第134話 治癒院
今日も今日とて、俺は王宮の執務室に出勤している。もうこうして働き始めて一年以上が経過していて、執務室には完全に溶け込めた。
俺が最初に働き始めた時と街は大きく姿を変えていて、下水道の整備がかなり進み清潔で綺麗になったし、お金が普及したことでお店も増えた。人々の表情も暗いものから、生き生きとした明るいものに変わったように思う。
スラム街は完全になくなり、食料不足も解消した。食料に余裕ができるとその他の部分にも手が回るようになるので、衣服や家具などの質も段々と上がってきている。魔物を狩ることも容易になったので、魔物素材を使った道具もかなり増えた。
学校設立の話も進んでいるので、人々の学びの面もこれからは大きく改善していくだろう。
そんな好循環のこの街で、まだ未発達な部分がある。それは……治癒に関係する部分だ。この街には治癒院がなく、さらに薬師の数も少ない。平民は熱が出たら自作の薬草スープを飲み、貴族は薬師に薬を頼む。この構造は俺がフィリップとして意識を持ってからまだ変わっていない。
今回は、ついにここを改善しようと思っている。
「失礼いたします」
「し、失礼いたします……!」
執務室に二人の男女が入室してきた。一人は文官だった女性なので落ち着いていて、もう一人は平民の商家出身だからか、かなり緊張しているようだ。
「二人ともこっちにきて」
ファビアン様とマティアスと共に座っていた応接セットの向かいの椅子を薦めると、二人は他の人達に軽く挨拶をしながら足速に俺達のところまでやって来た。そしてしっかりと頭を下げて挨拶をしてから、椅子に腰掛ける。
俺はファビアン様とマティアスに紹介しやすいように、座ってた椅子から立ち上がり、テーブルの短辺に一人分の椅子を置いてそこに座り直した。
「紹介します。治癒魔法を一通り学び終えた、シーラとフリッツです。二人とも、自己紹介を」
二人は魔法陣魔法の授業で才能があり、特に治癒魔法に適性があったので俺が教えていたのだ。そしてついに一通り教え終え、もう俺がいなくても治癒をできるまでに成長している。
フリッツは辛うじて上級の治癒魔法陣を発動可能で、シーラはそこまでの魔力量はないけど、魔法陣を細かく修正する技術が高いので、少ない魔力量でも十分にやっていけるはずだ。
治癒師はもちろん魔力量の多さは大切だけど、規定の初級、中級、上級の治癒魔法陣を使うとかなり無駄が多いので、基本的にはその魔法陣を患者に合わせて書き換え、効率を良くして治癒を施す。なので魔力量よりも、患者の容体を正確に判断する技術と、それに合わせて魔法陣を書き換える技術の方が大切だったりするのだ。
「シーラと申します。王宮で文官として雇っていただいております。よろしくお願いいたします」
「フリッツと申します。よろしくお願いいたしますっ」
二人のそんな自己紹介を聞いて、ファビアン様とマティアスは笑顔で口を開いた。
「改めてファビアン・ラスカリナだ。魔法陣魔法で何度か顔を見た記憶がある。これからよろしく頼む」
「知ってると思うけど、僕はマティアス・クライナート。よろしくね」
そうして顔合わせを軽く済ませたら、さっそく本題だ。
「事前に伝えてたと思うけど、この度治癒院を開設する予定を立ててるんだ。そこで院長と副院長を二人にやって欲しいと思ってる。とは言っても、しばらくは他に治癒師はいないんだけど」
そう、ついに治癒院の設置に向けて動き出すことになったのだ。本当に感慨深い、あの滅びかけていた国に治癒院を作れるなんて。
さらに治癒院の設立と並行して、薬師の育成も行う予定だ。治癒師は育成にかなり時間と労力がかかるし、そもそも適性がある人もそこまで多くない。したがって治癒はどうしても高額になるのだ。こればっかりは前世でもそうだったし、仕方がない。
しかし仕方がないですましていたら、一部の金持ちだけが治癒で助かって他の大多数は今までと変わらない状況になってしまう。そこで薬師の出番なのだ。薬師は治癒師よりも適性を持つ者は多く、薬草などもそこまで珍しいものでもないので価格を下げることができる。
したがって、これからこの国では治癒師の育成と治癒院の充実、さらに薬師の育成と薬屋の充実を目指す予定だ。それによって平民は風邪をひいたら薬師を頼ることができるようになり、貴族など一部のお金を持つ人達は治癒院を頼ることができるようになる。これで今までよりも一気に病気で命を落とす人を減らすことができるだろう。
貴族と平民の間に差ができるのを不公平と捉える人がいるかもしれないけど、それは仕方がないことだと割り切るしかない。いずれ余裕ができたら、薬師で対処できない病気に罹った人がお金を借りることができる制度とか、そういうのを作ることも視野に入れようと思う。ただ今すぐには無理だ。
「院長と副院長、引き受けてもらえないかな?」
「私はこの度のお話、ありがたくお引き受けいたします」
「わ、私もです」
「本当? 二人ともありがとう」
引き受けてもらえて良かった……もし断られてたら、治癒院設立を先延ばしにしなければいけないところだった。これであと必要なのは、建物と設備だけだな。
「じゃあ先に契約をしちゃおうか。その方が二人も安心だろうし」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます!」
マティアスが準備しておいた契約書を取り出しながら言った言葉に、二人は嬉しそうに口角を上げる。特にフリッツは契約書を見てソワソワと落ち着かないようだ。
フリッツは商家出身だけど王宮で働いていたわけではないので、国に雇われると言うのが初めてで嬉しいのだろう。やっぱり国の機関は他と比べて安泰だし、給金も高いからね。
それから勤務時間や給金、休む時の決まりなど様々なことが書かれた契約書を確認してもらい、二人のサインとマティアスのサインを記して契約完了だ。
「これで二人は治癒院の所属ってことになる。これからよろしくね」
「はいっ!」
「よろしくお願いいたします」
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