第93話 解体の相談
それにしても近づくとデカイな……この距離では全体を見渡せないほどだ。こんな大きさの魔物、ただ突進されただけで人間なんてやられてしまうだろう。
俺がその大きさと強さに改めて圧倒させられていると、馬から降りたシリルが俺の元に駆けてきてくれた。
「フィリップ様、ご無事で良かったです!」
「シリルも怪我はない?」
「はい。それにしても、あり得ないほどに大きな魔物ですね」
「本当に圧倒されるよね」
手で触れられるところにまで近づいて毛皮を触ってみると、ほとんどの場所が焦げているけれど、皮自体はまだしっかりとしていた。これは相当に硬そうだな……解体は骨が折れそうだ。
「ジャイアントディア、でしたか?」
「そう。魔物の中でも上位に位置して、ごく稀にしか姿を見ることもないはずなんだ。なんでこんなところにいたんだろう」
魔物の行動を人間が管理することなんてできないから、どこに出現してもおかしくはないんだけど……もしかしたらこういう強い魔物が増えてるのかもしれない。前世では俺を含めた多くの人間が魔物を討伐していたから上位種が少なかっただけで、天敵がいなかったら数が増えるのは当たり前だろう。
やっぱり早急に魔物を討伐しないとダメだ。弱い魔物の数を減らすだけでも強い魔物の餌を減らせるし、餌が減ればそれによって上位種同士で数を減らし合ってくれることもあるはずだ。
「これからもこんな魔物が頻繁に現れるのでしょうか」
「それはないと思うけど……見回りは強化したほうが良いかもしれない。ファビアン様達に提案するよ」
そうしてジャイアントディアを眺めながらシリルと話し込んでいると、離れたところで騎士達をまとめていた部隊長が俺の元にやって来た。
「フィリップ様、ご無事で何よりです」
「部隊長も無事で良かった。途中で離脱してごめんね。本当に助かったよ、ありがとう」
「いえ、フィリップ様を守ることが本日の使命ですから、当然のことでございます!」
部隊長はあれだけ走って魔法を撃ちまくってたのに、まだまだ体力が残ってそうだ。さすが部隊長に選ばれるだけはある。それに統率力は高いし人望も厚いみたいだし、こういう人材は大切だ。
「部隊長は確か、ヴィッテ家の生まれだっけ?」
これから関わることも多そうだし名前を覚えておこうと思って、授業をしながら必死に覚えた騎士達のプロフィールから部隊長に関する記憶を引っ張り出す。
「はい。改めまして、ティエリ・ヴィッテと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね。これからはヴィッテ部隊長って呼ぼうかな」
俺の予想でしかないけど、そのうち出世して役職が変わりそうだし、そうならなかったとしても部隊長って何人もいるから。
「ありがとうございます!」
「騎士達は誰も怪我してない?」
「はい。攻撃を受けた者はおりません」
「それなら良かった。じゃあ早速このデカイ魔物を、解体しようか」
俺がそう言いつつまたジャイアントディアを見上げると、ヴィッテ部隊長も同じように見上げる。そして数十秒間の沈黙が場を支配した。
「圧倒されますね……」
「分かる、見上げるたびに言葉を失うよね」
「解体は全員でやらなければ終わりませんね」
「皮を一枚に剥ぐとか考えなくても良いから、とにかく素早く解体することを優先して欲しい。ここに長時間いるとまた別の魔物に襲われる危険性もあるから」
「かしこまりました。冒険者とも協力しましょう」
ヴィッテ部隊長はそう呟くと、辺りを見回して少し遠くに集まっていた冒険者達に声をかけた。
「パトリス、ちょっと良いか!」
パトリスとは王家で雇っている冒険者のまとめ役的な男性だ。冒険者仲間からはリーダーと呼ばれていて、口数は少ないけれど、真面目で実直な性格から皆に好かれている。
「何でしょうか?」
「これからこいつを解体するから、冒険者にも手伝って欲しいんだ」
