第88話 SS:みさきとねてるりょーくん
みさきが目を覚ますと、見慣れた天井とは違うものが見えた。
ビックリするくらい柔らかかった布団は無くなっていて、ゆいちゃんの「すぴー」という寝息も聞こえない。代わりに少し硬くて温かい感覚がある。それから、とっても落ち着く匂いがする。
すりすり。頬をくっつけるみさき。
すりすり。すりすり……………………あれ?
不意に、みさきの意識がハッキリとした。
この温かいの、なに?
ゆっくり顔を上げると、直ぐにりょーくんの顔が目に入った。
そして全てを思い出した。
りょーくんの所に戻ってきて、それから……
りょーくんにギュッとされた時のこと。
自分でもビックリするくらい甘えてしまったこと。
「……」
みさきはどんどん顔が熱くなるのを感じた。
慌ててりょーくんの腕の中から抜け出して、猫のような動きで反対側の壁まで後退する。
……ねてる?
じーっと観察した後、みさきはゆっくりとりょーくんに這い寄った。
「……」
ツンツン。
「……」
むにむに。
「…………ん」
手をつついて、ほっぺをつまんで、みさきはりょーくんが三十分は起きないと確信した。
これまでは寝ている龍誠の寝顔を見ているだけだったみさき。しかし、これからは違う。思い切り甘えても受け入れてくれると知ったからだ。だけど起きてる龍誠に甘えるのは少し恥ずかしい。
「……」
チャンスである。今なら、あんなことやこんなこと、口にするのも恥ずかしいことだって出来る。
ごくり。
そーっと、そーっと手を伸ばす。
ピタリ。
チラ。
よし。
ちょこんと、りょーくんの大きな手に触れた。
りょーくんは眠ったままだ。
ごくり。
そーっと、そーっと手を動かす。
りょーくんの大きな手を撫でるようにして動かして、ついにみさきは親指を握る事に成功した!
「……ひひ」
みさきは満足した。
小さな手で大きな親指を握ったまま、いつものように寝顔を見つめる。
「……みさき?」
突然名前を呼ばれて、みさきはビクリとして龍誠から手を離した。すると龍誠はみさきを追いかけるようにして手を動かして、直ぐにまた動かなくなった。
寝言。ゆいちゃんのせいでスッカリ慣れていたみさきには、それが分かった。
ゆいちゃんはよく食べ物の名前を呟いていたから、もしかしたらりょーくんはみさきを食べたいのかもしれない。それは困る。
でも、ゆいちゃんはママって呟くこともあった。それは……こまる。
「……」
こそこそ。
みさきは龍誠の膝の上に乗ってみた。
「っ!?」
その瞬間、龍誠の両腕がみさきのお腹を撫でた。
……おきてる?
みさきは恐る恐る顔を上げる。
やっぱり寝てる……と思う。
「……ん」
みさきは龍誠の大きな手の上に自分の手を重ねてみた。
「……」
「……」
とても静かで、温かくて気持ちがいい。
だけど新たな眠気はいつまで経ってもやってこなかった。
だって、ここで寝たらもったいない。
ふわふわした気分で前を見ていたみさき。
ふと、ピアノが目に入った。
そこで自らに課せられた使命を思い出す。
たららん、たららん。
ゆいちゃんと一緒に考えた大作戦は、もう始まっているのだ。
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