第30話 ウルフクイーン
あと3時間で『ジーン』に向かってウルフマンの軍勢が押し寄せる。
ウルフィンにそう言われた俺とアリスは、余裕の表情を見せる奴の言葉に絶句した。これは嘘じゃなく本当の事だと奴の表情から直感的に悟ったからだ。
現在の時刻は午前3時過ぎ、たとえ残り3時間でウルフマンの軍を見つけたとしても、2万もの軍勢相手では何も出来はしない。
それはここに今向かっている騎士団が到着しても変わらないだろう。1人1人は強くとも多勢に無勢だ。
「に、2万の軍勢が『ジーン』を襲うだと!? 嘘をつけ! 貴様がここに居ると言うのに知能の低い魔物ごときが軍を成せるはずがない!」
「フフフ、私を誰だと思っているんだ? そんなのとっくに解決しているに決まっているだろう」
「どうやって? たとえウルフウーマンが複数いても、それぞれの群れの単位でしか統率は取れないだろ」
俺がそう聞くと、ウルフィンはニヤリと笑って口を開く。
「上が複数いて纏まらないなら、さらに上を作ってしまえばいい。そう、私はウルフマンの社会のトップに君臨する特別な個体を創り出したのだ。ウルフマンたちの女王、『ウルフクイーン』をな!」
バカな! 人間が新種の魔物を創り出すなんて、そんなことがあっていい筈がない。
魔物は基本的に全て人類の敵だ。コイツはいつまでも制御出来るつもりなんだろうが、絶対に御しきれなくなる日がやって来る。復讐したい相手のみならず、自分も含めた人類全体にとっても脅威になるかもしれない魔物を創り出してしまったという事を、コイツは分かっているのか!?
「その軍は何処に居る?」
「何をするつもりだ御者君? いや、便利屋だったか?」
「もちろん軍を止めに行くんだよ」
「あははは! 馬鹿か君は! 1人で言ったところで止められるわけが無いだろう!」
その通りだ。1人で行ったところで軍は止められない。だが、その女王個体さえ何とか出来れば足を遅くするぐらいは出来るかもしれない。
「いいだろう。強いと言っても君1人では何も変えられはしないだろうからな。
北だ。『ジーン』の町の北にある森の中にウルフマンたちは集まっている。せいぜいミンチにならないように頑張りたまえ」
「ああ、戻って来てお前をぶん殴るまでは死なないよ。アリス、こいつの見張りと子供達を頼む」
「待て、私も行った方が良いのではないのか? お前ではウルフウーマンにも勝てないだろ」
「大丈夫だ。秘策がある」
秘策というのは俺のスキル『ロード』のレベル3で得た能力の事だ。あれは当然道が光るなんてしょぼい能力だけじゃなく、他にも使える能力が備わっている。その中の1つを使えば『ウルフクイーン』を倒せるかもしれない。少なくともウーマンならこれで倒せるだろうという自信はある。
「じゃあ、後は頼む」
そう言って俺は屋敷を飛び出した。向かうのは奴が言っていた『ジーン』北の森だ。
取り敢えず軍の存在が本当かどうかを確かめ、もし本当なら『ジーン』の騎士団支部や冒険者ギルドに伝えて避難誘導と応戦の準備をしてもらわなくてはならない。
『ジーン』北の森までは屋敷から急げば3分で到着できる。だが、現在は夜。ライトロードを使ってバレる危険性を考えれば、トップスピードで向かうわけにもいかない。時間が掛かっても慎重に動かなくては。
森に到着すしたのはそれから10分経ってからだった。
今のところ森に何かが起こっている様には感じられない。時折風に揺れる木の葉の擦れる音が聞こえるだけだ。
さて、ここからどうやって軍を見つけるかだが、このまま森の中に入ってしまうと臭い袋を持っていない今の状態では即気づかれてしまう。ではどうするかというと、ここで俺のスキル『ロード』のザ・オプション第2の能力を使用するのだ。
「レベル3 ザ・オプション。『エアロード』発動!」
