第83話 領民との触れ合いと帰還(アルベルト視点)

 一ヶ月間の領都滞在が終わり、今日は王都へ戻る日だ。私は朝早くに起きて朝食を食べてから、素早く準備をして屋敷のエントランスに向かった。

 するとそこには使用人が全員集まってくれている。


「皆、集まってくれてありがとう。そしてこの一ヶ月間、かなり忙しかったと思うが皆のおかげで仕事が捗った。私が王都に帰ってからも領地を頼むぞ」

「かしこまりました」

「教えていただいたコロッケを元に、美味しい食事を開発しておきます!」


 料理長が拳を握ってそう宣言する。料理長はコロッケに感銘を受けたらしく、私がいる一ヶ月の間に数え切れないほどのコロッケを作って、より美味しくなるように改良していたのだ。

 そしてそれを通して、新たな料理の開発に目覚めたらしい


「次に来る時を楽しみにしている」


 私のその言葉に料理長が大きく頷き場が和んだところで、私は王都から一緒に来た者達と馬車に乗った。そして馬車は進み公爵邸を出る。


「旦那様、外をご覧ください」


 公爵邸を出るとすぐメディーに声をかけられた。それに従って開け放たれた窓を覗き込むと……そこには大勢の領民達がいた。


「領主様、気をつけてな!」

「凄く街が良くなったよ、ありがとね!」

「フィリップ様にもありがとうと伝えてくれな〜」

「りょうしゅさま、またね!」


 老若男女、誰もが笑顔で手を振ってくれている。私はその光景に感動し、領民のために頑張ろうと改めて決意した。


「この光景をずっと忘れずにいたいな」


 皆に手を振り返しながらそう呟くと、近くにいたメディーが珍しく顔を緩めて頷いてくれる。


「そうですね」

「また王都でも頑張るか」

「はい。お手伝いいたします」


 そうして忙しかったが充実していた領都での生活が終わり、私は無事に王都へ戻った。護衛をしてくれた騎士達とは貴族街に入った場所で別れ、馬車一台だけで公爵家の屋敷に戻る。

 敷地内に馬車が入ると、音が聞こえたのか使用人が数人顔を出してくれた。そして馬車が止まり私が降りる頃には、家族皆が出迎えに出て来てくれる。


 やっと帰ってきたな……私は緩んでしまう顔をそのままに、家族皆のところに向かった。


「ちちうえ! おかえりなさい!」


 まず飛び込んできたのはローベルトだ。満面の笑みで足に抱きついてくるのが本当に可愛い。顔をしっかりと見たくて抱き上げると、ふにゃと笑顔を浮かべてくれた。


「ローベルトただいま。元気にしていたか?」

「うん! ぼくね、こおりつくってるの!」

「こおりって……氷のことか?」


 ローベルトの話がよく分からなくて首を傾げていると、フィリップが補足をしてくれる。


「父上おかえりなさいませ。実は氷を作る魔道具、製氷器を作って貴族と商人向けに売り出しました。それをうちも買ったので、ローベルトが昼間に魔力を注いで氷を作ってくれているんです」


 そういうことか、また新しい魔道具を作ったのだな。氷を作れるなんて本当に凄いことだ。


「あなたに相談せずに買ってしまったけど良かったかしら?」

「ああ、もちろん構わない」

「良かったわ。それよりもあなた、おかえりなさい」


 ヴィクトリアがそう言って笑顔を見せてくれる。私がその笑顔に癒されていると、今度はマルガレーテが近づいてきてくれた。


「お父様、おかえりなさいませ」


 最近のマルガレーテは年頃なのか、ローベルトほどストレートに好意を示してくれなくなった。それは少し寂しいけれど、子供の成長が嬉しくもある。


「マルガレーテ、ただいま」


 まだ少しだけ距離があるマルガレーテのところに一歩近づき、頭を優しく撫でた。するとマルガレーテは嬉しそうに顔を緩める。この顔が見れるだけで十分だな。


「フィリップもおいで」

「……かしこまりました」


 私に呼ばれたフィリップは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、素直に近づいて来てくれた。そして頭を強めに撫でると、止めてと口では言いながらも頬を緩める。

 大人っぽくなったと思ってはいたが、やっぱりまだまだ可愛い子供だ。


「皆、出迎えありがとう。そろそろ中に入ろう」

「そうですね。ちょうどあと少しで夕食ですから、一緒に食べましょう」

「ああ、久しぶりに家族が揃うな」


 そうして私はローベルトを抱き上げたまま、家族皆とそのまま食堂に向かった。そして楽しい夕食の時間を過ごして、夜は早めに眠りについた。



 それからはまた王都で忙しく仕事をこなし、王都に帰って来てから数週間後に、私はフィリップと一対一で向き合っている。

 ついにこれから先の話をする決意をしたのだ。兄上やヴィクトリアとも話し合って、最終的にはフィリップの意志を尊重することに決めた。


 情報を集めてみてもティナとの関係はよく分からなかったので、婚約者を決めなければいけないことを話して、本人に直接聞こうと思っている。


「フィリップ、最近仕事はどうだ?」

「順調に進んでいます。ファビアン様とマティアスとは気が合うので、一緒に仕事をしていて楽しいですし、円滑に進むのです」

「そうか、良き仲間と出会えたのだな」

「はい」

 

 フィリップは二人のことを思い出しているのか、優しい表情を浮かべた。同年代の信頼できる仲間はこれからの人生で宝になるだろう。フィリップがそういう相手と出会えて良かった。


「それで、本日は何のお話でしょうか?」

「今日はかなり重要な話をしたいと思っている。ライストナー公爵家の爵位を誰が継ぐのか、それからフィリップの婚約者の話だ」


 私がそう言った途端に、フィリップの表情が真剣な様子に引き締まった。……少しだけ強張ったようにも見える。


「やはり私が、長男として継ぐことになるのでしょうか」

「いや、実はまだ決めかねているのだ。もちろん爵位を譲るにあたりフィリップに問題があるということではない。私が懸念しているのは王位継承の問題だ」


 それからは最近の貴族達の動きやアルベルト派と呼ばれていた派閥について、さらにフィリップ派が生まれる可能性、既にそんな集まりがあることも全てを打ち明けた。


「私の存在が争いの元となってしまうのですね」

「そんなことはないと言いたいが……、貴族達の分断を助長するというのは正解だろう」

「中央宮殿で働いていると貴族と関わることもありますが、そのことは肌で感じていました」


 そう呟いたフィリップは大人びた表情でしばらく考え込んだ後、何かを決心したような様子で顔を上げた。


「父上は私が爵位を継ぐべきだとお考えですか?」

「……正直に言うと、継がない方が幸せなのではないかと考えている。ただ結果がどうなるかは誰にも分からないことだ、最終的にはフィリップの決断に任せたい」


 フィリップがどんな決断をしても、それを親として公爵として、最大限に支える覚悟はしている。

 私は心の中でもう一度その覚悟を確認し、フィリップの返答を待った。

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