第55話 不死身の改造魚人

 何度も。何度も何度も何度も何度も魚人の大男の体をレンコンで貫いた。その度に体には大きな穴が開くのだが、しかし大男は死ななない。開いたいた穴は開けた傍からぐじゅぐじゅ音を立てて塞がって行き、男は何事もなかったかのように立ち上がって来る。


 魚人は基本的に人間と同じような臓器を持っている筈なのに、その臓器をことごとく破壊していっても結局は再生されてしまう。心臓でさえもだ。

 おまけにこっちは既にボロボロの状態から少しずつ追い打ちの攻撃を食らっており、槍の柄で受けようが何をしようが結構なダメージになってしまっている。


「ぐっ、血を流しすぎたか」


 殴られては受け、その度に傷口から血が溢れる。そんな事を繰り返していると、当然血が足りなくなって貧血状態になって来る。立ち眩みなんて起こしている場合ではないのに、攻撃を避ける為にしゃがめばその度に視界が揺れてしまう。


 エアロードで飛んでも地面を蹴って飛び上がったアイツに引きずり落とされてしまうし、かといって壁に穴をあけて脱出を図ろうにもその隙が無い。奴の瞬発力を甘く見て目を逸らそうものなら、たちまち全身全霊の一撃で殺されてしまうだろう。


 こうなれば後はアイツの頭に穴を開けるしかない。

 上から半分、鼻のあたりまで隠れているマスク。口元は戦いの間ずっと笑っていて涎やら血やらが混ざって垂れていてもお構いなしだ。

 流石にあの頭に穴が開けば、いくら再生能力が高いと言っても生物なら死ぬ筈だ。

 

 問題はどうやって頭に槍を当てるか。奴は3メートル以上の巨体なので頭を突くには上方向に着きを放たなければならないが、まだ槍初心者の俺ではその体制での攻撃が難しい。せめてもう少し槍の訓練をする時間があれば……。


「ちょっとしゃがんでくれよ。なんて言って聞いてくれるわけないよな」


 当たり前だがそんなのに従ってくれる筈もないので、殴りかかって来る腕を避けながら視界の端で何かないかと探してみる。

 ここでアイツと俺の身長差を埋めるには後1メートル程足りていないので何かしらの台座や段差があればいいのだが、ざっと見たところ使えそうなのは段の上の噴水だけだ。しかし、噴水は足場が濡れていてとても槍を使える状況じゃない。


「何か、何かないか……あった! あれだ!」


 俺が見つけたのはNo.8と書かれた真っ黒な箱だった。そう、奴が出て来た金属製の箱だ。今は縦の状態で置かれているが、あれを横倒しにすることが出来ればいい高さになる。

 しかしまあ、戦闘中なので悠長にあれを倒しに行く暇がない。という事でここは目の前にいる魚人の大男の力を利用することにした。


「こっちだ!」


 動く歩道を横向きに発動し、滑るように箱へと向かって行く。こんな狭い空間では出せるスピードもたかが知れているが、あの場所に近づくにはちょうどいい。


「フーッッ、フーッッ、ハハハハ!」


 まるで獣のような動きで俺を追いかけてくる魚人の大男。箱はここからだと左側面が見えているので、このまま右から回り込めばアイツが突っ込んで来て箱を倒してくれるだろう。


「さあ、来いよ」

「ハハハッ! ハッアァ!」


 よし! 上手くいった。何も考えず俺を攻撃してくるばかりなので、障害物に構わず突っ込んで来てくれると思ったんだ。


 アイツのタックルによって箱が左側面を上にして倒れ込んだ。タックルを受けた鉄製の黒い板はべっこりと凹んではいるが乗る分には問題ない。


 俺はアイツが箱を飛び越してくるタイミングを見計らって再び回り込み、そのまま箱の上に乗る。すると勢い余って飛び過ぎたアイツは手と足をフルに使って地面に伏せるようにしてブレーキをかけ、そのままこちらを向いてまた走り出した。


「アーハッハッハ! ギャハハハハ!」

「うるせえんだよ。いい加減に」

 

 あとやる事は今までと同じだ。レンコンの切っ先をアイツの頭に定め、刃に魔装を施す。


「これで終わりだ!」


 奴が近づいて来たところで顔に向かって槍で突くと、強烈な電撃が刃先から放たれた。刃の届いていない場所までその肉をえぐり取り、アイツの顔面に穴が開いて行く。


 槍を放し、咄嗟に突っ込んで来る体を躱す。今回は対象箇所が体じゃなく頭だったので、その体を吹っ飛ばすことは出来なかったようだ。しかしこれならコイツももう終わりだろう。


 手を放したことで頭部に出来た穴から飛んで行くレンコン。それを見ながら俺は勝利を確信していた。……のだが。


「キヒッ」


 嘘だろ。頭をつぶしてもダメなのか!?

 何なんだコイツは。これじゃあまるで完全に不死身じゃないか。殺す方法がまるでない。


『無駄だ』


 何だ? スピーカーか? アナウンス用のスピーカーから爺さんのような声がする。


「誰だ!」

『私はそいつを作り出した者だよ』

「作り出しただと?」


 ただのイカレタ魚人じゃないとは思っていたが、まさか改造魚人だったとはな。


『そいつは改造魚人No.8。不死身のエイトだ。どうだ、素晴らしいだろう?』

「こいつをどうやって作った? 一般の魚人を攫ってか?」

『だが残念なことに体は不死身だが知能の方が壊滅的でね。クライアントはこれじゃあ納得出来ないという事で廃棄する寸前だったんだ。しかし、まさかこんな所で役に立つとは。足止めぐらいにはなるかと思ったが、それ以上じゃないか!』


 チッ、こっちの話なんか聞いちゃいない。マッドサイエンティストが。

 このエイトとか言う奴はそもそも足止め用で不死身ではあるがそこまでの価値もないらしい。クライアントが何を求めているのか知らんが、毒の実験なら不死身のコイツでやりゃいいのに。


 それにしてもこの声の主が言う事が本当なら、コイツは改造魚人の8番目。つまり確実に7番目までは他にコイツのような改造魚人が居るという事になる。


 一体でもこれだけ苦戦してるって言うのに、こんなのが後7人以上……。


 控えめに言って最悪だな。ふざけるなよクソッタレ。

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