第9話
二重になっている自動ドアを抜けて、オープンな事務所の受付の方に声をかけた。
「お忙しいところを大変申し訳ございません、三嶋と申します」
そこまで言うと、その小柄の女性は、
「三嶋さんですね、承知いたしました」
と、淡い緑色のソファーに誘導してくれた。
腰を下ろし、横の棚に置いてある水槽でゆったりと泳ぐ出目金を見ていたら、
「初めまして、三嶋さんですね、主任の朝日です」
と、細身の、頭の良さそうな女性に声をかけられた。
「遠いところを、ありがとうございます、お疲れでしょう」
「こちらこそ、本当にありがとうございます、お忙しい中、お時間をいただいて申し訳ございません」
同時に、
「本日は、よろしくお願いいたします」
と、笑顔になった。
事務所の向かって左脇にある白い廊下を歩いた。
冷房は効いていたが、汗が噴き出してきて、小さいタオル地のハンカチはすぐに重くなった。
「暑かったでしょう?」
「いえ、緊張なんです」
「それは必要ないですよ」
そうこうしていたら、右手に茶色のドアが少し空いていた。
朝日さんは、
「ここがスタッフルームです、どうぞ」
と、誘導してくれた。
隙間から、お腹が当たらないように入室すると、
「ここに座ってね、三嶋さんの机になるから」
と、鮮やかなオレンジ色の椅子を指差された。
朝日さんは、右斜め前の赤い椅子に腰を下ろした。
沈黙はなくて、
「三嶋さん、助けてもらえないですか?」
「え?僕にとっては勿体ない限りですが、本当に僕でいいんでしょうか?」
「お願いします」
そんなやり取りがあった。
戸惑った。
「まだ、面接も受けていないですし」
5日後、面接を受けた。
その夕方に合格の知らせをいただいた。
就職までの期間、新職場に何度も足を運んだ。
仕事の準備をしたかったのと、先輩方の名前と顔を憶えたかったからだった。
都度、お菓子を買って行った。
暑かったから塩っ辛いものばかりを選択してしまったが、在職者の皆さんはチョコレートパイでも食べたかったに違いない。
何回目かの訪問の際、話してみた。
「どこの馬の骨なのかも分からない者を拾ってもらって」
すかさず朝日さんは、
「私は、馬の骨の形を見たことがないの」
「それでも」
「そろそろ怒るよ」
僕は、もうすぐ上司になる人の前で、少し泣いた。
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