第18話 黙って、文章を読んでくれた恩人

 母親は、やんわりとした口調ながら、劣勢からも相手を必ず詰ませるとばかりの調子で攻めてくる。


 そうですね。先日こちらに来られたようですが。あなたは3年間、ひとつのことを本気でやって、それで芽を出すことを体感できたのです。

 その点では、南海の野村さんと同じような経験をされたわけです。

 あなたは小説を通じて表現することを選び、それに磨きをかけた。そして、小説家として正味2年間、あなたは小説を書き続け、本を出せました。

 その経験を糧にして、あなたには、これから先小説家としてやっていく自信が、できたのかしら?


 畳みかけるような話ぶりに、孫ほどの年齢の中年男性は、防戦一方。

「はい、できました。私は、ただの小説好きや趣味で書いているのではありません。仕事として成立させるべく、書いてきました。これからも、そのつもりです」


 ここで、息子のほうが話に口をはさんでくる。

「君の最初の頃の文章を読ませてもらったけど、ビギナーズラックの出た文章だね」

「ええ、おじさん! 私はね、これで身を立てるべく、書いてきたのです!」

「どうでもいいけど、おじさんがおじさん、言うなよ。まあ、君の母方の上の伯父さんと同い年であることは認めるにしても、ねぇ・・・」

 巨人の野球帽の少年姿のおじさんが、甥ほどの年齢の中年男に「抗議」する。


 息子と孫ぐらいの年の少年と中年男の言い合いを、母親が制した。


 あなたが書き始めの頃の文章を、ある筋で拝読しましてね、最初にしてはよく書けているなと、皆さん、おっしゃっていました。ほら、あなたが選挙でよくお会いしていた永野修身さん、軍令部総長をされた海軍元帥と同姓同名で早稲田大学出身の方です。昨年の年明けに亡くなられてこちらに来られました。ご存知ですよね。

 永野さんは、米河君は間違いなく小説を世に出せる文章力はあるが、どれだけ書き続けられるか、あきらめずにやれるか。

 それが一番の問題だと、私の前で述べられました。

 ビギナーズラックという言葉、その時に永野さんがおっしゃいました。

 大酒飲みで賭け事好き、賭けマージャンで家業の本屋をつぶして、その後は、選挙となるとあちこちでうごめいては何やらやらかす。失礼ながら、胡散臭い方でしたよね。あなたの周囲の皆さんに多大なご迷惑をかけられた。帰る金がないと言って同世代の知人に5千円や1万円を借りて、そのお金で煙草を買ったり、缶ビールを買って飲んだり。返した試しもほとんどない。借金もあちこちあり、飲み屋のツケ多数。

 永野さんはそんな方でしたが、米河さんにとっては、恩人ともいうべき先輩のお一人ではないですか?


 100歳を超えたはずの30代の女性の質問に、当年50歳の中年男が答えた。

「ええ、確かにその通りです。小説家としての私の文章を真剣に読んでくださったのは、あの方が初めてでした。黙って読んでくださるだけでしたが、それだけでも、本当に心強かった」

「あなたは、社会性というものを武器にして生きてきたからこそ、他者を見る目をしっかりと養って、それをもとに、人間性を高めて来られたとお見受けしました。若い頃は他者を排除するところが多々見られましたが、社会性を伸ばすことで克服されました。今もって独身、セーラームーンやプリキュアを観ている。そのあたりには、私も思うところがありますが、米河さん、あなたは、本当に人に恵まれていますね」

「ありがとうございます」


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