第137話 深淵のナルミ(1)

 

 なら、普通じゃないことがラウトの身に起こった。

 その普通ではないことの可能性として、もっとも信憑性が高いのがギア5への到達。

 ——神の領域。


「三つ目の根拠はサルヴェイションがラウトを『人間の生体反応ではない』と断じたこと。これはギギやメメも同じことを言っていたな」

「あ……」


 人間の生体反応は見当たらない。

 確かにサルヴェイションやギギはラウトを『人ではない』と断じていた。

 人じゃなくなる?

 ギア5に到達すると?

 若返りもその影響?

 じゃあラウトは本当に、なにになってしまったと?


「四つ目はヒューバートが見たという結晶病を操る力。一瞬だけとはいえ、ラウトが結晶病を操る力を持つのなら、俺の結晶病が他の者たちと違うことや、サルヴェイション——ギア・フィーネが結晶化しないのもある種の関連性があると推測できる」

「!」

「同じく“歌い手”……現代の聖女が歌を歌うことでそれを治癒する効果を発揮するのも、関連があるのではないか? 五号機とラウトがギア5に到達したことで、人ではなくなって得た力が世界を滅ぼそうとしているのではないか? ラウトの望みは世界の破壊。今のこの世界は、ラウトの望んだ世界なのだろう。……ならばなぜ、俺をこんな形で生き返らせ、生かしているのかは……わからないが」


 それに関しては、さっきも思ったギア・フィーネの登録者同士の特別な繋がり——絆が関係しているのではないだろうか。

 ラウトは独りになりたくなかったんじゃないだろうか。

 ミドレ公国での最後の夜、ラウトは「騎士になりたい」と言っていた。

 ランディみたいな、守る騎士に。

 世界を滅ぼすことが望みなのかもしれないけど、同じくらい“守り救う人”に憧れていたんじゃ……。

 四号機の登録者の人は、そのことを知っていた?

 あの時代にそれを貫くことは難しかっただろう。

 考えることしかできないし、憶測でしかないけど……。


「とはいえギア5は前人未到の領域。ザードの言う通り『神の領域』ならば、俺では勝てないだろう」

「あなたで勝てないなら、ルオートニス——いや、世界は……」

「だから、ここにあるもう一つの可能性をお前たちに残しておこうと思う」

「え?」


 モニターの前にずっと佇んで、何度も何度もリリファ・ユン・ルレーンの歌を聴いていたレナの方を見るデュラハン。

 声をかけると、モニターが消える。

 壁のパネルを操作すると、水槽の位置がまた動く。


「ノザクラ、ディアス・ロスの名の下に、最後の鍵を開錠要請する」

『この世界に、穏やかな未来があることを祈って』

「イクフ・エフォロンの願いを叶えるために」


 合言葉だろうか?

 しばらくノザクラは沈黙した。


『本当にいいのかな?』


 ノザクラの音声が変わった。

 サルヴェイションのように、人格データと音声が保存してあった……?


「このままでは本当に滅ぶ。頼む」

『いいだろう。死者があまり口を出すものではないからね。けれど、僕は反対だよ。この先に眠るモノを起こすのは』

「俺も使わなくて済むのなら使いたくはない」

『ふん』


 ガコン、と床が一部へこむ。

 そこから石がずれる音。

 床の一部がずれて、穴が開く。

 階段だ。


「行こう」

「え、あの、だ、大丈夫なんですか?」

「問題ない。お前なら悪用しない」

「俺!?」


 俺への信頼が厚い!?

 嬉しい反面心配なんですが。

 レナ、ランディ、ジェラルドとも顔を見合わせる。

 しかし、意を決してデュラハンの後ろについてさらに下へと降りてみた。

 そこにいたのは、水槽の中にいる人間。


「なん……」


 人間。人間?

 人間がいる。

 水槽の中に、前世のアニメで見たかのような。

 白い髪を揺らめかせ、長い円形の水槽に真っ裸の女……いや、男の子?

 それが四人、それぞれの水槽の中に浮いている。

 ラウトのような、中性的な容姿の子たちだ。


『やあやあ、坊やたち。ようこそ地獄の入り口へ。ここからは私、鳴海紫蘭が解説しよう』

「え、あ、よ、よろしくお願いします?」

『ここにいるのは可動式人型量子演算処理システム“ヒューマノイド”。ノーティスとは比べるまでもない、AIと人間の上位存在だよ』

「……」


 は? え?

 天井を見上げて固まった。

 軽快な口調で、しれっとなんかヤバいこと言ってませんでしたか?

 人型の、量子演算処理システム?

 それってめちゃくちゃとんでもないコンピューターのことでは?

 人型?

 人型に、した?


『人間の脳を用いた量子演算コンピューターと言えばわかりやすいかな?』

「人間を、素材にしたのか……!?」

「ヒューバート様……?」

「っ」

「やはりお前にはわかるのか」


 レナとランディとジェラルドは少し困惑気味。

 多分、目の前の四人の子どもの姿をした“人間”がなんなのかわかっていない。

 唯一わかっていたのはデュラハンと俺。

 そのあまりにもえげつない現実に、手のひらに爪が食い込むほど握り締める。

 あまりにも……あまりにも、こんな……!


『言ったろう? ここは地獄の入り口だよ』

「なん……っ」

『ディアスがここに人を連れてきた時点で、地獄の入り口の蓋は開いている。クレームは受け付けない』


 ぐっ。

 でも、じゃあデュラハンはこのことを知っていたのか、

 見上げるといつも通りの顔。

 知ってたんだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る