「やはり解体するのですね……分かりました。しかし素材は空間石で運べるとしても、肝心の解体道具を持ってきていないのですが」
「それは大丈夫だよ。俺の従者に必要なものを取りに行ってもらってるから」
俺のその言葉にパトリスは納得したように頷いて、ジャイアントディアの毛皮に手を伸ばした。そして持っていたナイフでどれほどの硬さなのかを確認している。
「随分と硬いですね……ただ力を入れれば切れないことはありません。問題はツノでしょうか」
「確かにツノは厄介だな。フィリップ様、ツノは幾つに分ければ空間石に収納可能となるでしょうか?」
「六等分ぐらいにしてもらえれば、問題なく収納できると思う」
「結構切断しなければいけませんね」
ツノの根元まで場所を移動して、試しにパトリスがナイフで切断を試みる。
「……ナイフでは不可能です。刃を痛めるだけですね」
「じゃあ次は剣だな」
次にヴィッテ部隊長が剣を思いっきり振り下ろしたけれど、ガキンッと派手な音がして部隊長が手を痺れさせただけで、ツノには微かな傷程度しか付かなかった。
「剣でも不可能かもしれません」
「そうみたいだね……こうなったら魔法陣魔法でなんとかするしかないかな」
多分この硬さだと切断は難しい。できたとしても時間がかかりすぎてしまう。それなら素材を痛めることにはなるけど、叩き割るのが一番だろう。
土属性は魔力を消費すればかなり硬い石というか、鉱石まで作り出せるから、それを勢いよくツノに当てればその部分は割れるはず。大きさを最低限にすれば魔力消費量も減らせるし、何とかなるはずだ。
石が跳ね返ってきた時のために周りには水で壁を作って、さらに強めの水流で跳ね返った石の威力を弱めるようにして、それだけだと心配だからその周りに土壁も作れば安全も確保できる。
あとは壁の内側に石が発生するように設定して、飛ばす方向はその場で調節だからその旨を書き記して……こんな感じかな。
「フィリップ様、三つも魔法陣を使うのですか?」
空間石から取り出した紙に魔法陣を描いていると、シリルが横から興味深げに覗き込んできた。
「うん。ツノを割るのはこの魔法陣で、他二つは周囲への被害を抑えるためのものだけどね」
「やはりフィリップ様は凄いですね……」
「俺なんて元々構築された魔法陣しか使えません」
ヴィッテ部隊長とパトリスも尊敬の眼差しを向けてくれる。俺はそんな視線が照れ臭くて、慌てて魔法陣を描いた紙をシリルに手渡した。
「じゃあシリル、この魔法陣を描いてもらっても良い? 俺はもう魔力がないんだ」
「え、私がですか!? 確かに魔力はありますが……この魔法陣、かなり難しいですよね」
確かに難易度が高いことは認める。でもシリルなら、少し練習すれば描けるようになるはずだ。シリルは俺を抜きにすれば一番魔法陣を描く能力が高い。というか俺と比べても、潜在的な能力値はシリルの方が高いと思う。それほどの逸材なのだ。
「シリルならできるよ。任せても良いかな?」
「……かしこまりました。頑張ってみます。しかし何ヵ所もとなると魔力量が不安なので、こちらの壁を作る魔法陣は魔道具師の皆に手伝ってもらっても良いでしょうか? こちらならば皆でも描けると思うので」
「もちろん良いよ」
「ありがとうございます。では早速皆に話をしてきます」
これでツノの解体をどうするのかについては解決だ。あとはもう解体を始めてみて、その都度問題が起きたら解決していこう。それによって最悪素材をダメにしてしまっても仕方がない。
「我々も解体に移りますので、フィリップ様は離れたところでお待ちください。まずは血抜きをしますので、お体が汚れてしまっては大変です」
「分かった。じゃあよろしくね」
「お任せください」
そうして俺は皆に解体を任せて、ジャイアントディアの全体像を見れる程度の場所まで下がった。
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