この『エアロード』はその名の通り空気中に道を作り出すことのできる能力だ。これだけ聞けば空を飛べる凄い能力だと思うかもしれないが、残念ながらこれには制限がある。
『乗れる人数は3人まで』、『高さの上限は地上150メートルまで』、『使い終わったら消える』と、まさにちょっとした追加オプションのような感じだ。
この辺りの森は杉のような針葉樹が多く、上空から見ると意外に地面が見える所が多い、おそらく定期的に伐採して使用していて、木と木の間隔が少々開いていることも要因の1つだろうと思うが、半月の月明かりだけでウルフマンたちを探すのは困難だ。
「2万匹も居るなら簡単に見つかると思ったんだけどな……ん?」
今は森の淵の方を流れている川に沿って、だんだんと北に向かうように探していたのだが、大きく右にカーブする場所の川の畔に何かが居た。
今は木の高さに合わせて地上50メートルぐらいを進んでいるので大きさが良く分からない。普段この視点で物を見ないからな。とは言え普通のウルフマンのには見えないが……。
ウルフウーマンか? そう思って木々に隠れながら近づいて行く。しかし、そこに居たのは俺が予想していたのとは全く別物の何かだった。
「何だあれは?」
ただ川で遊んでいるように見えるそれはウルフウーマンっぽい特徴はあるものの、あまり似通ってはいなかった。大きさはウルフウーマンと同じぐらいだが、姿がどうにも人間っぽい。
「まさか、あれがクイーン?」
確かに魔物の中には人間の姿に近くなるほど強くなるというものも居ると聞いたことがあるが、そう言う類のものなのか?
「ん? あれ?」
今の今まで川で遊んでいた奴が居ない。一体どこに?
「グルルルル」
「後ろかッ!?」
エアロードを使ってすぐに急上昇する。上昇しなければやられるという直感が働いたのだ。
結果的に俺の直感は当たっていた。
上昇を始めて約30メートルほど『エアロード』を上げた時にふと後ろを見てみると、なんと先ほどのクイーンが俺のすぐ後ろまでジャンプして迫っていたのだ。右手の鋭い爪を振りかざして今にも切り裂こうとしている。
「マズい!」
とっさに下に見える川に向かって急降下した。飛び上がって来ていた奴には急に俺が消えたように見えただろう。
川すれすれまで来て後ろを振り返れば、案の定クイーンは俺を見失ってそのまま落ちて来ていた。
「ギャア! ギャア!」
「なにッ!?」
何だ!? チッ! いつの間にか川沿いにウルフマンが集結していやがったのか!
「だったらこのまま引き付けて、ずっと北に誘導してやる!」
付かず離れず一定の速度でこのまま川を辿って行けば、北の方の大森林に誘導できるだろう。大森林は魔物の強さが段違いなので、そこに入ってしまえばウルフマン程度なら食らいつくしてくれるはずだ。
「ガウ! ガウ!」
「クイーンか! いいぞ、追いかけてこい!」
まるで忍者のように水の上を走って来るクイーン。脚力が強すぎるからか、足元の水が毎回爆発したように飛び散っている。しかし、スピードで言えば今の俺のトップスピード120kmにギリギリ追いついてない。このままいけば……。
しかし。
「キュウ!?」
ある一定の場所を越えた辺りでクイーンは急に立ち止まると、そのまま跳ねるように踵を返して戻って行ってしまった。
効いているのだ、ウルフィンの制御が。
元々この森に来たのはあのクイーンを何とかする為だったが、しかし、あのクイーンが俺に倒せるだろうか?
水の上だったから奴は俺に追いつけなかっただけで、あれが地面の上だったら速攻で切り刻まれていた気がする。
「とにかく軍の存在は確認した。それにあのクイーンの様子から今すぐに軍が『ジーン』に向かう事もなさそうだ。なら今すぐに『ジーン』に戻って騎士団支部と冒険者ギルドに警告しに行った方がいいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます