第144話 千年越しの和解(1)

 

「嘘マジなにこれ!? ナルミさん? ナルミさんこれどうやって止めたらいいの!? あ、あ、っ無理」

「ヒューバードさまぁぁぁぁぁっ」

「ごめんレナーーー!」

『ぐっ!』


 衝撃を和らげようと魔法で防護壁を張るけれど、それを乗り越えて物理法則に則った衝撃で頭を椅子に打ちつけた。

 幸いレナは俺が抱き締めていたせいか、怪我はなさそうだけど。

 うっ!


「ごめんレナ!」

「ヒューバード様!?」


 操縦席のハッチを開けて、俺は吐いた。

 なにを、って……ゲロを。

 オロロロロロと。

 ……絵面がひどい。

 五号機の主に腰の付近に顔を埋めるような四号機。

 そのうつ伏せの四号機の操縦席から顔を出してリアルに吐いている俺。

 この涙はゲロを吐いて苦しくて流れる涙なのか、情けなさで流れる涙なのか、どちらだろうか。


「はあ!? 本当に吐いているだと!? 人の機体に!? ふざけるなよ貴様ぁ!」

「……ごめんなさい、ラウト……」


 五号機の操縦席のハッチが開いてラウトが出てきた。

 俺の知っている幼いラウトではなく、成人した二十代前半風のラウト。

 ああ、多分こちらが本物の——本来のラウトなのか。

 そしておっしゃることがごもっともすぎて本当にマジで申し訳ありませんでした。


「大丈夫ですか、ヒューバード様! 一度全部吐いてしまった方が楽だと思います!」

「だからふざけるな! 人の機体にゲロを吐き散らすな! それでも王族か貴様は!」

「ラウト、そんなことを言ってはダメです。ヒューバート様だって人間なんですから、あんなにグルングルン回ったら吐きたくもなります。正直わたしもちょっと今気持ちが悪いです……」

「え、レナ、大丈夫?」

「は、はい。ヒューバート様が守ってくださったので、吐くほどではないですが……」


 五号機の上に落下してしまい、それでもさらに吐いていた俺の背中を、レナがさすってくれる。

 優しい。女神。天使……。


「……ギア・フィーネで乗り物酔いになる登録者など聞いたことがない……」


 俺もないです。

 っていうか俺の知ってるロボアニメでもロボ漫画でもロボに乗って乗り物酔いになるとかありえない……なぜならカッコ悪いから。

 主人公はかっこよく初めて乗った機体でも乗りこなして、強敵を打ち破るものだ。

 それが王道だ。

 つまりやはり俺は主人公ではない。

 仕方ない。

 それなのに、どうして四号機は俺なんかを登録者に選んだんだろう?

 お間抜けさんなのか?

 ガンガン痛む頭を上に向ける。

 綺麗な深い緑色の機体。


「本当に、四号機と四号機の登録者は規格外なことばかりする。完全に興が削がれた」

「よ、よかったよ……?」

「よくない! 魔法で[洗浄]しても貴様がブレイクナイトゼロに吐瀉物をぶち撒けた事実は変わらないんだぞ!」

「本当にすみませんでした!」


 お怒りがごもっともすぎる!


『なんだかんだ言って受身を取って四号機……いや、ヒューバートたちをカバーしてくれたのか』

「貴様……ディアス・ロス。どうして生きている?」

「!」


 左腕を失ったサルヴェイションが、五号機と四号機が倒れたところへ降りてくる。

 そこから聞こえるデュラハンの声。

 そうだ、本当に、生きている。

 結晶化した大地クリステルエリアでもギア・フィーネなら結晶化しないからと、降り立ったサルヴェイション。

 一部が破損している操縦席のハッチが開くと、無傷のデュラハンが姿を見せる。

 あれ、怪我は……?

 それに、両目が青い。

 デュラハンは右目に大きな傷があって、右目は紫色だったのにその怪我もない。


「さあ? レナが歌ったあと、体が完全に消えて気づいたらこうなっていた」

「神格化したと? 貴様も?」


 五号機の上に降りてきたデュラハンは、なんとも清々しい表情になっている。

 そういえばラウトも記憶を取り戻した時より、ずいぶんスッキリした顔しているような?


「神格化……って? デュラハン、大丈夫なのか?」

「ああ、どうやら俺も無事に“人間の枠”というのを超えてしまったらしい。千年も生きていたのだから仕方ない。ただ、そのせいでサルヴェイションは神鎧には至れなかった。俺の責任だ。申し訳ない」

「え? ええ?」


 ドウイウコトナノ。

 なんかこの二人だけでわかる会話してませんか?

 俺にもわかるように話してほしい。


「デュラハンさん、人間ではなくなったということですか? それって、もしかしてラウトと同じ……?」


 レナがラウトを見上げる。

 人ではなくなったラウト。

 五号機のギア5で『神性領域』に到達した者は、人間の枠を超えてしまう。

 神の領域。


「神様になったの……?」


 まさか、と思いながら声に出す。

 他に思いつかない。

 ラウトとデュラハンが俺を見下ろして、そして二人で顔を見合わせた。


「ギア・フィーネがギア5に達すると、登録者も神格化するようになっていたんだ。俺はラウトの神力——結晶化の影響で、登録者としではない形で神格化してしまったけれど」

「つまり貴様ら人類に対して神格化していた俺が、滅びを望んだから結晶病が世界に広がり今に至るわけだ。ふん、俺も王苑寺ギアンを笑えない邪神というわけだな」

「ラウトが——結晶病を……」

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