第1話-3.呪いの宝石、探りを入れる

 アンブレの話し振りからするとトワルは何やら複雑な事情を抱えているようだった。

 上手く聞き出すことができれば、ひょっとするとあいつの弱みを握れるかもしれない。

 それをネタにあいつを脅して、私の宝石を手放させるのだ。

 なかなか良いアイデアではないか。さすが私。凶悪な呪い。

 フィオナは自賛した。

 そうと決まれば……。

「アンブレさん。私、トワルともっと仲良くなりたいんです。でもあの子、自分のことを全然話してくれなくて……。だからお願いです、あの子に昔何があったのか教えてくれませんか?」

 フィオナは真剣な顔を作っていった。

 アンブレは少し困った様子で、

「そう思ってくれるのは嬉しいが、本人が言おうとしないことを私が話すわけにはいかん。すまないがトワルが自分から話すまで待ってやってくれないか」

「それでは遅いんです」

 フィオナは食い下がった。「アンブレさんから聞いたということは絶対に内緒にします。私、知らないうちにトワルの事を傷つけてしまっていそうで怖いんです。ですからどうか……」

「ふむ……」

 アンブレはフィオナをじっと見つめた。瞳の奥底の感情まで見透かされているようでフィオナは内心ヒヤリとしたが、必死に目を逸らしたくなるのを堪えて見つめ返す。

 とても長く感じられた数秒間ののち、アンブレは小さく息を付いた。

「いいだろう。君ならトワルの抱えているものも受け入れてくれるかもしれない」

と、アンブレは言った。「ただし、約束して欲しい。もしも君があの子の過去に耐えられなくても、あの子を避けるようなことだけはしないでやってくれ。あの子がこれ以上傷つくのは見たくないんだ」

 そう言って深々と頭を下げる。

 フィオナは自身満々に頷いて、

「大丈夫です。まかせて下さい」

 こっちだって伊達に長年呪いの宝石やってないのだ。踏んだ修羅場の数が違う。

 悲惨な経歴や末路など何度も見てきた。今更何を聞こうが動揺することなどありえない。

 そう思っていたのだが。

 アンブレから出た言葉は、そんなフィオナからしても予想外なものだった。


「トワルはこの世界の人間ではない。異世界から来たんだ」


「異世界……?」

 フィオナは戸惑って、「何です、異世界って」

「言葉の通りだ。あの子はこことは違う世界から偶然召喚されてきたのさ。本人の意志とは無関係にな」

と、アンブレは言った。


 事の発端は十年前。

 この街の郊外で、年代の定かではない巨大な地下遺跡が発見された。

 当時の領主の命令で調査隊が結成され、遺跡の探索が行われた。

 調査隊は最深部と思われる場所まで辿り着き、その後無事に帰還したのだが――その時に一人の男の子を連れ帰ってきた。


 フィオナが、

「それがトワルだったんですか?」

 アンブレは頷いた。

「ああ。最深部に大きな扉のような装置があり、隊員の一人が不用意にそれに触れたことで装置が起動。強い光とともに扉が開き、あの子が飛び出して来たらしい」

と、言った。「正直なところ、この報告については私は未だに半信半疑だ。しかし七歳だった当時のトワルはこの大陸のどこの国のものとも異なる言葉を発していたし、見たこともない衣装を身に纏っていた。あの子の衣類を分析したことでこの街の繊維関係の技術は飛躍的に向上したよ。少なくとも、異世界かどうかはともかくトワルが私たちより遥かに発達した文明圏からやって来たのは間違いない」

「そうなんですね……」

 異世界。どんなところなんだろう。

 少し興味が湧いたが、今はそれは後回しだ。

 フィオナは相槌を打ちながら、

「それで、そのトワルがどうしてこの店で働くようになったんですか?」

 アンブレはにこりと笑った。

「その前にちょっと確認したいんだが」

「はい」

「トワルが発見された場所はラニウス遺跡というんだ。聞いたことはないかな?」

 フィオナはきょとんとして、

「いえ、初めて聞きましたけど……」

「なるほど、そうかそうか」

と、アンブレは頷いた。

 そして、こう言った。


「では、話の続きをする前に君が一体何者なのか答えてもらおうか。どうやらこの街の人間ではないようだが」


「……え?」

 フィオナはギクリとした。

 アンブレは相変わらず笑顔のままだが、目は笑っていない。

「ラニウス遺跡は昨年とある事件が切っ掛けで爆発事故を起こしていてね。この街からでも爆発の煙が見えたほどで、爆発時の振動や飛んできた破片などによってこの街も相当な被害を受けた。この街の人間ならばあの遺跡を知らないというのは考えられんのだよ」

 疑われている。一体いつから? ひょっとして最初から?

 だとすると、トワルが異世界出身というもの出鱈目なのかしら……?

 と、その時――不意にフィオナは背中に虫が這うような感覚に襲われた。

「ひっ!?」

 反射的に悲鳴を上げる。

 アンブレが怪訝な顔をして、

「どうした?」

「い、いえ何でも……」

 話を聞くの夢中で気付かなかったが、いつの間にか体のむずむずが復活している。

 これってまさか……。

 眼前では、アンブレが疑いの目でこちらを見ている。

 フィオナは頭の中が真っ白になった。

 とにかく何とかして誤魔化さなければと思い、とっさに、

「あ、ああー、もちろん覚えていますよ、去年の爆発。凄かったですよね。あれラニウスっていう名前だったんですね。ごめんなさい、遺跡の名前までは知らなかったものですから」

 フィオナは無理やり笑顔を作っていった。

 自分でも少々苦しい言い訳に思えたが、どうにかこの場くらいは凌げて欲しい。

 だが、アンブレは溜め息をついてこう言った。

「すまないな。爆発事故があったのは事実だが、起きたのは去年ではなく四年前なんだ。……まさか、ここまで上手く引っかかってくれるとは思わなかったがね」

「………」

 これは終わったかも、とフィオナは思った。

 いや、まだどうにかして誤魔化せれば――。

 しかし、


 カランカラン……。


「ただいま。あれ、アンブレさんじゃありませんか」

 トワルが帰ってきた。

 完全に終わった、とフィオナは思った。

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