第1話-5.呪いの宝石、堪能する

「ん~~……!」

 フィオナはパンケーキを口に運びながらうっとりした顔で声を漏らした。

 頬に片手を当てて天井を仰ぎ、目には涙まで浮かべている。

 トワルはやや呆れ顔で、

「そこまで美味しいのか」

「だって、お菓子なんて最後に食べたのはいつ以来になるか……。それに、昔はこんなにふわふわでとろけるようなものなかったもの。長生きはしてみるものだわ」

「紅茶のおかわりは?」

「ありがとう。頂くわ」

 店の奥への扉の先にある居住スペース。

 トワルとフィオナは居間のテーブルに向かい合って間食を取っていた。

 棚に納まり切らないほど物で溢れていた店舗エリアとは対照的に住居スペースはすっきりしていた。

 生活するのに最低限のものしか置かれていないように見える。

「でも、わからないわね」

 三枚目のパンケーキにナイフを入れながらフィオナが言った。

 トワルは頷いて、

「そうだな。あんな白い粉からどうやってこんなふわふわしたものが出来上がるんだか。職人芸ってのは大したもんだ」

「そうじゃないわよ。いえ、それついても同意はするけど」

 フィオナはパンケーキを刺したフォークをトワルに向けて、「私がわからないのはあなたのことよ」

 トワルは紅茶を啜りながら、

「何か変か?」

「何度も言うけれど、私は呪いの化身よ。あなたを破滅させる存在なの。なのに恐がったり毛嫌いしたりする様子もないし、それどころかこんなに美味しいものを振る舞ってくれるなんてどういうつもりなの」

と、フィオナは言った。「言っておくけど、手加減とかを期待しているなら無駄よ。宝石による呪いは私の意志とは関係ないし、あなたが考えているよりも遥かに強力だもの。このお札だって私の力は封印できているけれど宝石本体には恐らく何の影響もない。早く私を捨てるなり誰かに押し付けるなりしなきゃ、あなた本当に何もかも失うことになるのよ。その辺ちゃんとわかっているの?」

 トワルはフィオナの話を黙って聞いていたが、やがて食事を再開しながら、

「お前さん、優しいんだな」

「な、なによ突然」

「持ち主を心配して自分を手放せなんて助言する呪いは初めて見たよ」

「べ、別に心配なんかしてないわよ」

 フィオナは赤くなってプイッと顔を逸らした。

 トワルは気にする様子もなく、

「まあ、大丈夫だよ。こっちも何度も言わせてもらうが、流れ物を取り扱っている商売柄、厄介な品の扱いには慣れているんだ。お前さんの恐れているような事態には恐らくならんよ」

「……前の持ち主の行方を捜してるっていうからまさかとは思ったけど、ひょっとして呪いを自分でどうにかしようとか考えてるんじゃないでしょうね? 無駄よ。今までだって何人もの持ち主が挑戦していたけれど誰一人上手くいかなかったんだから」

「確かに、あの宝石は相当に面倒臭そうなもの仕込まれてるみたいだな」

「それなら――」

「だが、師匠からの教えでね。一度買い取ったものは最後まで自分で責任取れって言われてるんだ。それを破ったとなれば、俺はこの店を畳まなきゃならない」

 フィオナは少し怒ったように、

「自分の命よりこの店の方が大事なの?」

 するとトワルは少しの間黙ったが、やがて、

「……そうだな。この理由じゃ納得してくれないようだし、ちゃんとこっちの事情も話そうか」

 紅茶を一口飲んだあと、カップを置いた。

 何か大事な話をするつもりらしい。

 フィオナもナイフとフォークを下ろした。

「自分の命より店の方が大事かって聞いたが、ちょっと違う。師匠の教えやこの店の看板を守るためって理由ももちろんあるが、本音を言うとそれが自分のために繋がるからというのが一番大きい」

「どういうこと?」

「俺の目標は、ラニウス遺跡を調査することなんだよ」

「ラニウス遺跡って、何年か前に爆発事故が起きたっていう?」

「ああ。あの事故以来あそこは崩れやすくなったりしてて危険だからってことで立ち入り禁止になっている。それをひっくり返して領主様から遺跡調査の許可を得るにはそれなりの実績が必要でね」

「その実績作りの一つとして私の宝石をどうにかしてみせたい、ということか」

 フィオナはまだ今一つ釈然とせず、「でも、どうして遺跡の調査なんてしたいのよ」

「理由は大きく分けて二つある」

と、トワルは言った。「一つ目は、俺がこっちの世界に召喚された理由を知りたいからさ」

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