第23話 首無し騎士、デュラハン
ひんやりとした風が吹き抜ける。暗い空には雲に隠れる月が一つ、星はちらちらとしか見えす天気の悪い中、屋敷の前にクラウスたちは立っていた。フィリベルトもいるが、彼は一言も話さない。黙って大楯を構えているだけで振り返ることすらしなかった。
彼の態度にアロイが「ひでぇ」と愚痴るが、クラウスは仕方ないことだと宥める。何度も雇われた冒険者が逃げているのを見ているのだから、期待するだけ無駄だという態度になってしまうのも分からなくもない。
自分たちがいることを拒絶しないのでまだいいほうだろう。邪魔だと言われないのだから幾分かは許されているということだ。これで対話ができればいいのだがと、クラウスはフィリベルトの様子を窺うが表情が見えないので何とも言えない。
(対話できないことにはな……)
クラウスはもし自分の考えが正しかった時のことを思うと対話ができないのは痛手だ。声をかけるタイミングを窺っているとぶわりと強い風が吹き抜けた。
その風と共に周囲の空気が冷えていく。肌を突く冷気を感じてクラウスは腰にかけた二刀の短刀に手をかけた。アロイも異変に気づいたのか、ブリュンヒルトの肩を叩いてクロスボウを構える。
かしゃん、かしゃん。鉄の擦れる音が響く。ふわり、ふわりと紫の人魂が宙を舞う。暗がりからやってきたのは馬に乗った騎士だった。
黒く薄汚れた鎧は月明りに鈍く光り、吹き抜ける風にマントがたなびく。男のような体格だがその首から上は無く、馬もまた首は無いのだが鳴く声は響いていた。
首の無い騎士の周囲にはゴーストたちがふらふらと漂っている。それらはけらけらと笑っているようで不気味だ。
「あ、あれって……」
「デュラハンだ」
ブリュンヒルトの問いにクラウスは答えた。デュラハン、それはクラウスの思い当たった魔物だった。
「彼女に近づけさせるわけにはいかない」
フィリベルトが前に出たのと同じくデュラハンも動いた。腰にかけていた剣を抜き、馬を走らせてくる。フィリベルトはその剣を大楯でいなしながらその盾で馬を殴った。
強い衝撃に馬が押されて声高く鳴く。フィリベルトから距離を取ったデュラハンは動きを窺っているように見えた。
「デュラハンってことはクラウスさんの考えがあっていれば……」
「今のままでは絶対に勝てない」
クラウスの言葉にブリュンヒルトが「なら、急いで……」と返そうとする言葉を遮るようにゴーストたちが襲ってきた。
素早く避けたクラウスは「ヒルデ、光を!」と指示を出す。ブリュンヒルトはロッドを構えると詠唱を開始した。紫の魔法石が詠唱とと共に淡く光っていく、その眩しさにゴーストたちは悶え苦しむ。
クラウスがフィリベルトのほうを見れば、彼は一人でデュラハンに立ち向かっていた。デュラハンの剣を大楯で受け止め、自身の抜いた剣を向ける。大楯と剣の両方を使いこなせている姿に熟練の腕を感じた。
けれど、攻撃が相手に届いていない。かすりはすれど傷を、打撃を与えられているようには見えなかった。フィリベルトの攻撃を弾き、デュラハンは剣を振り上げる。
すかさず大楯を構えるフィリベルトだが、デュラハンの攻撃よりも先に馬の突き上げが入った。瞬間、態勢を崩すフィリベルトにデュラハンの剣が向かう――その刃を短刀が受けた。
音もなく駆け飛んだクラウスがデュラハンとの間に入り、フィリベルトに向けられた剣を受け止めたのだ。その素早い行動にフィリベルトは驚いたように目を開く、それはデュラハンもだったようで飛び退くように馬を後退させた。
「フィリベルト、一旦退く!」
「何を言っている! このままでは間に合わなくなる!」
「分かっている! だから、一旦退くんだ!」
クラウスの大声にフィリベルトは黙った。何を伝えたいのかその鋭い眼だけで読み取れるほどの表情をしていたから。
「ヒルデ、今だ!」
「聖なる光を、此処に!」
クラウスの合図にブリュンヒルトが声を上げると周囲を眩い光が包んだ。その眩しさにゴーストたちは消え、デュラハンは悶え苦しみながら屋敷を離れていく。
今だとクラウスはフィリベルトの手を引いて駆けだした。アロイが屋敷の扉を開けて待っていたのでそこに飛び込んだ。
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