第29話 不敵な笑み

 ウルフマンは倒してしまったけど、上から人降ってこないな。


 目の前に転がるウルフマンたちを見ながら、俺はボーっとそんな事を考えていた。


 降ってこないという事はアリスが上手くウルフィンを捕まえたってことなんだろうけど、いつまで経っても「捕まえたぞ」とか「もう終わったからこっちに来ていいぞ」とか声が掛からないので、こんな血生臭い所に放置されてちょっとムカついて来る。


「おーい、もう終わったのかー」


 こうやって呼び掛けても、見えるのは窓に張り付いているオッサンの顔だけ。どうせなら美女の顔とかにしてくれよ、その方が気がまぎれるからさ。


 もう勝手に中に入ってしまおうか。そんな事を思った瞬間、部屋の窓がバッと開かれた。どうやらさっきから張り付いていたオッサンが開けたらしい。


「き、貴様! 私のウルフマンたちをどうした!?」

「見てわかるだろ。全部殺した」

「ば、馬鹿な! 15匹は居たんだぞ!?」

「数ぐらい数えられないのか? ちゃんとそれだけ居るだろ」


 このやせこけた目つきの悪いオッサンがウルフィンか。それにしては有名な研究者のくせに数も数えられないなんて、本物か疑わしいな。子供でも数えられるぞ。

 子供には見せられないけど。


「おい、それより飛び降りるんだったらさっさとしろ。逃げられると思うならな」

「そんな事させるわけ無いだろ。お前は終わりだウルフィン」

「クッ」


 後ろから現れたアリスがウルフィンの首に刀を添える。少しでも動けば首の動脈が切れてしまう位置だ。

 これでひとまず作戦は成功だな。だが本当に大事なのはここからだ。奴が何処かに連れ去っているマーク君の居場所と、計画が今どの段階まで来ているのかを聞き出さなくてはならない。


 剣を収め、屋敷の中に入ってゆっくり奴の部屋に向かう。途中この屋敷に居る子供たちが何事かと様子を見に出て来ていたので、何でもないから部屋に入っているようにと言うと、知らない人が屋敷をうろついていて怖かったのか皆素直に従ってくれた。


「さてと、それじゃあどうやって聞き出す?」

「喋るまで指を1本ずつ切り落とす」


 おいおい、とんでもないこと言い出したぞコイツ。仮にも子供の前だってのに。

 いや、そう言う手法なのか? 俺しか居なかったらどうせ嘘だろと思って信憑性が無くなると踏んで、純粋な子供を残すことでその子の恐怖心がウルフィンに伝わるようにしてるのかもしれない。


「あ、そうだ。君は他の子供たちの所に行っていなさい。今から私たちはコイツと大事な話があるからね」

「え、は、はい! 失礼いたします!」


 あ、違ったんだ。


「う、嘘だろ。本気なのか?」

「当たり前だ。話すなら何もしないが、話さなければ……」

「ヒィ! わ、わかった。子供の居場所を教える!」

「それでいい」


 アリスの脅しが余程怖かったのか、ウルフィンは子供の居場所についてぺらぺらと語り出した。

 最初に孤児院に目を付けた時の話から、マークとレイラがどれだけ自分の計画にとって重要かなど、途中からまるで自分に酔っているかのような語り草になって来て、ぶん殴ってやろうかと思った。


 そして最終的にウルフィンが言って来たマークの居場所は、この家の裏手にある森、その奥にあるウルフィンの住処の洞窟だった。その最深部に食料や水と共に檻に入れてあるらしい。


「マークは分かった。レイラは何処に居る?」

「れ、レイラは『ビーア』という村の近くの森の中だ。同じようにウルフマンの巣の洞窟の奥に檻に入れたまま放置してある。もっともこちらは随分前の話だからもう助からないかもしれないがな」

「ふん!」

「ぎゃあ!」


 なるほど、今のレイラについての質問でマークの居場所の情報が嘘でないことを確認したのか。実際レイラに関してはコイツが言ったことと合っていた、となればマークの居場所も本当にそこだろう。

 そしてもう1つ、今レイラはもう助からないかもと言ったことによって、マークは助かる可能性が高い事が分かって来た。


「なぜ檻に入れた。貴様は子供たちを檻に入れてウルフマンの巣に放置することで何がしたい?」

「そ、それはウルフマンの繁殖だ。彼らの社会にはある一定の期間に特定の個体の体から発せられる特殊なフェロモンと、わざと手の届くところにエサを置き食べずに飢餓状態になるという2つの要素によって、リーダーが雌個体のウルフウーマンに変態するという特性がある。

 そのために彼らの好物である人間の子供を彼らが手を出せない頑丈な檻に入れて、私が長年かけて見つけ出し作ったフェロモンと一緒に巣の内部に放置する必要があったんだ」


 なるほど、これで子供が必要だった訳が分かった。全ては自然の摂理に逆らってウルフマンたちの生殖時期を早めるためだったのだ。

 魔物というのは子供の期間が極端に短い。だからその時期をずらせさえすれば次々と兵士を作り出せると言う訳か。まさに無限の軍隊だな。


「しかし、それならなぜ2人だけなんだ?」

「それはレイラとマークが特徴的な見た目をしていたからだ。ウルフマンはそう言った外見的特徴で獲物を選ぶ傾向がある。だからまずはあの2人を使って繁殖させ、それが成功すれば別の場所で残りの子供たちを使うつもりだった」

「ちっ、ゲスが! 次は計画についてだ、さっさと話せ!」


 そこからはまた長い話が始まった。コイツが王都でウルフマンについての研究の功績を認められる前から始まり、その後追放されどんな人生を歩んで来たか、そこからどうしてこの計画を実行しようと思ったかなど。まあ、喋る喋る。

 一体何時間喋り続けるつもりなんだというぐらい話をして、時計を見ると気付けば翌日の午前3時。19時半から開始して実に7時間以上も経ってしまっている。


 一体どれだけ自分語りが好きなんだコイツは。一々話が演技掛かっていて、うざったいったらない。


「もういい。さっさと今の進行状況を言え!」

「あ、ああ、今はさっき言った通りウルフマンの数を増やしている最中だ。君たちが来たんでここでストップになってしまうがな」


 という事はまだそこまでの数のウルフマンは誕生していないという事か。これで計画もとん挫だな。


「だがまあ問題ない」


 急にウルフィンの態度が変わった。さっきまでおどおどした雰囲気だったのに、今は不敵な笑みを浮かべている。


「ウルフマンの軍隊はもう『ポティート』を攻めるには十分な数が用意されている。もっともまずは『ジーン』だがな」

「なにっ!?」

「私がやる事はもう無い。後は待つだけだ」

「待つだと? 何を待つんだ! 答えろ!」


 そう言ってウルフィンに掴みかかるアリス。それを奴はいやらしい目で見ながらこう言った。


「クククッ、夜明けだよ!」




 夜明けまで、あと3時間。

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