第25話 ブレない酒飲みの中年男と、伯父世代の幽霊少年

 彼は、ドアを閉じて客室の椅子に戻った。

 そこにはなんと、ベッドの枕の近くに、あの母子連れが来ているではないか。


「米河さん、御忙しいというか、お休みのところ、失礼いたします」

 母親の方が、丁寧にあいさつする。

 そういえば、この親子連れに会うのも久しぶりだ。しかし、県外のここにまたなぜ、この日に限って、出張って来られたのか?


「プリキュアの時間は外してやったからな。でも今は、野球だし、どうせ君も酒を飲んでいるようだから、陣中見舞に来てやったぞ」

 これは、かの少年。今日はなぜか七五三で着るような服を着ている。母親はというと、昭和の頃、彼がまだ幼いころに見た女性たちの典型的な服装。


「あ、ど、どうも、お久しぶりです。ご無沙汰、致しております」

 彼はようやくのことで、言葉をつなげた。

 テレビは相も変わらず、野球が続いている。

「まあその、残るともったいないですから、飲みますね」

 そう言いつつ彼は、4本目のビールをさらに一口飲んだ。

 まだ半分ほどは残っている。


「あのさあ、君、禁酒しているのではなかったか?」

「いえいえ、今日は、禁酒の休憩2日目ということで、禁酒も週休2日で行こうと、ワタクシは、かく思料いたしまして、それを実行に移しておる次第なのであります」

 母子ともに、この言葉には、大いに呆れている模様。

「せっかくの休日、禁酒の休日ということでしょうけど、そんなときにお邪魔して、申し訳ありませんね。しかも、こんなところまで出向いてまいりまして。小説の続編を出されるというお話を聞きまして、ぜひちょっと、米河さんにお話したいと思いまして、今日は出向いて参りました」

「は、はあ、そ、それはどうも・・・」

 母親が、さらに話を続ける。


 彼女は、彼のかけている眼鏡を見た。

「ところで、その眼鏡ですが、どうされました?」

 彼は、昨日の顛末を話した。


 そうですか。それは困ったことですね。

 昔なら、早速修理というところでしょうけど、下手すれば買い替えたほうがよほどいいという、そんな時代になって久しいですね。私共の生きていた時代に比べても、眼鏡に限らず、モノの価値というのは、どうなのでしょうか・・・。

 モノで困ることは、昔ほどではなくなっているようですけれども、なんだか、勿体ないことが多い気がしてなりません。ところで米河さん、その眼鏡は、どうされるおつもりですか?


 この質問に、中年男はこう答えた。


 まあその、修理できればしたいところですし、片方の脚が折れていても、自宅では使えないわけじゃない。

 このレンズ、ブルーライトカットと申しまして、パソコン作業などにあたって目が疲れないような仕掛けのあるものでして。

 そういう作業時には、これで十分使えます。あとは例えば、私が最近やっております、ようつべ、もとい、YOUTUBEの動画を作成する際にかけるとかね、この眼鏡、一種のトレードマークみたいになっておりますから、そういう使い出もあろうかと、考えております。


 かの少年が、話に加わってくる。

「まあ、そこは認める。君の丸眼鏡と蝶ネクタイについては、異論は言わないでおくよ。ついでに言えば、夏場でも長袖、ワイシャツをするならカフスボタン。そういうところはきちんとしているというか、何と言うか、ようわからん奴だなとは思うけど、まあ好きにしてくれればいいよ。でも、プリキュアに至ると、ねぇ・・・」


「現代っ子の行きつくところ、ってとこですか?」

 そう言って彼は、缶の中の残りのビールを飲み干した。

 そしてその足、もとい手で、冷蔵庫からもう1本取出した。

「えらくよく飲むねぇ。そうして余裕をかまして見せるのが、知識人なのだな?」

「ええ。そうです。そこは決して、ぶれません」

「ぶれない酔っ払いさんにあっぱれというべきか、大喝を出すべきか。やれやれだよ」

 幽霊少年の弁に、50代の中年作家は構わずビールを開け、飲み始めた。

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