第64話 臨時の授業
木工工房に注文してから二週間が経過した。この二週間で製氷器は十個完成し、今日は初めての製氷器販売を行う予定となっている。
全ての貴族家といくつかの商家に通達をしたところ、お披露目をする予定のホールには開始一時間前にもかかわらず、かなりの数の大人達が集まっていた。
しかし貴族と裕福な商家の集まりにも関わらず、ほとんどの人が平民と大差ない服装をしているので、身分が高い人達の集まりにはどうしても見えない。前世でやりすぎなほど煌びやかに着飾った人達を見てきたから余計にかな。
数人だけ父上と似たような服装をしている人がいるので、あの人達が高位貴族の当主や子息子女だろう。その周りにいる平民よりは彩り豊かな服装かな……程度の人は子爵家あたりかな。端の方に大勢いる平民と差がつけられない雰囲気の人達は、男爵家以下だろう。
こうして貴族の集まりを見ていると、この国の貧しさが浮き彫りになる。貴族が煌びやかな服さえ揃えられないってことだからね……いや、この国はその段階でもないか。そもそも物理的に、煌びやかな服装なんて作れないっていうのが正しいかもしれない。
公爵家嫡男である俺が着てるのだって、前世だったら男爵家でも着てないような質の服だ。もう慣れたけど、少しごわついていて着心地はあまり良くない。色とりどりに染めてあるから、この国では豪華に見えるけど。
「フィリップ、かなり集まってるね」
「うん、凄い人数だよ。母上も来てるみたい」
母上は公爵家の地位をフル活用して、ホールの一番前に陣取っている。製氷器のことを話したらかなり興味を持っていたから、今日は絶対に買う気なのだろう。まあ、公爵家なら買えないってことはないと思う。
そもそも十個しか製氷器はないのだから、身分の上から十人だけに通達するのでも良かったのだ。でも大々的にお披露目をしたいということで、全ての貴族家と商家にまで通達をした。
当主が領地にいる貴族家も配偶者が出席しているみたいだし、欠席してる家は数えるほどしかなさそうだ。
「開始時間を少し早める?」
「いや、ギリギリに来る人もいるかもしれないし、そこはそのままにするよ。でもこのまま一時間待ってもらうのも退屈だろうし……俺が魔法陣魔法の講義でもやろうかな」
思いつきでそんなことを口にすると、近くにいたファビアン様が反応した。
「それは良い。フィリップ、是非やってくれないか?」
「良いのですか……? 貴族への授業はもう少し後でという話でしたが」
貴族は魔力量が多く魔法陣魔法を発動できる可能性が高い人ばかりなのだけど、貴族としての重要な仕事があるからと後回しにしていたのだ。さらに貴族に対しては自由に仕事を頼むことも難しく、言い方は悪いけれど……使い勝手が悪い。だから騎士や平民を優先した。
「その予定だったが、最近は私も習いたいなどといった要望が多くてな。一度どこかで基礎だけでも授業をしてもらおうと思っていたのだ。確かに貴族が使えるようになれば各領地にも広まるだろうし、領地に移動する際の安全性も高まるからな」
「確かにそうですね……では魔法陣魔法についての基礎知識と発動方法、それからそよ風を発生させる魔法陣を教えて来ます」
そうと決まったら一時間はかなり短い。俺は別の場所にいたシリルを呼んで、そよ風を発生させる魔法陣を人数分、紙に書いてもらうように頼んだ。全員分を書くのは大変だろうけど……製氷器のお披露目が終わって皆が帰宅する時までに書き終われば良いから、なんとかいけるだろう。
「急に大変なことを頼んでごめんね」
「いえ、大丈夫です。急いで書きますね」
「ありがとう。よろしくね」
そうしてシリルに作業を託し、俺はいくつか大きめの紙とペンを持って、ニルスとフレディを連れてホールの壇上に上がった。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私は宰相補佐を務めております、フィリップ・ライストナーと申します。まだ製氷器のお披露目までは時間がありますが、この時間を使って皆様に魔法陣魔法についての授業をさせていただければと思っています。よろしいでしょうか?」
俺のその挨拶に一斉にホールは静まり返り、全員の視線が俺一人に集まった。ふぅ、さすがに少し緊張する。でもホールをしっかりと見回すと、ほとんどの人は俺のことを友好的な目で見てくれているのが分かる。
この視線が表面的なものである可能性は高いけど……ティータビア様から選ばれたという俺に対して、表立って反発するような人は居ないだろう。腹の中では何を思っていても、表面上は友好的に接してくれるのなら良しとしないと。
そしてこれから接する相手のことは、しっかりと自分で見極めよう。打算があっても領地や領民、そして国の発展のことを考えられる人なら良い。ダメなのは自分だけが利益を得ようと考えてる人だ。
「反対はないようですので、早速授業を始めさせていただきます。ではまずは魔法陣魔法をご覧ください」
俺は皆に見えるように魔力で大きく魔法陣を描き、ホール内に雪を降らせた。雪は一年の中でも比較的寒い時期の深夜から早朝にかけて、ごくたまに降るものだ。そんな珍しい現象が目の前に現れたことに、誰もが顔を上に向けて驚愕に瞳を見開いている。
「綺麗だわ……」
「まさか、こんなことまでできるとは」
「噂は本当だったのか……」
そんな感嘆の言葉が俺の耳に届く。この魔法を選んだのは正解だったかな。
「どうでしょうか? 魔法陣魔法はこのように魔力を使って、様々な現象を起こすことができます」
それから俺は魔法陣魔法の発動方法、それから神聖語について、魔道具についてを詳しく説明していった。口頭での説明になるけれど、さすが教育を受けていた貴族達と言うべきか、ほとんどの人が理解してくれているようだ。
そして最後に大きな紙にそよ風を発生させる魔法陣を描き、この魔法陣を発動させられるように毎日練習をすること、そして正確な魔法陣を描いた紙を帰宅時に配布することを話して、一時間の臨時授業は終わりとなった。
「フィリップお疲れ様」
「ふぅ……ちょっと緊張した。やっぱり貴族達がたくさん集まってると威圧感があるね」
一度壇上から下がると、マティアスとファビアン様が出迎えてくれる。
「シリルはどうかな?」
「さっき見てきたが、半分は終わっているようだった。あの調子ならば、お披露目が終わる頃には全て書き終わるだろう」
「それなら良かったです。じゃあ安心して、俺は製氷器の素晴らしさを披露することにします」
製氷器のお披露目はファビアン様とマティアスと一緒にやるけど、作製者として俺が中心となって話をするのだ。
「私達もできる限り手助けする」
「皆に欲しいと思ってもらえるように頑張ろうか」
「はい。では行きましょう」
俺達は三人でそれぞれ視線を合わせて大きく頷き合い、気合を入れて壇上に向かった。
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