第63話 プールに行った日(準備)

 八月十日。

 保育園に集まった年長組の子供達と、ゆいちゃんのママを除く保護者達はバスに乗ってプールへと向かった。


 バスというまさかのビップ待遇に驚いたが、聞けばプールの経営者が園長の親しい友人らしい。そのおかげで、四月、六月に余った分の予算を足せば、バスだけでなくチケット代まで賄える程度の料金で利用できるのだそうだ。コネってすごい。


 四十分くらいバスに揺られた後、プールの入り口前に到着した。道中で覚えていることと言えば、とても騒がしかったことと、ゆいちゃんが服の下に水着を着ていたことや、途中からゆいちゃんが静かになったこと、みさきがちょっぴりキラキラした目をしていたことくらいだ。他にも、ゆいちゃんとみさきが微笑ましい会話をしていたような気がするが、見事にバス酔いしたゆいちゃんの介護が終わる頃には忘れてしまった。

 歩ける程度に回復したゆいちゃんとみさきを女性組に預け、俺は男親達と一緒にヤンチャなガキ共をつれて男子更衣室へ向かった。ガキどもは半端なく騒がしかったが、周りの声も負けないくらいに大きい。


 このプールは、なんとかランドとかいう大きな遊園地の中にあって、プールだけの面積でも保育園の十倍以上はある。その広い面積のおかげで窮屈に感じる事は無いが、人の数だけなら明らかに夏祭りより多い。


 思ったよりも利口だった子供達を着替えさせ、女性組と合流する。

 若い人達の経産婦とは思えない体や、年配達のもうちょい運動しろよって感じの体は、二重の意味で目の毒だった。そんなわけで俺は即座に大人達から目を逸らして、子供達に目を向ける。


 まず目に入ったのはゆいちゃんだ。


「あたしは、かえってきた!!」


 このように意味不明な発言をしていることはさておき、水中ゴーグルを首にかけ、お腹の周りにはヒマワリが描かれた浮き輪を装備していた。着ている水着はワンピースタイプで、白と桃色の縞模様。両手を浮き輪に当て、大きな目を輝かせるゆいちゃんは今日も元気だ。


 そして――


 カメラァァァァァ! カメラ持ってこい! カメラカメラカメラ!!

 チックショウあの店員やっぱりセンスいいじゃねぇか!? 最高だぜ!


「……ん?」


 俺の熱い視線に気付いて首を傾けるみさき。

 みさきの着ている水着もワンピースタイプで、青をベースに白い水玉模様が描かれている。どこにでもある普通の水着だが、みさきが着るとその輝きは何億倍にも増幅される。


 ……生きてて良かった。今俺は、確かにそう思った。




 かくして俺達は解放感溢れるプール、ではなく、併設された子供用の屋内プールへと向かった。

 なかなかファンシーな動物が描かれた看板の下を通って、まず目に付いたのはドーナツ型のプールだった。そこでは浮き輪に乗った子供達がゆらゆら流されている。ドーナツの穴の部分には何人かの従業員が居て、子供達の動きに目を光らせていた。


 さらに奥に目を向けると、小さな滑り台――ウォータースライダーや、少し大きなカラーボールがプカプカ浮かんでいるプールがある。


「でぇわぁ、四時まで自由行動ということで。保護者の皆様は、自分の子供から目を離さないようにしてくださいませっ」


 といった佐藤は子供から目を離して真っ直ぐ大人用のプールへと向かった。もちろん取り巻きの二人も後に続く。残されたのは俺を含めた若い保護者達で、顔を見合わせると苦笑した。慣れとは恐ろしいものである。佐藤達の子供については、今日は普段は参加しないパパさん達も参加しているから問題は無いであろう。もちろん俺も目を配るくらいのことはする。


 さておき、自由行動である。お楽しみ会という集まりではあるが、所詮はあの佐藤が企画したものだ。明確な規律など無い。気付けば各々が好き勝手に動き始めていた。


 残された俺は、どうしようかと足元に居るみさきに目を向けた。

 みさきはどこかを見ていて、視線を追った先ではゆいちゃんが元気に準備運動をしていた。


「みさきも準備運動するか?」

「じゅんび?」

「おう。いつも運動する前にやるアレと同じだ」

「……ん」


 みさきは頷くと、グッと背伸びの運動を始めた。この辺りは毎日のようにやっているから特に言う事は無い。俺は無言のまま、みさきに続いて準備運動を始める。


「きょうこそ、およぎます!」


 準備運動が終わると、ゆいちゃんがプールを指さして高らかに宣言した。その後、ふっふっふと肩を揺らし始める。


「まけるきがしません。きょうのあたしは、ひとあじちがいます……」


 良く分からんが、たぶん泳げないのだろう。人に教えた事とか無いが、きっとみさきも泳げないし、あとで一緒に教えてやろう。すごいやる気だから余計なお世話かも知れないが……。


「りょーくん! およぎかたおしえてください!」


 一味違うって人任せかよっ!? 教えるつもりだったけど!!


「おぅ、任せとけ」


 水着売り場でゆいちゃんのママと出会った時、娘を頼むと言われた。そんな言葉など無くてもゆいちゃんの面倒を見るつもりだったが……いや、余計な事を考えるのは止めよう。


「しゃあ! 今日は楽しむぞ!」

「あそびじゃない! しんけん! ぜったいおよぐ!」


 気持ちを切り替えて叫んだら怒られてしまった。

 ……納得いかねぇ。

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