❸守りたいもの

「事件はまだ終わってない」芥庭さんから送られたメッセージに俺は驚いた。


終わっていない?つまり、まだ犯人は……いや、真犯人がいる?どちらにせよ芥庭さんに詳しく聞くしかない。


当然、RAIRUに送ったメッセージに既読は着いても返信は来ない──直接、会えって事か……


「疲れたな、今日は大変だったな……」


今日の事で疲労が溜まっていた俺は、少しいつもより早く就寝した。


次の日、学校に行くと弘樹が居て、こっちに駆け寄って来る。


「おい、大丈夫だったか!?妹ちゃん、昨日の事件で学校爆発されたんだろ!?」


大声で言われた事もあり、周りの人達もこっちを向く。


「大丈夫だったよ、犯人も捕まったし……只、暫く学校は休みだろうな」


今回の事件、幸い死人も怪我人も出なかった。良かったと言えば良かったが……生徒の中には心に傷を負った者もいただろうし、学校の一部が爆発によって壊れた。損害は少なくないだろう。


「いやぁ、妹ちゃん無事で良かったぁ……て事で今日、お前の妹ちゃんを俺に紹介──」


「しない!……他人の傷心中の妹に付け入ろうとする奴には今後一切紹介しない」


「前から思ってたが、お前ってシスコン?」


「そんなわけねぇだろ、シバくぞ」


いつも通りお互い巫山戯あったりしながらそれぞれの講義へ向かう。そして今日の全てのコマが終わって外に出ると、門の前にいつもの様に注目を集め立つ女性、芥庭深乱……


「やぁ、やっと来たね、聞きたい事があるんだろう?」


「また、Alvinoですか?」


「客が少ないから話安くて丁度良いよね、あの店」


「まぁ、雰囲気落ち着いてますもんね」


何の意味があるか分からないフォローをしたが、マスターが聞いたら泣きそうだな……


店に入った俺は、席に着いて本題を切り出す。


「芥庭さん、事件がまだ終わってないってどう事ですか?」


「そのままの意味さ、犯人はまだ捕まっていない……君も不思議に思った事があるんじゃないか?」


──犯人に人質を取られていたのに、誰一人犠牲者が出ず迅速な犯人逮捕……確かに引っかかる。


でも何より速報と、その後のニュースでの事件の食い違い……


弘樹は逃亡中の殺人犯が生徒を人質に立てこもったと言った。


しかし、その後のニュースでは犯人は自暴自棄のジムの職員、誰も逃亡中の殺人鬼という情報は無かった。


「どうやら今回の犯人、能力者の様だよ」


「能力者、ですか……」


「色々調べたんだけど、5人は殺してる──それも全て能力者だ」


嫌な考えが頭を過ぎる──まさか、犯人の狙いは……希?だから痣があった俺にも──いや、考え過ぎだ。


だいたい、たかが1人の為に大勢の人間を巻き込むなんて……──と思うものの、俺の中には明確な不安が渦巻いていた。


「君の妹さん、気を付けて上げた方が良いよ」


「分かりました、気を付けます」


「妹さんは君の家?暫く学校休みだと聞いたし、家に居るんだよね?」


「俺の家というか、実家ですけど……まぁ、学校から結構遠いんで大丈夫だと──」


「でも念の為にも、外出はオススメしないよ」


「お気遣い感謝します、妹にも上手く伝えて起きます」


つまり、あの爆破は希を狙っていたのか?そんな事のために関係ない人達を巻き込んだのか?


「仮にだけど妹ちゃんが狙われていた場合、立て籠る教室を間違えていた様だね、あの犯人」


「つまり、犯人は……ドジ?」


「君は馬鹿か?たまたま能力者を発見して乗り込んだのは良いが教室が分からなかった──だったら?」


「つまり、態と捕まって希を……」


だとすれば人質がいた教室に、仕掛けてた爆弾を態々温存して希を狙った?


