第34話 絶望の防衛戦③「幻想巨獣ムー」
辺りは一面真っ暗で何も見えない。先ほどまで聞こえていた戦場の喧騒も今は全く聞こえず、静寂が一帯を支配している。
さっきまで朝だったのに、瞬時に夜に変わる。一体どうすればこんなことが起こるのかと考えてみるが、何も浮かばない。
「アレン、居るか?」
「! ああ、アリスか。ここに居るぞ」
良かった近くに居たんだな。さっきまで傍に居て戦っていたのだから当然なのに、あまりの衝撃ですっかり忘れていた。だがまあ、静まり返った空間にアリスの声が超えて来たのはかなり安心できた。暗すぎて何も見えず、何も聞こえない空間にいきなり放り込まれたら、誰だって不安になる。
「アレン、あの光る道を造ってくれ。暗すぎて何も見えん」
「ああ、『ライトロード』発動」
アリスの言う通り『ライトロード』を発動すると、俺の足元から一気に明かりが吹き出した。どうやら見たところ俺たちが居る場所はさっきと変わらず北門前の様だ。光源を増やすべくそのまま辺りを回り、同時に周囲の状況を確認して行く。
するとある所で、何かが縮こまって震えているのを発見した。
何だと思って見てみると、どうやら小さくなったウルフクイーンだったらしく、見た目6、7歳ぐらいの子供のようになっている。
「アリス、こっちに来てくれ」
「なんだ、どうした。ん? この子は?」
「クイーンだ。でも何か様子がおかしい」
さっきまで牙をむき出しにして俺たちを襲おうとしていた姿は見る影もなく、今は小さくなって頭を抱え、ぶるぶる震えている。一体何があったからこんな状態になったのか。ウルフクイーンはこの戦場でも間違いなくトップクラスの強さを持っていたと言うのに、何がそんなに怖いんだ?
取り敢えず今のこいつは危険じゃ無さそうなので放置することにして、周囲の探索を再開する。
『ライトロード』の明かりで周辺の状況が分かるようになってきた。隊長がシャドウウォールを建てていた場所には今は何も見えない。影なので暗くて良く分からないだけかもしれないが、戦闘がストップして解除した可能性もある。
逆に反対側の『ジーン』北門の方を見ると、今度は何か謎の壁のようなものが出現していた。北門はその謎の壁に遮られていて見えないので、かなりの大きさがあると思われる。
結論、訳が分からん。
「ひとまず隊長さんたちと合流するか?」
「ああ、戦闘も収まっているようだし、一旦合流しよう」
戦闘が始まってそう時間は経っていないが、被害状況についても知っておきたいし、何より急に夜になった現象について何か知っているかもしれないからな。
そう思って隊長たちが居るであろう方向に向かおうとした時のことであった。
前からガシャガシャと鎧が激しく動く音が聞こえたかと思うと、急に馬に乗った騎士たちが現れたのだ。
「アレン君か!」
「ビックリした。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「すまないが説明している時間が無い。急いで町の方に向かうんだ!」
そう言うと隊長と騎士たちはそのまま町の方へと向かって行ってしまった。その後からも走って隊長たちを追いかける兵士や冒険者たちがぞろぞろと現れる。
一体何なんだと思って騎士達が来た方向のさらに後ろを見ようと目を凝らすと、何やらピンクっぽい色をした物が蠢きながらこちらに迫って来ていた。
「何だあれは!」
「分からないが、逃げないとヤバそうだ。行くぞ!」
アリスの手を引いて近くに寄せると、『動く歩道』を発動して兵士たちを追いかける。
だが、問題はこの先に逃げても謎の壁で進めないようになっていることだ。
結局そこまで逃げても行き止まりでは後ろのアレに追いつかれてしまうだろう。あれが何なのかは分からないが、隊長たちの様子から考えると追いつかれて良いことが起こるとは到底思えない。
俺たちは『動く歩道』によってすぐに兵士たちを追い抜き、先頭を走っている隊長たちに追いついた。壁はもうすぐ目の前だ。
「何だこの壁は!」
「隊長! これを見てください! 歯です!」
「何だと! という事はやはりここは奴の……」
追いついて隊長たちに合流したその時、隊長とその部下の騎士の会話がちょうど聞こえて来た。歯とか言っていたが一体何のことだろうか。
「隊長、今の話、何かこの現象について知ってているんですか?」
「アレン君か。時間が無いので手短に話すが、落ち着いて聞いてくれ。実は私たちは今『ムー』と呼ばれる巨獣の口の中に居る」
「え?」
いきなり何を言い出すんだと聞き返そうとするが、隊長はそれを許さずにそのまま話をつづけた。
「これを見てくれ。これはコイツの歯だ。後ろから追って来ている触手は、おそらくこの巨大な口内に入れた物を歯のある場所まで運ぶための物。今はウルフマンを優先して食っているのでまだ緩いが、その内食いつくしたら我々が本格的な標的になる。その前に何とかこの口をこじ開けて外に出なくては全員死ぬことになる」
色々聞き過ぎて正直混乱してきたが、やらなければいけないことはハッキリわかった。ここが口の中なら確かに早く抜け出さないと死ぬ。
「俺のスキルを使えばこじ開けることは出来そうな気がします。ですがそれをやるには最初にほんの少し隙間が必要です」
「そうか! よかった! 隙間程度なら私のスキルでも何とかこじ開けられる。人一人通れるか通れないかぐらいだが、大丈夫か?」
「はい、それぐらいあれば何とか」
「よし、では早速開始する。その間他の者は触手の対応に当たれ!」
そいう言うと隊長さんは早速スキルを使って口をこじ開け始めた。しかし、横に無限に続いているのではないかという程に大きい口だ、簡単には開かない。
「クッ! あ、開くぞ! アレン君!」
しかし、隊長さんはあの時見たシャドウウォールを圧縮して硬度を増し、その状態で無理やりこじ開けてみせた。ならば次は俺の番だ。
隊長さんが作ってくれた隙間、その隙間に手をかざしスキルを発動する。
「『
俺が発動した能力は高速道路を作成する『
基点となる場所が必要だったので隊長さんに隙間を作ってもらったが、後は自動で下から上に向かって『
「口が開くぞ! 触手の相手はもういい、全員脱出しろ!」
隊長の指示に従って次々と外に飛び降りて行く騎士や兵士、冒険者たち。触手は太陽の光が苦手なようで外までは追って行かない。
「後は私たちだけだ! アレン君、アリス、脱出するぞ!」
「すみません、俺は今スキル発動中で動けないんで、体を運んでもらえますか?」
「大丈夫だ、お前は私が運ぶ。隊長、脱出準備完了しました」
「よし、行くぞ!」
隊長が後ろから来る触手を切り伏せるのを見ながら、俺はアリスに抱えられて飛び降りる。仰向けに抱えられていたため隊長が飛び降りてくるのが見えた、良かった隊長も無事飛び降りれたらしい。
そして肝心の俺たちが今まで居た巨大な口の持ち主である『ムー』の姿だが、デカい、なんて言葉では言い表せない。山だ。これはもう山だ。体中に生えた緑色の毛と、ツノのように突き出した巨大樹。下の方もコケで覆われていて、何千年もの歴史を感じる。
そして同時に俺はゾッとするものも感じていた。何処からともなく現れたこの巨獣は、ウルフマンを食いつくした今、次に何をするのか。
少し顔を上に向ければ、『ジーン』の街壁が見える。
当然このまま帰ってはくれないよな。
「どうやってこんなのを止めればいいんだ」
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