第121話 番外編 ラウト・セレンテージ(1)

 

 風が少し生暖かい日だった。

 アスメジスア基国は身内に軍人がいれば、軍事主要都市への在住権を得ることができる。

 軍事都市以外は等しく生産者になることが定められており、平穏だが豊かとは言い難い生活。

 その点、軍事都市は戦闘になれば危険は多いが納税義務がなく、豊かで便利な生活を送ることができた。

 父が軍人になり、なんと航空戦闘機のパイロットになったことから、第二軍事主要都市メイゼアに住む許可が出た母と子は、田舎から乗合バスを利用し、時に避難民キャンプのお世話になりながら鈍行でメイゼアを目指す。

 もうすぐ豊かで便利な町へ住むことができる。

 母は子に十分な教育を受けさせることができると、それはもう喜んでいた。

 その年、6歳になったばかりの子は、喜ぶ母の姿が嬉しかった。


 その日——生暖かな風の吹く日。

 難民のおじさんがクッキーをくれて、母にも分けてあげようとキャンプの隙間を縫うように走っている子ども。

 地響きがして、辺りを見渡すとたくさんのアスメジスア基国が開発した二足歩行型戦闘機が、ゆっくりキャンプ地を囲むように降りてきたところだった。

 恐くなり母の所に走る。

 胸がすごくドキドキして、とにかく不安で……。

 脚が絡まって、転んだのだ。


 その瞬間、二足歩行型戦闘機が難民キャンプへ攻撃を開始した。


 転んだ小さな体は爆風に煽られて、近くのテントの中に吹き飛ばされた。

 背中を強く打ち、気絶する。

 そうして、目を覚ました時には血の海。

 四散した死体。

 吹き飛ばされた顔。

 形が残っていれば運がいい。

 ぼんやりとなにが起きたかわからないまま母を探して彷徨っていると、砂塵に紛れて燻る炎にこんがりと焼かれた下半身。

 その近くにテントの骨組みに上半身を貫かれた母が真っ白な顔をして落ちていた。


 それから、難民キャンプ地を破壊し尽くした二足歩行戦闘機のパイロットたちに保護され、病院へ。

 あとから聞いた話だが、あの難民キャンプはテロリストたちの偽装。

 クッキーをくれた優しいおじさんも、テロリストだったらしい。


「運が悪かったね」


 助けてくれた二足歩行戦闘機のパイロットが、そう言いながら頭を撫でた。

 幸い怪我は大したことはなく、すぐに退院して父のところへ送られる。

 けれど、父は軍人だった。

 ミシア軍との戦闘で、件のギア・フィーネ二号機に落とされ名誉の戦死を遂げた、と知らされる。

 幼い子は、両親を失って軍孤児院に連れていかれ、勉学だけでなく戦い方も学んだ。

 この国は12歳から軍に志願することができたので、志願できるようになった年にすぐ、軍人になった。

 他の生き方を、選べなかったとも言える。

 けれど少年に成長した子は、それを望んだ。

 許せなかった。


 許せなかったのだ。なにもかもが。


 運が悪かったら、巻き添えで殺されるのが当たり前だというのだろうか?

 ギア・フィーネという兵器が異質な強さを誇ると知っているのに、ただの戦闘機に特攻させる指揮官——国。

 軍で生きる、戦いの中で生きることを、よいことのように国民に強要する。

 そして、こんな国を許している世界にも。

 中から全部、全部全部全部、なにもかも全部、壊してやろう。

 上にのし上がり、国を丸ごと全部否定してやろう。

 憎くて憎くて、自分自身すら憎くて、少年は弱冠15歳で二足歩行戦闘機のパイロットになった。


 ある時、彼がいたところにギア・フィーネを積んだ輸送機が現れた。

 その輸送機を追って、ミシアの疑似歩兵前身兵器が現れる。

 田舎の基地は壊滅したが、少年はギア・フィーネ五号機の登録者になった。


 それは力だった。

 圧倒的な力。

 何人も彼から取り上げることのできない——世界を滅ぼすほどの力を、彼は手にしたのだ。

 運命と言わずなんと言おう。


 殺して殺して殺して殺して、たくさん殺して。

 父の仇の二号機も、所属のわからない野良のギア・フィーネ二機とも、何度も何度も戦った。


『違うよ。ラウトは本当は、平和が好きなんだ。愛情深いからこそ、余計に悔しくて悲しくて憎いんだよ』


 澄み渡った蒼天のような男がそう言った。

 気持ちが悪い。

 そんな能天気なことを恥ずかしげもなく言うその男を、何度も殺したいと思って——けれどなぜか、できなかった。

 相手が四号機の、ラウトのギア・フィーネと同じ近接戦闘型のギア・フィーネだったのもある。

 四号機は格闘戦士型。

 素早さでどうしても劣る。

 三号機の、狙撃特化型も邪魔だった。

 四号機と三号機はどの国にも所属はせず、姿を隠して戦争を邪魔していた。

 ギア・フィーネ同士、戦うべきではないと何度も説得される。


(こんな世界、滅んでしまえばいい)


 手を差し出されても、その都度振り払う。

 どうしてこんなに能天気なことを言えるのか、理解ができない。

 憎くて憎くて、視野が狭い自覚はあったけれど、四号機の登録者は目が見えていないのだろうか?

 ギア・フィーネがあろうがなかろうが、戦争は止まらない。

 暴走したAI『クイーン』の横槍で、戦火はさらに拡大。

 ベイギルートの都市長がテロリストをまとめ上げて国王に反旗を翻し、アスメジスア基国は二分。

 ずっと行方不明だった一号機が突然参戦してきても、ラウトは戦うのを、殺すのをやめなかった。

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