう!」
珍しくファビアン様が、興奮した様子で瞳を輝かせて席を立った。陛下や宰相様、マティアスも率先して場所を作るために片付けをしている。
俺はそんな皆の様子を見て苦笑しつつ、執務室の奥に足を向けた。
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