第101話 葛藤と、博物館





私の目の前にいる国王ロビンと、その妻と娘の顔には、ヘロニモから飛び散った肉片や血飛沫が付着していた。


3人ともヘロニモの最後の瞬間を目の当たりにし、真っ青になり、震え上がっている。




【お前に命令をする】


「は、はい•••」


国王ロビンには、反論する気力も、この場を覆す力もなかった。




【妾の成すことに抗うな】


【エルネニーから一切の税を取るな】


【エルネニーの領主であるリース及びエミールに害を生した貴族を処分せよ】


【この王都をお前の力で立て直せ。もう、税金喰らいはいないのだからな】


【よいな?】


「は、はい。仰せのままに」



私は最後に国王ロビンを睨みながら言う。



【もし命令を反故すれば、妾と魔王がお前達の敵となろうぞ】


「ま、魔王•••」


国王ロビンは絶望に満ちた顔で、その場に静かに項垂れた。



【ラーラ、ナーラ、サーラ、行くぞ】

『畏まりました』



私はラーラの背中に飛び乗ると、ラムズデールの王城を後にした。



【大魔王の威圧】は終了した。





ラーラの背中に乗ってエルネニーに向かっている最中、私は自分の額をラーラの背中に当てた。


ドラゴンの背中は幾重もの固い鱗が重ねっていて、冷んやりとしている。

額を鱗に当てたまま、右手でラーラの背中を優しく撫でた。



「ラーラはさ、私のこと怖くないの?」

『マリー様をですか?』

「うん•••」

『怖いと感じたことはありません。ただ、マリー様の圧倒的なオーラと威圧を前に、震え上がることはあります』

「そっか」

『どうかされましたか?』



私はラーラの背中に抱きついた。

抱きつくといっても、ドラゴンの背中は大きく、両手を広げてもただ大の字を作っているだけになる。

私の気持ちとしては抱きついている、それが正しいかもしれない。



「盗賊とはいえ、あれだけの人を殺めちゃったから•••。気になっちゃって」

『殺された盗賊は、多くの人族を殺めてきた輩です。死は当然であり、仮に盗賊が生きていた場合には、他の人族が犠牲になっていたでしょう』

「うん。それは分かってるんだ。分かってるんだけどね•••」


ドラゴン化しているラーラは、首を横にして、私の顔を見てくる。



『大魔王の威圧、というスキルを発動中は、マリー様の意識はあるのですか?』

「意識はあるよ。でも、大魔王の威圧を発動している私を、少し離れた所で見ている感じかな」

『離れた所で•••。以前にも話されていましたが、マリー様の体に魔神が降臨しているという事でしょうか?』

「そうだと思う。それでも、実際に攻撃しているのは私だって感覚はある」



ラーラはしばらく無言になった後、急に旋回を始め、眼下に見えていたエルネニーから逆方向に進み始めた。


「ラーラ?どうしたの?」

『少し寄り道を』


ラーラはそう言うと、スピードを上げた。


これまでにない速いスピードでしばらく進むとラーラは下降を始め、雑木林の中に着陸した。少し遅れてナーラ、サーラもやってくる。

木々に囲まれ、東西南北も分からない状況ではあったが、不思議とその景色には見覚えがあった。



「あれ、ここはガーネット?」

「その通りです」

「ラーラ、あれを見せるのですか?」

「そうだ」

「あれって?」


ナーラとラーラのやり取りに割って入るが、答えてくれない。

サーラも何も言わずに私に笑顔を向けている。


人型に戻った3人と雑木林を歩いて街道に出ると、そこは普段あまり使わないガーネットの南口に続いている街道だった。

会話もなく4人で黙って歩いていると、ガーネットの街が見えてくる。

そう、ガーネットの街が•••。


んっ?


「ラーラ、あれは?」

「マリー様の博物館です」

「うっ!!は、博物館!?」

「はい」


そう。私の目に入ったのはいつものガーネットの街と、その横にかなりの面積が確保され、周囲が壁に覆われた敷地があったのだ。

壁の中央部分には入口があり、門番まで立っていて、これは最早ひとつの村に見える。


門は5メートル程の高さがあるが、その高さを超えて幾つもの建物、見た目から飲食店と分かる物から図書館のように厳かな雰囲気の物まで様々な建物が確認できた。


そして、一番驚いたのは、入口に大勢の人だかりができていたことだ。

入口だけではない。私はその村?まで300メートル程の位置にいるが、少し手前まで行列が出来ている。


「何これ?」

「皆、マリー様を見に来ているのです」

「へっ!?」

「あの門の中には、マリー様がこれまでに成してきた偉業やそれに関連する記録、また開発された食べ物から初期に着られていたセーラー服まで、あらゆる物が展示されています」


いつも『転移スキル』で家に直接転移してしまうためまったく気づかなかったが、知らない間にこんな博物館が出来ていたなんて。

しかも、セーラー服の展示って、いつの間に持っていったのよ。


それに、この行列、数千人はいるんじゃないだろうか?

