第165話 戦う理由

 

 そうだな、外危ないもんな。

 操縦席に入れたのか、ジェラルド。


「うっ」


 またさらに振動。

 しかも今のはデカかった。

 なんでこんなでかい振動が、と思ったら、二号機が五号機を地面に倒して銃を向けている。

 その引き金を、容赦なく連射。

 打ち込んでる場所、五号機の顔面なんですが。

 胸部を踏みつけられているから、起き上がれないんじゃ——と慌てて駆け寄ろうとしたら五号機の手が二号機の足首部分を掴む。

 バギィって、だいぶ嫌な音がしましたよ。

 そのまま背中から黄金の光を放出して、起き上がる。

 機体自体が白と金に覆われた——五号機のギア5!


「神鎧……!」


 二号機は足首を掴まれ、引きずられるように持ち上げられてぐるん、と一回転してぶん投げられた。

 それも予想済みのように軽々着地した二号機を、ランスのビーム光線が追撃するがこちらも簡単に避けられる。


『やはり決着はつきそうにないな』

『黙れ! 今日こそ殺す!』

「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!?」

『『!?』』


 迫力が凄すぎて怯みそうになったが、さすがは俺だ。

 二人の戦いを止めるために駆け足のまま止まるのを失敗。

 転けた。


「ヒューバート様ぁぁぁー!?」

「ごめーーーん! だってまさか窪みがあるとは思わなくてー!」

「い、いえ、転ぶなら転ぶと言っていただけると、心の準備ができますので!」

「そ、そっか、ごめん……ごめん!?」


 俺はなにを謝っているんだ。

 レナもなかなかのむちゃくちゃ言ってるんだぞ。

 いきなり転んで衝撃がデカくて混乱してるのかな?


「くっ、と、とにかく、二人とも戦うのをやめてくれ! ここはハニュレオ……他国なんだぞ!」

「そうです! それに、ラウトはもう大人なんですから喧嘩しちゃいけませんよ!」

『はあ!? 大人も子どもも関係あるか!』

「そ、その、敵討ちをしたいのは、仕方ないのかもしれないけど——」


 父親を殺された、その仇。

 千年前だろうとなんだろうと、その悲しみは残り続けるんだろう。

 だけど、少なくとも他国に迷惑をかけるのはちょっと待ってもらえないだろうか。


『なにを言っている。俺の父は軍人だぞ。敵と戦い、死ぬことをなぜ恨まねばならない』

「は?」

「え?」


 五号機の光は衰えないが、ラウトの声は非常に冷静だ。

 なんとか立ち上がって、ラウト——五号機を見る。

 恨んで、ない?


『俺とて軍に身を置いた者。そのぐらいの分別はついている。ギア・フィーネに戦闘機を囮にして使うという、指揮官の無能ぶりには未だに怒りを耐えられそうにないがな!』

「え? ……えーと、じゃあ……? ……なんでそんなに二号機が嫌いなんだ……?」


 負け続けた、という感じではないし?

 引き分けが続いたから、にしては殺意が高すぎる気がするし?

 理由が他にもあるのかな?

 と思ったら五号機がランスを持ち上げ二号機に向ける。


『——こいつが……』


 言葉が一度止まった。

 そこから先を思い出すのが、嫌なような、腹が立って腹が立って仕方ないような。

 本当に、まさしくそれこそが因縁の始まりなのだ。

 ラウトの父親のことではない。

 “本当の怒りの根幹”。


『こいつが、この男が! 自分自身の兄を……血の繋がった兄を、そのビームライフで撃ち抜いたのが……許せない……! いくら裏切り者だからといっても、こちらは捕虜返還を提案していた。実兄をよくもまあ、骨も肉も残さず焼き殺せたものだな……!』

「え……」


 兄!?

 って、ナルミさんの婚約者の人?

 殺した……? 実の兄を殺したのか? この人が!?


「そんな……どうしてそんなことを……?」


 俺からこぼれたのは本当に疑問だった。

 だっていくらなんでも、そんなことする人には思えないし。


『————』


 沈黙。

 けれど、二号機の方からも動揺が感じられた。

 ラウトが二号機を敵視している理由が、シズフさんも意外だったのかもしれない。


『……母は……俺たちの母は強化ノーティス手術で非常に特異な特性が現れた。自分の身体能力を、子に受け継がせる特性だ』

『!』

「?」


 強化ノーティスはノーティスというナノマシンで凶暴性や闘争本能を抑えた人間を、戦闘用に強化した存在。

 特性という特別な能力の他に、重度の副作用が出やすい——いわゆる強化人間。

 その強化されると身体能力は上がる。

 さっきシズフさんが生身で、魔法も使わず十メートル飛び上がったあの身体能力……あれが強化ノーティス由来のものなら——あれを子どもに、受け継がせられる?

 なにそれ、やばくね?

 その子どもが、ノーティスになったあと強化ノーティス手術を受けたら——あ?


『俺の生物学上の父親は、母のその特性を悪用して三人子どもを産ませたが、母と同じ特性を持って生まれたのは長兄イクフだけだった。強化ノーティス手術を受けたあと、さらなる人間離れした力を手に入れたのは俺だけだったが——母のその特性を持つイクフを、死体だけでも残しておくのは“あの男”の研究を続けさせかねない。だから残しておくことはできなかった。あれの死体を燃やしたのは、それが理由だ』


 ……言葉を失った。

 なんて時代だ。

 それが許されるのか?

 吐き気が止まらない。吐くわけにはいかないけど。


『残して、ホルマリン漬けにされた、“一部”でも……俺は許せない』


 シズフさんは感情が希薄な人だと思ったけど、ちゃんと自分の意志はある人なんだ。

 お兄さんの尊厳を守るために、遺体を遺さなかったのか。

 五号機の方を見る。

 ラウトは、その答えを知ってどうする?

 俺はもうすでに泣きそう。

 ラウトの、イクフさんへの想いも、シズフさんのイクフさんへの想いも、どちらもとても、とても優しいじゃないか……。


『……わかった。そういう理由があったなら——俺がお前と戦う理由は、もう、ない』

『!』

「ラウト……!」

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