第19話 その後のこと、アルジ・ヤーノン伯爵の登場

 ねずみランドでは、この時に製作された7の段のポスターを、永久不滅の秘密の書として、神様にお守りしていただくことにしました。第777号が持ち帰った情報を基に、7の段のポスターが効果を発することをつきとめたのは、アルジ・ヤーノン伯爵の魔法の力によるものと言われています。


アルジ・ヤーノン伯爵。生まれも育ちも謎に包まれています。いったい何歳なのか。男性なのか女性なのか、どちらでもないのか、どちらでもあるのか。

あまりに謎が多いもので、もしかしたらねこではないのか?

いや、そんなものではない、熊猫だ。いや、大熊猫だ。いやもしかしたら…

ねずみだって噂は大好きです。でも、ああでもないこうでもないと言いながら、消去法で確認していくうちにすっかり疲れ果てました。で、いつのまにかみんな噂をやめてしまいました。

小さい脳みそのストレージがいっぱいになったのでしょう。


 伯爵は様々な事象に関してまったく的確な判断をしたもので、その言葉は魔法のようだと言われ、いつしか「伝説の魔法使い」と言われるようになっていました。伯爵自身は自分のことを魔法使いだなんて、ちっとも思ってなかったのですけれど、「そこそこ使えるやつ」くらいには思っていました。正しく自己評価することは最大の武器だと、そこは思っていましたけれどね。


 ですから、ポスターが「秘密の書」になって、管理するための「危機管理委員会」ができて伯爵が委員長に任命された時も、誰もが当然のことだと思いました。実際、伯爵ほどうってつけの人材はいなかったのです。

これ以上もイカもタイコモチもない、絶対無二の存在。それが魔法使いのアルジ・ヤーノン伯爵なのでした。

ウラー、ウラー。伯爵に栄光あれ。。


 のんびりと平和をむさぼって他国に自衛をまかせるのでなく、諸外国との外交戦略を見極め、国家の繁栄と継続を維持するには伯爵ほどの人材はいませんでした。なにしろ、わずかな表情筋の動きで相手の思考を瞬時に読み取ってしまうのですから、向かうところ敵なしなのです。

ウラー、ウラー。まごうかたなき叡智よ!


 外交交渉なんぞはお手のもの。手のひらで転がされた挙句、最終交渉のテーブルで秘密をすっぱ抜かれてしまった相手国の外交官や大臣は大慌てです。憎々し気な表情を浮かべて、でも涙目で立ち去るところを何回みたことでしょう。

 ハニトラなんぞも全く効果がありません。ただし、読み取ったうえで、再利用しようとするときは、別でしたけれど。そういう時は故意にひっかかったふりをしました。そして、相手が伝家の宝刀とばかり脅かしにかかると、チェックメイト。

詰みです。

「もっといい女をつれてこんかい」

なんて、そんなことを言ったかどうかは不明です。

誰しも好みがありますから。

小さいながらねずみ国が大国扱いされたことには、こんな理由があったのでした。

ウラー、ウラー。小さい巨人よ!


 国家の運営というものは問題が多発するものです。この諸問題について、伯爵は大統領から相談されることもありましたが、みずから進言することも多々ありました。苦言を呈することももちろん、ありました。

客観的に判断して、苦言は5%くらいでしたし、進言だって10%くらいのもの。

でも、大統領には、それが苦言30%、進言20%にも大げさに感じられたのです。

あいつは俺が何を言っても反対する、大統領はこんな風に感じるようになっていました。全く持って危険な兆候です。

言葉は誰しも、耳触りが良いものだけを聞きたがるものですから、仕方がないことではありました。


で、それがどれだけ自分の身を危うくすることか、伯爵は十分わかっていましたが、気になんぞしたことはありません。

「人生は短し、恋せよ乙女だよ」伯爵はいつもそういってから少し笑ったふりをします。伯爵はそういう人でした。乙女ですって、ねえ…ちょっとばかり、古くない?


 実は、大統領は国家の運営をめぐっては、苦言だの進言だの、それどころですまないレベルで対立したことが何回もありました。決まって伯爵のほうが正しいものですから、たいがいは大統領のほうが自分の意見をひっこめて終わるのですが、そうでない時もありました。表にだしては言えない事情というやつです。で、無理を通して終了。詰みです。あとはこっそりタマネギ部隊が出動。へんちきりんな名前ですが、優秀な精鋭部隊です。伯爵が鍛えました。どんな処理でもお任せあれ、お手のものです。


「あいつ、役に立ちすぎる…」

大統領は何度、そう思わされたことか。

ときとして、役に立つものは公然と、または秘密裡に排除されるのは、歴史をかじったねずみならだれでも知ってることです。

 あんまり頭にきたものですから、大統領は伯爵暗殺の指令を最優先レッドマーク付き極秘文書でだすところでした。それは机の上に置かれて副官の手に渡されるばかりになっていたのです。

 この場合は当然、秘密裡に行われますもので、かねてより準備された専用の毒薬がありました。しかし、もう古いもので、その毒薬がはたして伯爵の命を確実に奪うことができるのかどうかは定かではなく、まったくもって不安定でありました。また、暗殺が失敗に終わった場合には、反作用として大統領自身が確実に死ぬことにもなるという毒薬規定があるため、どうしようかと死にたくない大統領は悩んでいたのです。まこと、因果は巡るといいますか、作用反作用の法則は真実であります。


 結果として、とらきちは消滅しました。もう二度と暗殺指令なぞ出すものか、暗殺指令なぞ出さなくってよかったと、大統領は密かに胸をなでおろしたものでした。


 まあ、そんなんこんなんがあり、ポスターは虫干しをかねて、年に1回御開帳されることになりました。この日はまた、国家独立の悲願成就の日を記念して、全国民がラマダンに入ります。夜明けに始まり日の入りで終わる、1日だけのラマダンです。それでもなにしろねずみですから、十分長いことは間違いありません。


 ※アルジ・ヤーノン伯爵の活躍については、言い伝えがもう少しあるのですが、それはまた次の機会に話すこととして、今回のとらきちから始まった物語は一応結びといたします。

ありがとうございました。

またお目にかかる日を楽しみに。

こころよく出演を快諾してくださったアルジ・ヤーノン伯爵におおきな花束を!

タイガースは前進を!

そしてみなさまの幸運を!


p.s. とらきちから明日の分が送られてきました。「伯爵の入滅」です。

明日の夜22時きっちりに、よろしくお願いいたします。


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