第83話 SS:みさきとマンガとまゆみ先生
みさきは考えていた。
どうしてまゆちゃんに預けられたのだろう。
これまでもお留守番をすることは何度かあった。
だけど、いつもは一人でお留守番していた。
どうして?
りょーくんは、みさきのことが心配だと言っていた。
おうちの中に居るのにどうして心配なんだろう?
「それはね、みさきちゃんのことが大好きだからだよ」
ならこの前まではみさきのことが大好きでは無かったのか。みさきはしょんぼりした。
「みさきちゃん? ……ねむいのかな」
とぼとぼ部屋の隅まで歩いて膝を抱えたみさきを見て、檀はそう判断した。それから小さな机に目を戻して作業を再開する。作業というのは勿論、漫画のことである。
漫画を描き始めた檀をじーっと見ながら、みさきは思う。
まゆちゃんの部屋は少し良い匂いがする。りょーくんの安心する匂いとは違って、なんだか甘い匂い。どこかに美味しい物があるのかなと部屋中を見てみたけれど、それらしき物は見つからなかった。
その代わりに、何やら不思議な物がたくさん置いてある。みさきの目が届く範囲にあるものは全て漫画を描く為の道具なのだが、みさきにはその知識が無い。
だから鉛筆っぽい物で紙に何かを描いている姿を見ていると、好奇心でうずうずしてくる。
まゆちゃんは何をしているのだろう。
ついに我慢できなかったみさきは、四つ這いで檀に近付くと、彼女の膝に乗って机を覗いた。
「……まんが?」
「そだよ~」
いつもお風呂で檀の膝の上に座っているから、みさきはスッカリこの場所が気に入ってしまった。一方で作業を中断せざるを得なかった檀だけれど、その心はとてもほんわかしている。
檀の位置からではみさきの頭の上くらいしか見えないが、自分の描いた絵を子供が興味深そうに見ているというのは悪い気分ではない。
「みさきちゃんも描いてみる?」
「んっ」
「ふひひ、いい返事いい返事」
鬼畜同人の神という異名を持つ檀だが、夏コミ以降はちょっとした心境の変化で健全な少女漫画を描いていた。今の檀は、子供が近付いても安心安全な漫画家である。
~アヘッ! 小日向檀のお絵かき教室~
檀は軽く机の上を片付けた後、B5サイズの用紙と鉛筆を二本用意した。
「みさきちゃん、何が描きたい?」
「りょーくん」
「ふひひっ、みさきちゃんは本当に天童さんが大好きだね」
うっとりとした気持ちで、すっかり描き慣れた絵を描く檀。一方でみさきは「りょーくんのことは好きだけど、はっきり言われると照れる」という顔をしていた。
「ほほい、マネして描いてみて」
僅か十秒程度で描き終えた檀は、相変わらず膝の上に居るみさきに声をかけた。すっかり別のことを考えていたみさきは、パチパチと瞬きをして、机の上の用紙に目を移した。それから、そこに描かれた絵をじーっと見つめる。
「……りょーくん?」
「はい、天童さんです」
「……ちっちゃい」
「ふひひ、これはSD天童さんです」
「えすでぃ?」
首を逆さまに傾けて問いかけるみさき。
檀は先生みたいな気分になって、ピンと右手の人差し指を立てた。
「スモールデフォルメ。可愛いは正義を体現した技法です」
「……ん?」
「ふひひ、だよねー。えっと、可愛く描く為の方法だよ」
「……かわいい?」
「はい。それに、これだと慣れれば十秒くらいで描けるので、ちょっとした四コマ漫画を描きたい時にオススメです」
言葉の意味は良く分からなかったみさきだけど、とりあえず手を動かすことにした。
檀が描いた絵を見ながら、その隣に同じものを描いてみる。その拙い手つきにキュンキュンしながら、檀は「頑張れ頑張れー」とみさきを応援した。
そして五分ほど時間が経って、みさきは初めての絵を描き終えた。
「おー、うまいうまい」
と素直に褒める檀の声を聞きながら、みさきは二つの絵を見比べてムっと眉を寄せた。みさきの絵は檀の描いた絵に比べて、なんだかカクカクしている。可愛くない。
「ん、もう一回? いいよいいよー、好きなだけ描いてねー」
みさきの方が可愛くりょーくんを描く。
そんな思いが、みさきに火を付けた。
「もうちょっと力抜いた方がいいよー」
という檀のアドバイスを素直に聞きながら、描いては眉を寄せ、描いては眉を寄せる。
最初に描かれた絵の周りには、みさきの描いた絵がクルクルと描き足されていった。その絵がドンドン上達するから、檀のテンションもドンドン上がる。
「みさきちゃん、長い線は一気に描いた方がいいよ」
「んっ」
「この髪の毛のツンツンしてるところはリズム良く!」
「つん、つん、つん♪」
「ふひひ、天童さんの目って、最初はギラギラしてたけど、最近はキラキラしてますよね」
「……ん?」
こうしてSD天童さんを描き続け、十七体目を描き終えた時、みさきはようやく鉛筆を置いた。
「すごいよみさきちゃん! 初めてでこんなに上手く描けるなんて将来有望ですよ、はい」
パチパチと心から拍手をする檀。
しかしみさきは、二つの絵を見比べて、やっぱり納得がいかない。
みさきが描いた絵は、とても五歳の子供が描いたとは思えないものだったけれど、檀の絵と比べれば、やはり劣っている。
しょんぼりと、みさきは口を一の字にした。
「これ天童さんが貰ったら喜ぶだろうなぁ」
みさきが最後に描いた絵を見ながら、檀がふひひと笑う。
その言葉を聞いて、みさきは――
「……ん」
「お、なんだこれ……うぉ!? 俺じゃねぇか!」
「……」
「みさきが描いたのか!?」
「……んっ」
「うぉぉぉぉスゲェぞみさき! 最高にかっこいいぜ!」
「……ひひ」
「――でも、なんか……いや、なんでもない」
――ふりふりふり、みさきは首を横に振る。
「……もっと」
「ん? まだ描くの? いいよいいよー」
ふりふり。
「違うの?」
「……ん」
もっと上手くなってから。
その心理を檀が知るよりも先に、龍誠が部屋のドアをノックした。
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