何故、自分と同じ能力者を殺そうとするんだ?理解ができない──いや、しようとするのは無理な話なのか……


「どうやら失敗したようだけど……大方、エンブレムだけ確認して顔は見てなかっただろう」


「だから顔を確認し、捕まった後で何らかの能力で罪を被せ逃亡した?」


「犯人は完全にイッてる、多分スナック感覚で能力者を殺してる……妹ちゃんが狙いなら、直ぐにまた襲って来る」


「脅さないで下さいよ、まだ決まった訳じゃ……」


「脅しじゃない、現場に君もいたなら君まで狙われてる可能性がある……それに君は、いざという時に力を使う覚悟はあるか?」


正直、力を使うのは怖い……また誰かを傷付けてしまう、それが怖い。


『もう能力は使わない』と決めた──しかし昨日、妹を守る為とはいえ能力を使用してしまった──それ自体に後悔はしてないし、良かったと思っている。


しかし、助けられなかったらと考えると、怖くて仕方ない。誰かを傷付ける事よりも……だから──


「使えます──いや、使いますよ!」


「なら良いんだけど、くれぐれも君も気を付けてね?」


その後、俺は1人で家を出た。それから3歩もせぬうちに、着信──希からだ。急いで出る。


「もしも──」


「兄さん!」


最後まで言わない内に希が張り詰めた声を上げる。


「部屋の前、誰かがずっと待ってるの!怖いよ!早く帰って来て!」


部屋?──つまり彼奴は俺の部屋に……馬鹿野郎!大人しく家に居ろよ!


「直ぐ向かう!絶対扉開けんなよ!」


希の声も無視して俺は走り出した。その中で決意があった。


もしも誰かが俺の大切なものを壊すのなら──俺はもう躊躇わない!


自分のマンションに着くとエレベーターを待つ暇も無く駆け上がる──そして通路にでると、確かに男が1人、俺の部屋の前にいる。


「すみません、配達に来たんですが、この部屋の方ですか?」


ホッ……と胸を撫で下ろした。希は用心深いからな。電話どころか、知らない人は配達員相手でも扉を開けないんだ。何だ只の配達員──


「兄さん、その人に近づいちゃダメぇ!」


全然気付いなかったが切り忘れていた電話から妹の声が──慌てて距離を取る。


忘れていた、コイツは能力で逃亡、他人を犯人に仕立て揚げ、ニュースさえも改変できる。


……つまり能力で相手を欺く様な力に間違いない。


「何であのガキには効かないんだろうなぁ」


配達員の口調が変わる。

間違いない、此奴が犯人だ!コイツが能力者だけを狙った連続殺人鬼だ!


