第10話 一目惚れ(2)

 

「あ——いえ、そんな……あの、わたし、わたしは……は、初めまして、ヒューバート殿下……ヘムズリー伯爵家の長女で、レ、レナ・ヘムズリー、と申します……」

「声もかわいい!?」

「!?」


 こんなことがあっていいのだろうか!?

 想像してた倍、声かわいい!

 花○香○かな!?

 しかも幼女特有の舌ったらずさが頭を抱えたくなるほどかわいい!


「えぇぇぇぇぇえ、こんなことある? 声までかわいいとか、こんな奇跡的な存在が実在するとか、おれはまだ夢を見てるんじゃないのか……? 確かに昨日の夜、せーでんがどんな嫌がらせしてくるかわからないからってかなり色々な可能性を考えてたけれども、まさかこんなにかわいい女の子が来るなんて思うわけないじゃん、嘘だろ、どうしたらいいのこれ、声までかわいいとか反則すぎない? ヤバいよ、おれを好きになってもらいたいのにこんなんじゃおれがこの子を大好きになっちゃうよ」

「殿下、殿下、声に全部出ていますから!」

「落ち着いてください殿下!」

「くぅっ、かわいい女の子に本音が全部出ちゃううちの殿下もかわいい……!」

「それなっ」


 この時はレナがかわいくていっぱいいっぱいだったが、後々思い出すとこの時のメイドたちの発言もなかなかにアレだった。

 この時は気づかなかったけど。


「こほん……」


 いかんいかん、また全部声に出てしまっていた。

 咳払いして、場を一度リセット。

 それにしても、俺にこんな——好みの女の子を前にすると、心の声が全部声に出てしまう特殊体質な一面があったとは。

 王族としてかなりまずい。

 意識して出さないようにしないと……!


「えっとそれではその……」

「は、はい」

「ぐう、かわいい」

「っう、あ、うっ、そ、そんな……」

「というか動いてる。生きてる。まつ毛長ぇ。瞬きパチパチしてるだけでかわいい。わあ、生きてる……現実に存在してるのか、こんなかわいい人が……わあ、わあ……」

「あ、あう、あう、あう……」

「ほっぺだんだん赤くなっててかわいい。どうしよう、かわいい。なんから喋ってるところもかわいい。わあ、かわいい……どうしよう、かわいい……」

「殿下、殿下、口に出てます」

「殿下、会話を、会話を心がけてください」

「はっ! ま、またやってしまった!」


 メイドさんたちありがとう!

 ……まずい、会話の糸口を探しているつもりが心の声がまびろ出ていた。

 会話! そう、会話をしよう!


「えっと、レナは普段なにをしているのだろうか?」


 質問をすれば多少心の声は落ち着くかと思ったが、しまった、レナと呼び捨てにしてしまった。

 ばっか、ここはヘムズリー嬢って呼ぶのが定石のはずだろ!


「あ、すまない。馴れ馴れしく呼びすぎた。ヘムズリー嬢」

「え! い、いいえ! 殿下のお好きなように、お呼びください……!」

「ぐう、かわいい……おれのしっぱいなのにフォローまでしてくれてやさしい! 両手ぱたぱた、首も振っててかわいい。もうやること全部かわいい……! 胸がドキドキしっぱなしでくるしい! どうしたらいいんだ、かわいいのがくるしい! なんだこのかわいいいきものは……!!」

「あわわわわわ……」


 胸を押さえてテーブルにしがみつく。

 なんだこのかわいい生き物は。

 しかし、俺がこんなにも切々と悶絶する姿とそれに慌てるレナを見て、周りのメイドたちは悶絶するのに忙しくてツッコミをしなくなっている。

 俺はひとしきり苦しんでから、ようやく呼吸を整えて顔を上げた。


「じゃ、じゃあ、あの」

「は、はい、大丈夫ですか!?」

「うぐう、心配してくれた……心配してくれるレナかわいい……あ、いや、ちがう、あの、おれのこともヒューバートって呼んでくれる、か?」

「え、あ、は、はい! ……お、お呼びしてもよろしいのでしたら……はい」

「ううう、かわいい……指先ツンツンしてるぅ……」

「殿下、あ、いえ、ヒュ、ヒューバート様、しっかりしてください……! わ、わたし、そんな言っていただくほど、かわいくなんてないですし!」

「え! レナはじぶんがかわいい“じかく”がないの!? おれが出会ったどの女の子よりかわいいのに!? なんで!?」

「な、なんで!?」


 あまりのことに驚きを隠せない。

 レナはこんなに可愛いのに自分が可愛いという自覚をお持ちでない、だと。

 そ、そうか、そういえばレナの家はレナが体内に結晶魔石クリステルストーンをもって生まれたことを気持ち悪がっていた——って漫画で語られてたな。

 体内に結晶魔石クリステルストーンを持つのはこの世界の“魔物”と同じだから。

 いくら聖女と呼ばれ、国から重要視されると頭では理解できていても、生理的にどうしても『気持ちが悪い』と思ってしまう両親だったんだっけ。

 だからレナが聖女候補になりえるとわかったら、すぐに聖殿に売り払ったし王家との婚約が決まると「聖殿を裏切った」と言いがかりをつけて苛め始めたのだ。

 あれ、つまり俺がこのままレナと婚約したら、レナは実家から虐められるようになってしまう、のか。

 こんなに可愛い女の子が、実の両親に虐められるのは心が痛い。

 なんとか俺のところで保護できないものだろうか。


「こんなにかわいいのに……!」

「そそそそそんなことは……!」


 なお、俺とレナ、噛み合ってない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る