どうしてみんな、そこまで博物館に来ようとしているのだろう。



「ここには、ラミリア領内はもちろん、アントワネット王国、サズナーク王国、レーリック王国からマリー様に感化された人族が毎日来ています」

「私なんかのために?」

「私なんかではないのです。マリー様だからなのです」


ラーラ、ナーラ、サーラは、優しい表情を浮かべて私に言ってくる。


「マリー様によって助けられた人族は、大勢います」

「今日の盗賊達は1万人以上いたかもしれませんが、やつらが生きていれば、この先も人族を害してたことでしょう」

「即ち、今日のマリー様は1万人以上の人族を救ったのです」

「ラーラ、ナーラ、サーラ•••」



3人の姿が滲んでいく。

私の目から自然と涙が流れていようだ。


「ありがとう。ラーラ、ナーラ、サーラ。3人は最高の友達だよ」

「「「とも、だち•••」」」


ラーラ達は可愛く3人揃って首を傾げたが、直ぐに何か靄が晴れたような明るい表情になった。


「マリー様と初めて会った日に言われた言葉」

「それが友達でした」

「あの時は分かりませんでしたが、友達、今は分かったような気がします」


私達4人は、お互いの顔を交互に見て、そして不思議とみんなで笑い合った。


とても良い雰囲気だった•••。

少しの間だけ•••。



「ま、マリーーー!!」


良い雰囲気を容赦なく壊す呼び声が聞こえた。


「ラドさん?」

「おめぇ、何でこんな所にいるんだ!?」

「何でって•••」

「初めまして、マリー様、私は•••」

ドゴッ


ラドさんと一緒に来た若者が名乗ろうとした時、ラドさんの拳骨が若者の頭に入った。


「名乗ってる場合じゃねー。こいつは最近俺が色々教えてやってる新人冒険者で•••、って違う!!」

「ラドさん、慌ててどしたの?」

「マリー、逃げろ!!」

「えっ?」


その瞬間、地面が揺れる感覚に襲われ、足元に妙な違和感が走った。

考える間も無く、ラーラ、ナーラ、サーラが私に抱きついてくる。



「マリー様。転移を」

「何で?」


足元から顔を上げた瞬間、地響きを上げている正体が判明した。


「「「「マリーー様ーー!!」」」」

「「「「本物だーーーー!!」」」」


マリー博物館に来ていた人達が私に気付き、走って近付いてきていたのだ。


「あわわわわ」

「マリー様。転移して下さい!!」

「はいーー」


私は慌てて『転移スキル』を発動し、エルネニーの中央広場に転移した。



「あ、危なかった•••」

「流石にあの人数ですと、我らでも防衛が難しく•••、んっ?」

「ま、マリー様•••」

「これは転移もできん•••」



ラーラ達のおかしな反応を受け、私は周囲に目線を移すと、四方八方、人に囲まれていた。


「な、なんか、みんなこっちを見てない?」

「そのようです」

「皆、マリー様の帰りを待っていたのでしょう」

「退避、、できなそうですね」

「「「「へ、へへへ」」」」


私達は互いに目を合わせ、空笑いをする。



「「「「マリー様だーー!!」」」」

「「「「帰って来たぞー!!」」」」

「「「「戦ってくれた3人の姉ちゃんもいるぞーー!!」」」」



既に四方八方を囲まれていた私達は、抗うこともできず、街の人達に胴上げをされたり、涙を流しながら街を救ってくれたことへの感謝をされたり、それはそれは揉みくちゃにされましたよ。


一頻り揉みくちゃにされた時、集まっている人達がモーゼが海を割るように綺麗に一列分、スペースを空けてくれた。

その列の先には、リースさんとエミールさん、そしてアリサの姿があった。



私は無意識に走り出すと、そのままアリサに抱きついた。

アリサも私も泣きながら謝り、泣きながらお礼を言い合った。




大事な人が無事だった。

大勢の人が守られた。


今はそれだけを考えよう。




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