──なら持っているのは小包ではなく、きっと能力で欺かれた何らかの凶器に違いない。


俺は能力を使えない──先程、力を使うと言っておいでなんだが、緑が無い場所で俺の能力は使えない──だから植物の多い場所に誘導する。


「まずはお兄さん、お前から殺してやるよ」


「やっ、やってみろよ!」


俺は挑発して走り出した。

正直に言って分が悪い、俺は相手が何処まで欺くか知らない……動きまで欺かれれば勝ちは無謀だ。


相手の武器が分からないのだから、迂闊に近付くのは危な過ぎる……


──だが、少なくとも俺に近付いて来る以上、銃とかみたいな遠距離が可能な凶器ではない筈だ。


只、一番の問題は『爆弾』だ。もしコイツが爆弾を用意してるなら俺の部屋に──そうなれば妹を守り切れない、欺かれた爆弾なら尚更だ。


「何処に逃げるの〜?君の能力見せてくれよー」


後ろから聞こえる男からの挑発を背に、俺は急いで階段を駆け上がる。


屋上は野菜や花だとが植えてある花壇がある──そこまで行けば俺の勝ちだ。


俺は屋上の扉を開いて、そこから距離を取って扉の方へ振り返る。


心臓がバクバク脈打っているのが分かる……緊張、恐怖、しかし準備を整っている。


一度は能力を使わないと決めた。しかし、その誓いは10年も経たずにして壊れた。


人を傷付けるのは勿論怖い──でも、世界で一番大事な俺の家族を傷付けるのなら、怯えさせるとすれば……


「やぁ、行き止まりだねぇ」


男が階段をゆっくりと上がって来た。


「そろそろ力を見せてくれよ、僕ちゃぁん!」


「じゃあ、お望み通り見せてやるよ!」


俺は能力解放した──背にしていた植物が蔦のように一斉に男に絡みつく……


「こりゃやべぇ、植物を操るのか?もう逃げられねぇわ」


しかし、男は余裕そうに笑っている。


「何故、能力者を狙う……」


俺は仕方ない事を聞いたのかも知れない、どうせ理解する事など出来ない事を……


「えっ?そりゃ俺様の能力が最強って証明する為じゃん!」


あぁ、コイツは生かしてちゃダメなタイプだ……俺の家族を傷付けるのなら──俺がこの手で殺さなきゃ……


「俺は他人を欺ける!そうすれば捕まる事だってないし、俺は捕らえる事だってできねぇ!」


俺は蔦を思いっ切り締め上げた──怒りと憎悪を込めて……ベキベキって音がした。


「なっ!?……カカシ?アイツは何処にっ──」


見失った──というか見えていなかった……目先にはへし折れたカカシが転がっていた。


「言ったよな?『どんな奴でも欺ける』ってさ」


身体に左胸に激痛が走る──俺っ、死ぬのか?


まだ、だッ……せめてコイツを──


俺は蔦をブンブンと自分の周囲で振り回し鞭の様にしならせた。


「おっと、危ねぇ……だが、へぇー俺を遠ざける為に使ったのか。頭良いじゃん!」


勿論、それだけじゃない……『時間稼ぎ』もあるけど元から目的は一つだ。


「じゃあ、終わりと行くぜ?直ぐに妹も送ってやるよ!」


喋り過ぎなんだよ、お前は……おかげで目的も達成できた。


コイツは欺いてから極端に攻撃が遅い……多分、嘲笑ってんだ。


戸惑ってる俺達を見て……だから、目の前から俺にナイフを向けて走って来るコイツは偽物だ。


相手が同じ能力者相手に真正面から突っ込んで来る程の馬鹿じゃない事くらい知ってる。だから奴は──


「後ろだァ!」


俺は後ろ向けて精一杯の蹴りを──


「ぐはぁっ──何でっ……」


男は腹を押さえて蹲る──それを今度こそ俺の能力で捕らえた。


「何で、分かった……」


「蔦を交わした時に喋った……だから距離とお前の位置が分かった」


「それだけじゃ……」


「足音──どうやら人の目は誤魔化せても、耳の方は誤魔化せなかったみたいだな……」


「ひっ、ははっ!この蔦を解け……」


男の手にはボタンが握られていた。恐れていた事が起きた──爆弾だ。


「妹がどうなっても──」


「残念だが、そうはならない」


「はっ?何言って……」


念の為に、鬼ごっこの途中でRAIRU入れてた。希から「避難したよ!お兄ちゃんは大丈夫!?」とがメッセージが届いていた。


「妹は避難させた。言っとくが、この物件割と脆いからな……死ぬのお前と俺と無関係な連中だな」


「そんなんで、俺が諦めるとでも?」


「そもそも押す気はないだろ?死んだら能力者を殺せなくなるから、お前は押さない、押せないんだろ!」


「ちくしょう、テメェ……」


コイツは能力者を殺すのが、能力を使うのが楽しいから生きたいんだ。だから自分もリスクを負う様な真似はしない筈だ。


それにコイツは捕まっても能力で何とでもなる……だから、コイツは俺が剥き出しにした殺気にビビってるんだ。


「力を使う事の何が悪い!力を持ったらそれを使いたいのは当然だろ!」


急に気が狂った様に叫んだ男に殺意が沸いて、蔦と拳に力が入った。


「やっぱり、お前はここで殺す──」


「ぐっ、がががァ……お前っ、出血で限界だっろぁ……」


心配ない出血を蔦で塞いで──急に身体に力が入らない……能力も解けて……


不味いッ──このままじゃ……


「ゴホッゴホッ……テメェ、ぶっ殺す!」


「──たく、君も無理をするね?」


次の瞬間、男の首から赤い飛沫が飛んだ。


「アガッ?……何でッ……何者……」


男はその場に倒れ込んだ。足元には先程のカカシ、手にナタの様な物が結び付けてあった。


意識が朦朧としてきた……出血、止めれて無かったのかな?


「さて、どうしたものかね?」


視界が暗くなり、最後に見たのは冷静な顔をした芥庭深乱だった。








目が覚めた時、俺が見たのは白い天井だった。


ここは病院だよな多分、て事は俺は助かった?というか芥庭さんが助けてくれたんだろうな。


あの犯人は──死んだのか?だとしたら芥庭さんが殺した?……


いや、助けられた分際で芥庭さんを恐れる筋合いは無いし、第一に俺も奴を殺そうとしてたんだから、俺に芥庭さんを咎める資格は無い。


などと考えに耽っていると突然、扉が開いた。


「やぁ、朱央くん──」

「──兄さぁん!」


「どわぁっ!」


泣きじゃくった希が俺の胸に飛び込んで来た。被せられた芥庭さんが不服そうな顔をしている。


「兄さぁぁん!無事で良かったぁ!本当にぃ……ぐすっ」


「痛いッ希、痛い!傷口、まだ閉じてないから……」


聞こえてねぇな、これ……イテテ……


「芥庭さん、昨日?は助けてくれてありがとうございました」


「あぁ、大事なお手伝いさんを失いたくないからね」


「それより芥庭さんは大丈夫ですか?」


「ん?怪我とかは無いし……あぁ、犯人の件なら警察に任せておいたよ」


多分、俺が心配したのが身体の事じゃないと分かったんだろう。


それと「任せておいたよ」は多分、警察は芥庭さんが犯人を殺害するのを容認してるって事だろうか?


お手伝いさん──もしかしたら、芥庭さんの仕事は手に負えない犯人の処分だったりするのだろうか?


「安心して良い、私の仕事は君の思っている様なものじゃない」


何!?この人、人形操る以外に心を読む能力とかも持ってんの!?


「てか、良く俺のマンション分かりましたね?後、屋上にいるってのも……」


「あぁ、一昨日から付けてたんだよ。私の可愛いお人形さんをね」


枕元に小さなテディベアのストラップが置いてあった。GPS機能とかあるのか?普通に犯罪だよね?


「あっ!そういえば兄さん!」


だんだん泣き止んできていた妹が急に俺から離れた。


「な、なんだ?どうしたの?」


「アタシ、芥庭さんの所でアルバイトする事になりました!」


アルバイトって小説の?えっ、まさか例の手伝いの方!?


「アルバイトなんて、お兄ちゃんは許しません!」


「もう決めました!給料良いので辞めません!兄さんの許しとか知りません!」


「おい、兄の言う事は素直に──」

「──あー!兄さんが目覚めたんだからナースコールしないと!」


「あっ!テメッ……」


ナースコールで看護師さんが出た瞬間、芥庭さんが何故か近づいて来た。


「朱央くん、君の能力はどうやら使い勝手が悪そうだね?そんなんでこれから妹を守れるかい?また同じ様な奴が現れるかもよ?」


芥庭さんは俺の耳元で囁いて来た。この女、妹を人質に取る気か……


「私が居れば、守ってあげれるしね。それに能力が発言した時も頼りなってもらって構わないよ?」


「分かりましたよ……」


俺は渋々だが……本当に嫌々だが、仕方なくOKした。


実に不覚ながら、こうして俺は人気小説家・芥庭深乱の裏の仕事のお手伝いをする事になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

墓石のライター 藤倉(NORA介) @norasuke0302

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